この世界のあり方を、もう一度頭の中で整理してみる。

 一、『Dean Earth』には二種類の人間がいる。自殺者と、もう一種類の人間はわからない。簡単に見分ける方法があるらしいが、今のところ不明。

二、ディーン高校の生徒はみな、現実世界からやってきた住人である。それ以外の人間はNPC。必要最低限の会話しかできない。

三、違う種類の人間に自分の正体を明かすと、大切なものを失うという罰が与えられる。解除する方法もあるが、その方法については不明。

四、この世界には終わりがない。ただし、命を絶つと“退場”することになる。

五、学校では何をして過ごしても構わない。だが、飲酒や煙草など必要最低限の法律は守る必要がある。守らなければ“退学”になる。

六、この世界から“退場”した人がいると、現実世界からまたひとり補充される。そのため、高校にいる人間の絶対数はほぼ一定を保ち続けている。


「こんなところか……」

 あらためてルールを見返すと、なんのために自分がこのディーナスの世界で生きることに選ばれたのか判然としない。ああ、もうぐちゃぐちゃだ。
 部屋の中に再び訪れる静寂に耐え切れなくなった僕は、ベッドに仰向けに寝そべった。この世界にも、自殺をする人が一定数存在しているという事実が、僕の胸に重くのしかかるのだ。
 一ヶ月間の僕の体感の話になるが、もう一度自殺しようなどと思うような出来事には出会していない。僕の場合、良い仲間に巡り会えたというのが要因かもしれないが、他のクラスメイトたちも、みなそれなりに楽しそうにやっているように見える。
 それならば、どうして自殺する人が出てくるのだろうか。
 僕はその疑問がずっと頭に染み付いて取れなかった。


 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
 霞む視界の中、時計を見ると午後十時を回っている。二階の部屋から一階のリビングに降りると、NPCの両親が寝る準備をしていた。

「父さん、母さん」

 僕の呼びかけに、二人のNPCは一斉に振り返る。

「春樹、どうしたの」

 母さんが布団を敷く手を止めて、僕の方を振り返る。たとえNPCであっても、簡単な呼びかけには応じてくれるし、その場に合った返事をしてくれる。案内人から聞かされていたものよりも、ずっと人間らしいと思っている。

「なんでもないよ」

 それでも僕は、両親に胸の重しを話すことなどできず、曖昧に笑って首を横に振った。母さんは「そう」とだけ頷いて、また自分の作業に戻る。父さんは隅っこで新聞を読んでいた。
 父さん、母さん——。
 僕は自分が生きていた頃の二人の記憶を思い出し、言いようもない切なさに襲われる。

「大学進学はしない。僕はアーティストになりたいんだ」

 現実世界での僕は、テスト前になっても試験勉強なんてほとんどせず、日々SNSでの活動に明け暮れていた。
 夢があったのだ。
 歌手になるという夢。
 その夢を叶えるために、最短距離で歌の勉強をしたり、自分を売り込み行ったりしたい。大学でまったく関係のない勉強をする時間が、惜しくてたまらなかった。
 歌手、と言えばいいのに、アーティストなんて分かりにくい言葉を使って、表情を曇らせる両親の気持ちを逆撫でした。

「アーティストだと? お前、まだそんな夢を見ているのか。芸術家で人気者になれる人なんて、ほんの一握りだ。それに歌は好きなことなんだから、大学の勉強の合間にでもできることだろう?」

「そうよ。そんな、今すぐ将来の道を狭めなくてもいいじゃないの。大学に行ってから、将来のことをゆっくり考えれば——」

 両親はどうしても、僕に大学進学させたくて必死だった。
 二人の言っていることは至極まっとうだ。でも違う。違うんだ。回り道なんてしていたら、この世界では生き残れない。芸術の世界は、そんなに甘くないんだ——。
 僕は、最近爆発的なヒット曲を出しているアーティストのことを思い浮かべる。まだ弱冠二十歳の青年だ。才能、の二文字が頭の奥で明滅する。才能があるやつは、こんなに若くしてデビューを果たし、有名になっていく。自分はまだ十八だけれど、もう十八ともとれる。戦いはすでに始まっているんだ。
 しかしそんなことを何回訴えても、両親は聞く耳を持たなかった。

「あなたのために言っているのよ」

 母さんが、この世で一番ずるい言葉で僕を縛り付けた。
 大学に進学して、一般企業に勤めるのがあなたのためなの。
 母親の言い分が、洗脳のように僕の頭に染み付いて離れない。
 父さんだって、一度も僕の夢を応援すると言ってくれたとはない。
 二人とも心の底から、僕が歌手になることを反対しているんだ——。

「……分かったよ」

 最後は投げやりになって、両親の言うことを聞いたふりをして、自室に閉じこもった。
 形ばかりの教科書と参考書を開き、必要最低限の勉強だけをする。
 いいよな、母さんたちは。
 息子が自分の思い通りに動いてくれて。
 僕なんか、自分の夢を追うことすら、思い通りにはいかないのに——。