「……大丈夫、というのは、些か意地悪な質問なのかもしれないのね」

 日が登り始めた明朝。
 小高い丘の上でぼうっと朝日を眺めるジルの背中を見ながら、少女はぼんやりとそう言った。

 つい先程まで、打ちひしがれるように嘆いていた少年を思いやってか、彼の代わりに村人を埋葬した彼女は、出来たばかりの墓を振り返りながら息を吐き出す。

 一体誰が、どんな目的でこんなことをしたのか……。

 考えても分からぬ事実に眉を寄せ、目をつぶって顔を上げる。そうして未だ黄昏ているジルの背中に声をかければ、ピクリと震えた彼は、ゆっくりとした動作で重たい頭を上げ、振り返った。泣き腫らした翡翠の瞳が、絶望を写しこんで澱んでいる。

「……お前の家らしき場所、調べてみたら呪いの痕跡が一番強かった。どうやら目的はあの家だったようなのね」

「……どうして」

「さあ? 理由なんてわからないのよ。けど、ひとつ言えるのは、敵の目的はあの家にあったってことだけなのね」

 少女は言って、ジルの傍へ。「ん」、と懐から取り出した真っ黒な封筒を差し出すと、目を瞬くジルにそれを持たせる。

「……コレは?」

「知らん。開けてみればいいのよ」

「……」

 ジルは無言で少女と封筒を見比べると、やがてそっと封筒を開けた。

 どう見ても縁起の悪い真っ黒な封筒の中には、これまた目に痛い赤色の紙が入っていた。丁寧に折りたたまれたソレを開いてみれば、それはどうやら手紙のようで、ジルはゆっくりとした動作で手紙の文面を読んでいく。

「……拝啓、ジル・デラニアスさま」

 黒色の文字が、列を為してジルの視界に写りこんだ。

『今宵はこの手紙、もとい招待状を受け取っていただきまことに感謝致します。

 この手紙を貴方様が読んでいるということは、もれなく貴方様のお生まれになった村は襲われた後、ということでしょう。心の底よりお悔やみ申し上げます。

 なぜ村は襲われたのか。
 なぜ家族は殺されたのか。
 なぜ村人は死んでしまったのか。

 知りたくはありませんか?
 隠されし真実を、得たくはありませんか?

 そんな貴方様に朗報です。
 この招待状を受け取った貴方様には、悪になり得る資格がある。つまり、貴方様には暗闇の中に希望を見いだせる力があるということです!

 我々は全てを知っています。知っているからこそ、貴方様を招待するのです。

 真実を知りたいのであれば、仇を打ちたいのであれば、このまま終わりたくないのであれば、悪のてっぺんなってください。貴方様が悪の頂点に輝いたその時、我らは真実を、貴方様にお教えしましょう。この村が襲われ、人々が殺された、その真実を。

 貴方様が上り詰めるその時を、我々は心待ちにしております──』

 そんな長ったらしい文面の最後に、とぐろを巻いた蛇の真ん中に、舌を出したピエロの模様が刻まれた、金色に輝く印が押されている。印の真ん中には装飾が施された『dead or life』の文字が刻まれており、ジルは人知れず、奥歯を強く噛み締めた。

「……どうするつもり?」

 問われる言葉。
 ジルは深く息を吐いてから、顔を上げた。
 美しく輝く翡翠の瞳に、迷いはない。

「……悪になる。んでもって、真実とやらを得てやる」

「ふぅん」

 少女は覗き込んでいたジルから目を離し、すっかり上に昇ってきた朝日を見つめ、目を細めた。どこか嬉しそうな、されど悲しそうなその横顔に、ジルは軽く目を瞬く。

「……決めた」

 なにが、を問う前に、少女は言った。

「ミーリャはお前について行く。その方が楽しそうだしね」

「……遊びじゃねえんだけど」

「お前にとってはね。でも、ミーリャにとってこれは探究なのよ」

 膨大な呪いとその根源。見つけて知りたいのは知的好奇心が擽られるが故か……。

 少女は笑い、「一緒に行こう」、そう言った。
 ジルはそれに軽く目を伏せてから、顔を上げ、差し出された少女の手を取る。

「言っとくけど、俺、弱いから」

 告げるジル。

「大丈夫なのね。だってミーリャは強いから」

 少女は小さく笑いながら、取られた手を軽く握った。