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「橋元くん、ちょっとだけいいかな?」
大学の講義が終わってひとりで歩いていると、同じゼミの青山さんに声をかけられた。ゼミ以外にもいくつか同じ講義を取っていてたまに話すけれど、彼女とは特別親しいわけじゃない。
「うん、いいよ」
不思議に思いながら頷くと、青山さんがうつむきながらカバンからスマホを取り出した。
「あの、もしよかったら連絡先を交換してもらえないかな、って。ほら、講義とか結構被ってるし、わからない課題があったときに教えてもらいたいから」
「あぁ、うん。いいよ」
「よかった、ありがとう」
スマホを握りしめて嬉しそうに頬を染めている青山さんの顔を見て、なんとなく察してしまった。
青山さんはどの講義でもだいたい女友達と一緒に席に座っているから、別におれと連絡先を交換しなくたって課題には困らないはずだ。おれの自惚れじゃなければ、これは彼女からの好意のサインなのだろう。
高校時代はしょっちゅう希子に絡まれているおれにわざわざ声をかけてくる女子なんていなかったし、大学に入ってからも希子以外の女の子との関わりはほぼなかった。
それなのに、物好きだな。
目の前で恥ずかしそうにしている青山さんを見下ろしながら、ひさしぶりの誰かからの好意に少しくすぐったくなる。
「じゃぁ、あの、ときどき連絡とかさせてもらうかも……」
「うん」
言葉を詰まらせながら一生懸命話す青山さんに笑いかけたとき「ユーキちゃん」と呼ばれて、後ろからグイッと腕を引っ張られた。
「ユキちゃん、昨日はどうして来てくれなかったの?」
腕を絡めながら下からおれの顔を覗き込んできたのは希子で。ベタベタと必要以上におれに纏わりつく希子を見て、青山さんが顔をひきつらせていた。
「希子。今おれ、青山さんとしゃべってる」
「あー、そうなんだ」
希子がちらっと視線を向けると、青山さんの表情が強張る。
「ご、めんね。私はもう用事終わったから。橋元くん、また」
青山さんが泣きそうに笑って、おれに手を振ってから去って行く。
今の連絡先交換は無駄になったかも。そう思いながら青山さんの背中を見送っていると、希子がおれの腕を引っ張ってきた。
「あの子、よくユキちゃんのこと見てるよね」
「さぁ、そうなんだ」
「それに、ユキちゃんが呼んでも来てくれなかったのは昨日が初めてだよね。何度も連絡したのに、どうして電話に出なかったの? もしかして、昨日来てくれなかったのはあの子のせい?」
まるで青山さんに嫉妬しているみたいに不貞腐れている希子に、少しイラついた。
昨夜、切羽詰まった声でおれのことを呼び出しておいて、他の男とキスしてたのは希子のくせに。