「あー楽しかった!」
カラオケ店から出たのは、午後六時前だった。街頭が明かりを灯し、昼間爽やかだった街は、食事場を探す大人のカップルたちで溢れていた。
「夏海、最後の方、ちょっと上手くなっててびっくりしたわ」
「でしょ? 春樹くんの教え方が上手なんだもん。もっと歌いたかったー!」
「いやそれは勘弁してほしいけどな」
僕が疲れた顔でそう告げると、また三人の間でどっと笑が起きた。あ、夏海だけはむくれていたけど。
このまま四人で夕食を食べて帰るのだろうか——と考えていたところ、夏海が「じゃあ、また明日も楽しもうね」と駅の方へ去っていこうとした。どうやら夜までは一緒じゃないらしい。それもそうか。現実世界ではないとはいえ、僕たちは高校生だもんな。
夏海の声かけによりその場が解散の流れになってしまいそうだったので、僕は最後に気になっていたことをみんなに聞いてみることにした。
「みんなは知ってる? この世界の二種類の人間の見分け方」
三人が一斉に僕の方に振り返る。
ディーナスにおいて、二種類の人間が存在しているということは、誰もが最大の関心を寄せていることだろう。それが、この世界に自分たちが連れてこられた理由だから。だからきっと、みんなも二種類の人間について知りたがっているに違いない——そう思い、僕は思い切って疑問をぶつけてみたのだ。
「あれ、春樹気づいてなかったの?」
理沙が驚くような言葉を口にする。
気づいてなかった?
それって裏を返せば、みんなは二種類の人間の見分けかたについて、とっくに知っているということ——。
「あ、ああ。だから聞いてみたんだ。何か知ってるの?」
僕の問いかけに、理沙も夏海も龍介も神妙に頷いた。
「名前だよ、名前」
「名前?」
理沙に言われて、何のことだろうかと首を捻る。
僕たちの隣を通り過ぎていく人たちは、やっぱりNPCなんかではなく生身の人間で、僕らの会話に耳をそばだてているのではないだろうかと錯覚する。
「そう。学校でさ、苗字がある人間とそうでない人間がいることに気づかなかった?」
「苗字……」
理沙に言われてはっとする。
確かに僕は、夏海や龍介の苗字を知らない。だが理沙の苗字は藍沢だということを知っている。なぜなら、初めて会った時に、理沙が「藍沢」だと名乗ったからだ。でも、夏海と龍介は?
二人は自己紹介の際、名前しか名乗らなかった。
学校ではみんな、お互いのことを下の名前で呼んでいた。先生も生徒を決して苗字では呼ばない。それは僕が所属している三年一組のルールなのだと思っていた。でも、学校で苗字のない人間とある人間がいるのだとすれば、僕のクラスに限った話ではなく、学校全体で、お互いのことを下の名前で呼んでいるということになる。
理沙に言われるまで、そんなことにすら気づかなかった。
「気づいたみたいね。だから苗字のある私と春樹は同じ種類の人間で、苗字のない夏海と龍介がもう一つの種類の人間だってことになるわ」
淡々と説明する理沙は、これまでずっと、自分とは夏海、龍介が違う人種だと知っていながら仲良く過ごしてきたのだ。僕がもし理沙の立場だったら、なんとなく疎外感を覚えていただろう。
僕は夏海と龍介の顔を見た。二人は理沙の言葉に「うん」と頷いた。
「私は理沙ちゃんとは違う種類の人間だけど、特に何も不便を感じたことはないの。それは龍介も一緒だよ。みんな友達で、普通に接してる。でも学校では確かに、同じ種類の人間としか仲良くしない人たちがいるのも確かなの」
夏海の瞳が寂しげに揺れた。どんな学校やクラス、部活にも仲良しのグループというのは存在している。この世界ではそれが、相手が自分と同類か否かという観点で、決まることが多いのだと知った。
そういうふうに友達を選んでいくみんなの気持ちも、僕には理解できる。
いくら死後に同じ世界に飛ばされた仲間とはいえ、所詮は他人だ。
僕たちはいつも、他人の気持ちが分からなくて人間関係に悩んでいる。
ほんの少しでもいい。自分と同じような人と、同じ悩みを持った人と一緒にいたいというのは当然のことだった。
でも僕は——僕は、夏海の言うように、理沙とも、夏海、龍介とも、みんなと仲良くして過ごしたい。
僕たちにならできると思う。
違う悩みを抱えた人間同士だけれど、四人でこの先も綺麗な輪を保ち続けることが。
誰一人仲間はずれになどされることなく、平穏な日々を過ごすことが——。
「僕は、四人でずっと一緒にいたいと思ってる」
夏海の顔に、驚きと喜びが入り混じった大輪の花が咲いた。
理沙と龍介も、精一杯の笑顔を浮かべている。
僕たち四人は同じ気持ちでいる。
ディーナスに飛ばされた同じ運命を背負う仲間として、たとえこの先何が起きてもバラバラになったりしない。
簡単なことだと思った。
だってこの時の僕は、自分以外何も見えていない、盲目なただの男子高校生だったのだから——。
カラオケ店から出たのは、午後六時前だった。街頭が明かりを灯し、昼間爽やかだった街は、食事場を探す大人のカップルたちで溢れていた。
「夏海、最後の方、ちょっと上手くなっててびっくりしたわ」
「でしょ? 春樹くんの教え方が上手なんだもん。もっと歌いたかったー!」
「いやそれは勘弁してほしいけどな」
僕が疲れた顔でそう告げると、また三人の間でどっと笑が起きた。あ、夏海だけはむくれていたけど。
このまま四人で夕食を食べて帰るのだろうか——と考えていたところ、夏海が「じゃあ、また明日も楽しもうね」と駅の方へ去っていこうとした。どうやら夜までは一緒じゃないらしい。それもそうか。現実世界ではないとはいえ、僕たちは高校生だもんな。
夏海の声かけによりその場が解散の流れになってしまいそうだったので、僕は最後に気になっていたことをみんなに聞いてみることにした。
「みんなは知ってる? この世界の二種類の人間の見分け方」
三人が一斉に僕の方に振り返る。
ディーナスにおいて、二種類の人間が存在しているということは、誰もが最大の関心を寄せていることだろう。それが、この世界に自分たちが連れてこられた理由だから。だからきっと、みんなも二種類の人間について知りたがっているに違いない——そう思い、僕は思い切って疑問をぶつけてみたのだ。
「あれ、春樹気づいてなかったの?」
理沙が驚くような言葉を口にする。
気づいてなかった?
それって裏を返せば、みんなは二種類の人間の見分けかたについて、とっくに知っているということ——。
「あ、ああ。だから聞いてみたんだ。何か知ってるの?」
僕の問いかけに、理沙も夏海も龍介も神妙に頷いた。
「名前だよ、名前」
「名前?」
理沙に言われて、何のことだろうかと首を捻る。
僕たちの隣を通り過ぎていく人たちは、やっぱりNPCなんかではなく生身の人間で、僕らの会話に耳をそばだてているのではないだろうかと錯覚する。
「そう。学校でさ、苗字がある人間とそうでない人間がいることに気づかなかった?」
「苗字……」
理沙に言われてはっとする。
確かに僕は、夏海や龍介の苗字を知らない。だが理沙の苗字は藍沢だということを知っている。なぜなら、初めて会った時に、理沙が「藍沢」だと名乗ったからだ。でも、夏海と龍介は?
二人は自己紹介の際、名前しか名乗らなかった。
学校ではみんな、お互いのことを下の名前で呼んでいた。先生も生徒を決して苗字では呼ばない。それは僕が所属している三年一組のルールなのだと思っていた。でも、学校で苗字のない人間とある人間がいるのだとすれば、僕のクラスに限った話ではなく、学校全体で、お互いのことを下の名前で呼んでいるということになる。
理沙に言われるまで、そんなことにすら気づかなかった。
「気づいたみたいね。だから苗字のある私と春樹は同じ種類の人間で、苗字のない夏海と龍介がもう一つの種類の人間だってことになるわ」
淡々と説明する理沙は、これまでずっと、自分とは夏海、龍介が違う人種だと知っていながら仲良く過ごしてきたのだ。僕がもし理沙の立場だったら、なんとなく疎外感を覚えていただろう。
僕は夏海と龍介の顔を見た。二人は理沙の言葉に「うん」と頷いた。
「私は理沙ちゃんとは違う種類の人間だけど、特に何も不便を感じたことはないの。それは龍介も一緒だよ。みんな友達で、普通に接してる。でも学校では確かに、同じ種類の人間としか仲良くしない人たちがいるのも確かなの」
夏海の瞳が寂しげに揺れた。どんな学校やクラス、部活にも仲良しのグループというのは存在している。この世界ではそれが、相手が自分と同類か否かという観点で、決まることが多いのだと知った。
そういうふうに友達を選んでいくみんなの気持ちも、僕には理解できる。
いくら死後に同じ世界に飛ばされた仲間とはいえ、所詮は他人だ。
僕たちはいつも、他人の気持ちが分からなくて人間関係に悩んでいる。
ほんの少しでもいい。自分と同じような人と、同じ悩みを持った人と一緒にいたいというのは当然のことだった。
でも僕は——僕は、夏海の言うように、理沙とも、夏海、龍介とも、みんなと仲良くして過ごしたい。
僕たちにならできると思う。
違う悩みを抱えた人間同士だけれど、四人でこの先も綺麗な輪を保ち続けることが。
誰一人仲間はずれになどされることなく、平穏な日々を過ごすことが——。
「僕は、四人でずっと一緒にいたいと思ってる」
夏海の顔に、驚きと喜びが入り混じった大輪の花が咲いた。
理沙と龍介も、精一杯の笑顔を浮かべている。
僕たち四人は同じ気持ちでいる。
ディーナスに飛ばされた同じ運命を背負う仲間として、たとえこの先何が起きてもバラバラになったりしない。
簡単なことだと思った。
だってこの時の僕は、自分以外何も見えていない、盲目なただの男子高校生だったのだから——。