少し肌寒い、秋の終わりを感じる風が吹き抜ける。
町から賑やかな声が聞こえ、反射的に少し後ずさりフードを被った。
そして私はうつ向いて、近くの林へ走り出した。
時を戻せば、数十分前。
「葉月、ちょっと話がある」
そう言われ、私はリビングで母の目の前に座った。
母の手には一枚の紙。それが何か察した私は、今すぐにでも逃げ出したくなる。
「これ、昨日の病院の検査結果。"異常はなし。健康です。".....どういう事?」
そういう事だよ、と心の中で呟く。
母の声は冷静を装っているけど、震えを隠せていない。
「葉月、風邪引いたなんて嘘よね?薄々は気づいていたけど、検査結果を見て納得した」
私は何も言わずにうつ向く。母は苛立ったように怒鳴る。
「何でさっきから何も言わないのよ!黙ってばっかりで。こんな嘘ついてまでズル休みするような子を産んだ覚えはないわ!」
怒鳴り声に思わず肩を震わせたものの、私は立ち上がって言い返した。
黒い感情が、胸の中をうずく。
「私にだって事情があるの!どうせ、お母さんなんかには分からないでしょ!」
目を見開いた母は、すぐにその顔を歪ませと、病院の検査結果の紙を投げつけてきた。
ヒラリヒラリと、紙は虚しく踊りながら落ちていく。
「あんたなんか家の子じゃない、出ていきな」
私はその言葉を聞き終わる前にリビングを出た。
そして、玄関に掛けてあるジャンバーを着て、外へ飛び出したのだった。
林に行くには、賑やかな繁華街を通らないといけない。
私は更にフードを深く被って、人混みの中を慎重に進む。
カボチャの置物、橙や紫で彩られた景色、楽しそうな声...
今日がハロウィンだと、やっと気づいた。
足が自然に早まる。
知り合いに会いたくなかった。
繁華街をどうにか抜けて、私は細い道へ入る。
暗い道のその先に、小さな林があるのだ。
林に入り、迷わず歩を進める。
今日は満月だった。綺麗で、幻想的な月明かりが、私の行く先を照らしてくれている。
目的の場所は、沢山ある中でも飛び抜けて大きな木の根だ。
その木は根が曲がっていて、人が数人隠れられるようなスペースがある。
すぐに飛び込もうとした。
けど。
「わっ」
中から声がする。
驚いて息がつまった。私は飛び上がって木から距離をとる。
「だ....誰?」
やっと出せたか細い声で、私は問いかける。
でも反応はない。
ゆっくり木へ近づく。月明かりで、誰かが照らし出される。
仮装だろうか、銀色の耳と尻尾をつけた男子が座っていた。
年は、私と同じ中学生、って所だろうか。
男子は私と目が合うと、困ったように苦笑する。
「見つかっちゃったか」
低くてかすれた声だった。
男子は少し横にずれる。座れ、と言うことだろうか。
一瞬戸惑ったものの、結局座ることにした。
男子はじっとこちらを観察してくる。
気まずいし、と言うことで話しかける。
「君は...誰?ここらへんの中学なの?」
だったら困るな、と思いつつ、聞いてみる。
「俺は、レイ。数の0で零。お前は?」
「私は、葉月。葉っぱに月だよ」
そうか、と零が返し、また沈黙が訪れる。
「零...くんは何でここにいるの?」
なんとか話題を絞り出した私は聞く。
零はんー、と頭を掻く。
「ここ、よく俺来るんだよな。静かで落ち着けるし。今日騒がしいし」
「...その耳と尻尾は仮装?」
ああこれ?と零は頭をさわる。
銀色の耳が月明かりに輝いた。
「...ああ、仮装だ」
へぇ、と返事をし、まじまじと見つめる。
そんなに見ても変わらないから、と押し戻された。
沈黙、再び。
気まずい、また何か話題を出そうと考えていると、零が先に口を開いた。
「葉月は何でここに来た?」
ストレートだな。と思いつつ、私は事情を話すことにした。
「私は、家出。お母さんと喧嘩した、から」
「....」
零は無言で続きを促す。
干渉せす、ただ吐き出していいよと言ってくれている様で、安心して話してしまう。
「この一週間、私仮病で学校休んでたんだ。....学校に行きたくなくて」
「何で?」
「....いじめられてるから」
一瞬、あたりが静かになった気がしてドキリとする。
「だから休んでたら、昨日病院に行かされて、仮病だってばれて、喧嘩した」
「...そうか」
ただ一言答えた零は、月を見上げた。
月は綺麗で、澄んだ光を私達に浴びせている。
こんなに幻想的な景色なのに、私の心は暗いままだった。
「ただの独り言だけど」
突然声が聞こえて、隣を見る。
「お前は正しいよ」
何を言われたのか一瞬理解できなかったけど、私はすぐに言い返す。
「...なんで、だって仮病使ってずる休みしたし_」
「ずるじゃない」
多い被せるように言われて、言葉に詰まる。
「休みたいって思うまで、葉月は頑張ったって事だろ?今まで真正面から立ち向かってたって事だろ?じゃあ今自分を甘やかしたっていいんじゃねぇの?」
甘やかす?私は今、自分を甘やかしているのだろうか。
「ただ、親には事情説明した方がいいかもな。そうしたら、真正面からじゃない戦いかただって見つかるはずだ」
真正面じゃない、戦い方。
私なりに戦う方法が。
「....ありがとう」
ただ、ありがとうしか言えなかった。
自分のことを一生懸命、しかも初対面の自分のことを考えてくれている、なんて幸せなんだろう。
気づいたら涙が溢れていた。
驚いた零が、おい!?と声をかけてくれている。
零は戸惑った後、優しく私の背中を撫でてくれた。
自分の瞳から落ちた涙が、月明かりで煌めいく。
「いたぞ!!!!」
野太い、怒鳴り声が聞こえてドキッとした。
顔をあげると、人工的な光が目の前に広がる。
数秒後、それがライトの光だと理解した。
「人狼め、今日こそ捕まえてやる!」
数人のがたいのいい大人が私たちを取り囲む。
「人狼?なんですか、あなたたち....!」
驚いて掠れた声しか出ない。
大人が私を大きく見開いた目で見てきた。
「お前....危ないぞ!ソイツは人狼だ!離れろ!」
何を言っているのかわからず、キョロキョロと辺りを見回した。
そして、零と目が合う。
「零...」
「ごめん葉月、逃げろ」
焦った零の声と共に、大人達が近づいてくる。
「おとなしく捕まるんだな、人狼め!」
零は木を飛び出して、大きくジャンプする。
人を悠々と越える高さだった。驚いて声も出ない。
このまま逃走するのか、と思ったのもつかの間。
どうやらジャンプするのが想定内だったらしく、木の上から網が降ってきた。
一人、木に上っていた仲間がいたらしい。
「くっ....」
網に絡まって、零が着地に失敗する。
「いまだ!撃て!」
撃て、という単語に鳥肌がたち、私は視線を動かす。
大人一人の手には銃が握られている。
このままじゃ、零が撃たれる!
網の中の零と目があった。
静かで、凛とした瞳がそこにある。
本当に彼は狼なのだろうか?
でも、あのジャンプ、どんなに動いても取れない尻尾と耳を見れば、納得もできる。
どうすればいい?助ければいい?
でも逆に私がやられてしまうかもしれない。
でも、だけど、私は、
目の前で零が死ぬのは嫌だった。
「やめて!」
走って零の前に立ちはだかる。
大人がどよめいた。
「お前、邪魔だどけ!」
怒鳴り声に足が震えるけど、私は動かない。
「何で零を殺そうとするの?零は何をしたの!」
負けじと大声を張り上げると、大人達が一瞬怯んだ。
「零?こいつは人狼だぞ!?見たかさっきのジャンプ!そして鋭い爪もあり、尖った牙だって生えている。いつ人間に危害を及ぼすかわからない!」
「そ、そうだ!だから我々は人狼族を撲滅させようとしているんだ!そして最後の一匹、それがソイツだ!」
最後の一匹、と言う言葉に目を見開く。
後ろで、零が苦しそうに言った。
「俺で最後だと...!?仲間をどうした!」
それは...と言葉につまる大人たち。
「殺したのか?殺したんだろ!.....じゃあさっさと俺も殺せよ」
驚いて振り向く。零が目を閉じて、そこに座っていた。
「殺せって...何いってるの!?」
「お前もわかっただろ?俺はお前に嘘ついた。それに、いつかもしかしたら俺が人間を傷つけるかもしれない。そんな不安の種は早めに潰したほうがいいだろ」
グッと拳を握った。
意味がわからない。本当に、理解が追い付かない。
「どきな。お嬢さん、ソイツもそういってるんだから」
握った拳が震える。口も震えて、うまく言葉が出せない。
私は振り替えって、声の限り叫んだ。
「馬鹿じゃないの!?」
私の声が林に響いて、あたりは静まる。
みんなが黙り込んで、目を見開いている。
私は続けた。溢れ出した感情は止まらなかった。
「何が"危害を加えるかもしれない"よ!まだなにもしていないじゃん。あんた達、何もわかってないじゃん!可笑しいよ、こんなの。相手のことを知りもしないで、自分勝手に行動して!そんなの、ただのいじめと一緒だよ...」
声が涙ににじんで、体の震えがどんどん大きくなる。
「自分の方から共存しようとしないで、自分が、ただ自分達だけがいいようにって動いて!他人の笑顔も幸せも人生も奪っておいて、そんなのないよ!」
大人が銃を下ろす。
後ろから呻き声が聞こえ、振り向けば零が泣いていた。
そりゃそうだ。家族が居なくなったなんて、辛すぎる。
さっきのお返しだ、と私は零の背中を撫でる。
月が傾きかけ、少しずつ空は鮮やかさをましていった。
「葉月!?ここにいたの!心配したのよ!?......って、え」
「お母さん..!!」
林の奥からお母さんが走ってきた。
汗をかいている。そんなに一生懸命探してくれたのかと思い、涙が溢れた。
お母さんは、まわりに立ち尽くす大人たち、私の隣でなき続ける零を見て混乱状態だった。
「は、葉月....どういうこと?」
目を白黒させながらお母さんが問いかけてきて、私は曖昧に笑う。
「私なりに、戦った結果だよ」
*
その後かけつけた警察により、零を殺そうとした人達はつれていかれた。
殺人未遂には証拠がなくてならなかったけど、銃を勝手に持っていたから署で話をするらしい。
私は母とそのまま帰路につき、零は気づいたらいなくなっていた。
空は月が消え、太陽が燦々と輝いている。
まるでひとときの幻想のようだったけど、確かに零はあそこにいた。
それは、手に残った温もりが教えてくれている。
私は中学を無事卒業した。
母にいじめの事を正直に話し、先生や教育委員会に相談して、いじめは終わりを迎えた。
新しい戦い方で、ほかのみんなと。
卒業式の後、友達とショッピングに行っていた私は、帰ったときにはくたくただった。
外はもう薄暗く、満月がぽかんと浮かんでいる。
ふと思い付いて、私は外へ飛び出した。
林はまだあって、そしてあの曲がった木も生えていた。
月明かりが木を幻想的に浮かび上がらせて、ちょっと中に人が居ないか期待したけど、誰もいなさそう。
そっと掌を幹に当てて、語りかける。
あなたを想って。
「零、久しぶり」
馬鹿馬鹿しいって笑われるかもしれない。
でも、どこかで零が幸せに暮らしているって、私は信じたい。
「元気?私は元気だし、無事学校を卒業したよ」
月光に照らされた零の面影が、脳裏に浮かぶ。
「あの時はありがとう。零は確かに嘘ついてたけど、零がくれた言葉には嘘がなかったよね。まっすぐな言葉、本当に助かった」
私の暗い世界に差し込んだ一筋の光。
冷たかった世界を暖めて、光に満たしてくれた言葉。
「そうだね....ぶっちゃけ、本音を言うとね、私は、零が」
「待って」
風がさぁっと吹き抜けた。
ゆっくりと振り替える。
「その続き、木じゃなくて、俺に向かって聴かせて」
冬の星の煌めき、秋の優しい風、夏の明るい日差し、春の綺麗な花。
例えたらそんな風だろうか。そんな声が、存在が、私の求めていた姿が、目の前にある。
月明かりの角度で顔は見えないけど、私にはわかる。
だから、私は迷わず息を吸った。
「好きだよ」
私が駆け寄ると、彼もこちらに歩き始める。
月明かりが彼を捉え、浮かび上がらせた。
前よりちょっと背が伸びて、大人っぽくなったけど、あの凛とした瞳は昔と同じだ。
月の下、私たちは再開する。
「ごめん、日本中仲間を探してたら、なかなか帰ってこれなかった」
ちょっと申し訳なさそうな彼に、私は笑顔で首を振る。
嘘つきで、真っ直ぐで、月みたいに綺麗な君に。
嬉しさも喜びも、私の想いも、ぜんぶを詰め込んで、私は彼の手を握る。
「おかえりなさい」
町から賑やかな声が聞こえ、反射的に少し後ずさりフードを被った。
そして私はうつ向いて、近くの林へ走り出した。
時を戻せば、数十分前。
「葉月、ちょっと話がある」
そう言われ、私はリビングで母の目の前に座った。
母の手には一枚の紙。それが何か察した私は、今すぐにでも逃げ出したくなる。
「これ、昨日の病院の検査結果。"異常はなし。健康です。".....どういう事?」
そういう事だよ、と心の中で呟く。
母の声は冷静を装っているけど、震えを隠せていない。
「葉月、風邪引いたなんて嘘よね?薄々は気づいていたけど、検査結果を見て納得した」
私は何も言わずにうつ向く。母は苛立ったように怒鳴る。
「何でさっきから何も言わないのよ!黙ってばっかりで。こんな嘘ついてまでズル休みするような子を産んだ覚えはないわ!」
怒鳴り声に思わず肩を震わせたものの、私は立ち上がって言い返した。
黒い感情が、胸の中をうずく。
「私にだって事情があるの!どうせ、お母さんなんかには分からないでしょ!」
目を見開いた母は、すぐにその顔を歪ませと、病院の検査結果の紙を投げつけてきた。
ヒラリヒラリと、紙は虚しく踊りながら落ちていく。
「あんたなんか家の子じゃない、出ていきな」
私はその言葉を聞き終わる前にリビングを出た。
そして、玄関に掛けてあるジャンバーを着て、外へ飛び出したのだった。
林に行くには、賑やかな繁華街を通らないといけない。
私は更にフードを深く被って、人混みの中を慎重に進む。
カボチャの置物、橙や紫で彩られた景色、楽しそうな声...
今日がハロウィンだと、やっと気づいた。
足が自然に早まる。
知り合いに会いたくなかった。
繁華街をどうにか抜けて、私は細い道へ入る。
暗い道のその先に、小さな林があるのだ。
林に入り、迷わず歩を進める。
今日は満月だった。綺麗で、幻想的な月明かりが、私の行く先を照らしてくれている。
目的の場所は、沢山ある中でも飛び抜けて大きな木の根だ。
その木は根が曲がっていて、人が数人隠れられるようなスペースがある。
すぐに飛び込もうとした。
けど。
「わっ」
中から声がする。
驚いて息がつまった。私は飛び上がって木から距離をとる。
「だ....誰?」
やっと出せたか細い声で、私は問いかける。
でも反応はない。
ゆっくり木へ近づく。月明かりで、誰かが照らし出される。
仮装だろうか、銀色の耳と尻尾をつけた男子が座っていた。
年は、私と同じ中学生、って所だろうか。
男子は私と目が合うと、困ったように苦笑する。
「見つかっちゃったか」
低くてかすれた声だった。
男子は少し横にずれる。座れ、と言うことだろうか。
一瞬戸惑ったものの、結局座ることにした。
男子はじっとこちらを観察してくる。
気まずいし、と言うことで話しかける。
「君は...誰?ここらへんの中学なの?」
だったら困るな、と思いつつ、聞いてみる。
「俺は、レイ。数の0で零。お前は?」
「私は、葉月。葉っぱに月だよ」
そうか、と零が返し、また沈黙が訪れる。
「零...くんは何でここにいるの?」
なんとか話題を絞り出した私は聞く。
零はんー、と頭を掻く。
「ここ、よく俺来るんだよな。静かで落ち着けるし。今日騒がしいし」
「...その耳と尻尾は仮装?」
ああこれ?と零は頭をさわる。
銀色の耳が月明かりに輝いた。
「...ああ、仮装だ」
へぇ、と返事をし、まじまじと見つめる。
そんなに見ても変わらないから、と押し戻された。
沈黙、再び。
気まずい、また何か話題を出そうと考えていると、零が先に口を開いた。
「葉月は何でここに来た?」
ストレートだな。と思いつつ、私は事情を話すことにした。
「私は、家出。お母さんと喧嘩した、から」
「....」
零は無言で続きを促す。
干渉せす、ただ吐き出していいよと言ってくれている様で、安心して話してしまう。
「この一週間、私仮病で学校休んでたんだ。....学校に行きたくなくて」
「何で?」
「....いじめられてるから」
一瞬、あたりが静かになった気がしてドキリとする。
「だから休んでたら、昨日病院に行かされて、仮病だってばれて、喧嘩した」
「...そうか」
ただ一言答えた零は、月を見上げた。
月は綺麗で、澄んだ光を私達に浴びせている。
こんなに幻想的な景色なのに、私の心は暗いままだった。
「ただの独り言だけど」
突然声が聞こえて、隣を見る。
「お前は正しいよ」
何を言われたのか一瞬理解できなかったけど、私はすぐに言い返す。
「...なんで、だって仮病使ってずる休みしたし_」
「ずるじゃない」
多い被せるように言われて、言葉に詰まる。
「休みたいって思うまで、葉月は頑張ったって事だろ?今まで真正面から立ち向かってたって事だろ?じゃあ今自分を甘やかしたっていいんじゃねぇの?」
甘やかす?私は今、自分を甘やかしているのだろうか。
「ただ、親には事情説明した方がいいかもな。そうしたら、真正面からじゃない戦いかただって見つかるはずだ」
真正面じゃない、戦い方。
私なりに戦う方法が。
「....ありがとう」
ただ、ありがとうしか言えなかった。
自分のことを一生懸命、しかも初対面の自分のことを考えてくれている、なんて幸せなんだろう。
気づいたら涙が溢れていた。
驚いた零が、おい!?と声をかけてくれている。
零は戸惑った後、優しく私の背中を撫でてくれた。
自分の瞳から落ちた涙が、月明かりで煌めいく。
「いたぞ!!!!」
野太い、怒鳴り声が聞こえてドキッとした。
顔をあげると、人工的な光が目の前に広がる。
数秒後、それがライトの光だと理解した。
「人狼め、今日こそ捕まえてやる!」
数人のがたいのいい大人が私たちを取り囲む。
「人狼?なんですか、あなたたち....!」
驚いて掠れた声しか出ない。
大人が私を大きく見開いた目で見てきた。
「お前....危ないぞ!ソイツは人狼だ!離れろ!」
何を言っているのかわからず、キョロキョロと辺りを見回した。
そして、零と目が合う。
「零...」
「ごめん葉月、逃げろ」
焦った零の声と共に、大人達が近づいてくる。
「おとなしく捕まるんだな、人狼め!」
零は木を飛び出して、大きくジャンプする。
人を悠々と越える高さだった。驚いて声も出ない。
このまま逃走するのか、と思ったのもつかの間。
どうやらジャンプするのが想定内だったらしく、木の上から網が降ってきた。
一人、木に上っていた仲間がいたらしい。
「くっ....」
網に絡まって、零が着地に失敗する。
「いまだ!撃て!」
撃て、という単語に鳥肌がたち、私は視線を動かす。
大人一人の手には銃が握られている。
このままじゃ、零が撃たれる!
網の中の零と目があった。
静かで、凛とした瞳がそこにある。
本当に彼は狼なのだろうか?
でも、あのジャンプ、どんなに動いても取れない尻尾と耳を見れば、納得もできる。
どうすればいい?助ければいい?
でも逆に私がやられてしまうかもしれない。
でも、だけど、私は、
目の前で零が死ぬのは嫌だった。
「やめて!」
走って零の前に立ちはだかる。
大人がどよめいた。
「お前、邪魔だどけ!」
怒鳴り声に足が震えるけど、私は動かない。
「何で零を殺そうとするの?零は何をしたの!」
負けじと大声を張り上げると、大人達が一瞬怯んだ。
「零?こいつは人狼だぞ!?見たかさっきのジャンプ!そして鋭い爪もあり、尖った牙だって生えている。いつ人間に危害を及ぼすかわからない!」
「そ、そうだ!だから我々は人狼族を撲滅させようとしているんだ!そして最後の一匹、それがソイツだ!」
最後の一匹、と言う言葉に目を見開く。
後ろで、零が苦しそうに言った。
「俺で最後だと...!?仲間をどうした!」
それは...と言葉につまる大人たち。
「殺したのか?殺したんだろ!.....じゃあさっさと俺も殺せよ」
驚いて振り向く。零が目を閉じて、そこに座っていた。
「殺せって...何いってるの!?」
「お前もわかっただろ?俺はお前に嘘ついた。それに、いつかもしかしたら俺が人間を傷つけるかもしれない。そんな不安の種は早めに潰したほうがいいだろ」
グッと拳を握った。
意味がわからない。本当に、理解が追い付かない。
「どきな。お嬢さん、ソイツもそういってるんだから」
握った拳が震える。口も震えて、うまく言葉が出せない。
私は振り替えって、声の限り叫んだ。
「馬鹿じゃないの!?」
私の声が林に響いて、あたりは静まる。
みんなが黙り込んで、目を見開いている。
私は続けた。溢れ出した感情は止まらなかった。
「何が"危害を加えるかもしれない"よ!まだなにもしていないじゃん。あんた達、何もわかってないじゃん!可笑しいよ、こんなの。相手のことを知りもしないで、自分勝手に行動して!そんなの、ただのいじめと一緒だよ...」
声が涙ににじんで、体の震えがどんどん大きくなる。
「自分の方から共存しようとしないで、自分が、ただ自分達だけがいいようにって動いて!他人の笑顔も幸せも人生も奪っておいて、そんなのないよ!」
大人が銃を下ろす。
後ろから呻き声が聞こえ、振り向けば零が泣いていた。
そりゃそうだ。家族が居なくなったなんて、辛すぎる。
さっきのお返しだ、と私は零の背中を撫でる。
月が傾きかけ、少しずつ空は鮮やかさをましていった。
「葉月!?ここにいたの!心配したのよ!?......って、え」
「お母さん..!!」
林の奥からお母さんが走ってきた。
汗をかいている。そんなに一生懸命探してくれたのかと思い、涙が溢れた。
お母さんは、まわりに立ち尽くす大人たち、私の隣でなき続ける零を見て混乱状態だった。
「は、葉月....どういうこと?」
目を白黒させながらお母さんが問いかけてきて、私は曖昧に笑う。
「私なりに、戦った結果だよ」
*
その後かけつけた警察により、零を殺そうとした人達はつれていかれた。
殺人未遂には証拠がなくてならなかったけど、銃を勝手に持っていたから署で話をするらしい。
私は母とそのまま帰路につき、零は気づいたらいなくなっていた。
空は月が消え、太陽が燦々と輝いている。
まるでひとときの幻想のようだったけど、確かに零はあそこにいた。
それは、手に残った温もりが教えてくれている。
私は中学を無事卒業した。
母にいじめの事を正直に話し、先生や教育委員会に相談して、いじめは終わりを迎えた。
新しい戦い方で、ほかのみんなと。
卒業式の後、友達とショッピングに行っていた私は、帰ったときにはくたくただった。
外はもう薄暗く、満月がぽかんと浮かんでいる。
ふと思い付いて、私は外へ飛び出した。
林はまだあって、そしてあの曲がった木も生えていた。
月明かりが木を幻想的に浮かび上がらせて、ちょっと中に人が居ないか期待したけど、誰もいなさそう。
そっと掌を幹に当てて、語りかける。
あなたを想って。
「零、久しぶり」
馬鹿馬鹿しいって笑われるかもしれない。
でも、どこかで零が幸せに暮らしているって、私は信じたい。
「元気?私は元気だし、無事学校を卒業したよ」
月光に照らされた零の面影が、脳裏に浮かぶ。
「あの時はありがとう。零は確かに嘘ついてたけど、零がくれた言葉には嘘がなかったよね。まっすぐな言葉、本当に助かった」
私の暗い世界に差し込んだ一筋の光。
冷たかった世界を暖めて、光に満たしてくれた言葉。
「そうだね....ぶっちゃけ、本音を言うとね、私は、零が」
「待って」
風がさぁっと吹き抜けた。
ゆっくりと振り替える。
「その続き、木じゃなくて、俺に向かって聴かせて」
冬の星の煌めき、秋の優しい風、夏の明るい日差し、春の綺麗な花。
例えたらそんな風だろうか。そんな声が、存在が、私の求めていた姿が、目の前にある。
月明かりの角度で顔は見えないけど、私にはわかる。
だから、私は迷わず息を吸った。
「好きだよ」
私が駆け寄ると、彼もこちらに歩き始める。
月明かりが彼を捉え、浮かび上がらせた。
前よりちょっと背が伸びて、大人っぽくなったけど、あの凛とした瞳は昔と同じだ。
月の下、私たちは再開する。
「ごめん、日本中仲間を探してたら、なかなか帰ってこれなかった」
ちょっと申し訳なさそうな彼に、私は笑顔で首を振る。
嘘つきで、真っ直ぐで、月みたいに綺麗な君に。
嬉しさも喜びも、私の想いも、ぜんぶを詰め込んで、私は彼の手を握る。
「おかえりなさい」