これまでずっと、おれは希子のことを甘やかしてきた。
希子に呼ばれれば必ず会いに行ったし、連絡を無視したこともなかった。希子が誰と一緒にいたって、責めたり咎めたりしなかった。
希子がくれる「好き」の言葉が嘘でも。自分が希子にとっては都合のいい男でしかなかったとしても、必要とされているあいだは彼女のそばにいたかった。
希子のことが好きだったから。
だけど昨夜のおれは、他の男とキスをしていた一時間後に希子がかけてきた電話に出なかった。
『ユキちゃん、今どこにいるの? 早く会いに来てよ』
数十分置きに入ってくる希子からの着信とメッセージ。鳴り止まない着信音を、おれは明け方まで無視し続けた。
『必要なときは好きなだけそばにいる』
そんな口約束で希子と繋がっているだけのおれは、彼女の恋人でもなんでもない。
何年も前の約束に縛られているおれの心は、そろそろ限界だった。
だってどれだけそばにいても、おれは希子の唯一にはなれない。
「昨日行かなかった理由が青山さんのせいだったら、どうすんの?」
希子からの連絡を無視したことと青山さんは無関係だけど、イラついたから少し意地悪をした。
本当は全部、希子のせいだ。希子がおれを呼んでおいて、他の男やつとキスなんかしてるから。それなのに……。
「ユキちゃんのうそつき」
希子はとても傷付いたような顔をしてそう言った。
「淋しくなくなるまで抱きしめてくれるって言ったくせに。必要なときは好きなだけそばにいてくれるって言ったくせに」
「うそつきは希子のほうだろ。ほんとは、優しくしてもらえればおれじゃなくてもいいくせに」
自分のことは棚にあげて勝手なことばかり言う希子にカッとしたおれは、初めて彼女に強く言い返した。あまりに理不尽だって思ったから。
だけど、おれに強く反論された希子の表情はみるみるうちに泣きそうに歪んでいった。
「ユキちゃん、ほんとはずっとそう思ってたの?」
「え?」
「だからいつも、あたしから聞かないと『好き』って言ってくれなかったんだね」
いつだって泣きたい気持ちでいたのはおれなのに。希子のほうが泣きそうな声を出すから、わけがわからない。
「わかってたよ。ユキちゃんは優しいから、あたしのことを可哀想がってるだけだって。あたしのことなんて本気で『好き』なんかじゃないって。やっぱり、うそつきはユキちゃんじゃん」
おれのことを押しのけた希子が、儚く笑って走り去って行く。その背中が高2の冬に窓枠に腰掛けていた希子の後ろ姿と重なって、背筋が凍り付いた。
少しずつ遠くなっていく希子の背中を見つめながら、『間違えた』と思った。
おれの役割は『必要なときに好きなだけそばにいること』で、嫉妬心を剥き出しにすることでも、希子に本音を曝け出すことでもなかったのに。
慌てて追いかけようとしたときには、希子の姿が完全に視界から消えていた。電話をかけても繋がらなくて、今さらになってひどく焦る。
瞼の裏に思い浮かぶ風景は、寒くて冷たい冬の教室。高校の制服を着た希子が、冷たい雪の降る窓の向こうへと飛び越えてしまう気がして。おれは大学の校舎の階段を夢中で駆け上がった。
希子に呼ばれれば必ず会いに行ったし、連絡を無視したこともなかった。希子が誰と一緒にいたって、責めたり咎めたりしなかった。
希子がくれる「好き」の言葉が嘘でも。自分が希子にとっては都合のいい男でしかなかったとしても、必要とされているあいだは彼女のそばにいたかった。
希子のことが好きだったから。
だけど昨夜のおれは、他の男とキスをしていた一時間後に希子がかけてきた電話に出なかった。
『ユキちゃん、今どこにいるの? 早く会いに来てよ』
数十分置きに入ってくる希子からの着信とメッセージ。鳴り止まない着信音を、おれは明け方まで無視し続けた。
『必要なときは好きなだけそばにいる』
そんな口約束で希子と繋がっているだけのおれは、彼女の恋人でもなんでもない。
何年も前の約束に縛られているおれの心は、そろそろ限界だった。
だってどれだけそばにいても、おれは希子の唯一にはなれない。
「昨日行かなかった理由が青山さんのせいだったら、どうすんの?」
希子からの連絡を無視したことと青山さんは無関係だけど、イラついたから少し意地悪をした。
本当は全部、希子のせいだ。希子がおれを呼んでおいて、他の男やつとキスなんかしてるから。それなのに……。
「ユキちゃんのうそつき」
希子はとても傷付いたような顔をしてそう言った。
「淋しくなくなるまで抱きしめてくれるって言ったくせに。必要なときは好きなだけそばにいてくれるって言ったくせに」
「うそつきは希子のほうだろ。ほんとは、優しくしてもらえればおれじゃなくてもいいくせに」
自分のことは棚にあげて勝手なことばかり言う希子にカッとしたおれは、初めて彼女に強く言い返した。あまりに理不尽だって思ったから。
だけど、おれに強く反論された希子の表情はみるみるうちに泣きそうに歪んでいった。
「ユキちゃん、ほんとはずっとそう思ってたの?」
「え?」
「だからいつも、あたしから聞かないと『好き』って言ってくれなかったんだね」
いつだって泣きたい気持ちでいたのはおれなのに。希子のほうが泣きそうな声を出すから、わけがわからない。
「わかってたよ。ユキちゃんは優しいから、あたしのことを可哀想がってるだけだって。あたしのことなんて本気で『好き』なんかじゃないって。やっぱり、うそつきはユキちゃんじゃん」
おれのことを押しのけた希子が、儚く笑って走り去って行く。その背中が高2の冬に窓枠に腰掛けていた希子の後ろ姿と重なって、背筋が凍り付いた。
少しずつ遠くなっていく希子の背中を見つめながら、『間違えた』と思った。
おれの役割は『必要なときに好きなだけそばにいること』で、嫉妬心を剥き出しにすることでも、希子に本音を曝け出すことでもなかったのに。
慌てて追いかけようとしたときには、希子の姿が完全に視界から消えていた。電話をかけても繋がらなくて、今さらになってひどく焦る。
瞼の裏に思い浮かぶ風景は、寒くて冷たい冬の教室。高校の制服を着た希子が、冷たい雪の降る窓の向こうへと飛び越えてしまう気がして。おれは大学の校舎の階段を夢中で駆け上がった。