「橋元くん、本気で言ってる? あたしが死にたいほど淋しいときはそばにいて、淋しくなくなるまで抱きしめてくれる? もし橋元くんが約束してくれるなら、ここから落ちるの、やめる」

 希子が試すようにそう言ったとき、おれは彼女が本気で死ぬつもりなんかないことに気が付いていた。窓枠をつかむ彼女の手が、おれが立つ位置からでもわかるくらいにはっきりと震えていたからだ。

 希子はたぶん、おれを試していただけだ。おれが希子の嘘をどこまで受容できるかを。それがわかっていて、おれは彼女のことを放っておけなかった。

 今おれが手を差し伸べなければ、希子はそう遠くない未来で窓枠をつかむ手を本当に離してしまうような気がしたから。

「いいよ、約束する。更科さんがおれを必要なときは、好きなだけそばにいてあげる」

 真っ直ぐに片手を差し伸べると、希子が迷うようにおれを見つめた。

 窓の向こうでは、降り始めた雪が少しずつ強くなり始めている。白くて冷たい窓の向こうに希子が誘い込まれてしまう前にこちら側に引き戻さなければ。そう思って、少し焦った。

「おいで」

 両腕を開いて呼ぶと、希子が小さく身体を震わせながら窓の外に投げ出していた足を教室の床に下ろした。

 おれに向かって駆けてきた希子が、腕の中に飛び込んでくる。ほっとすると同時に、抱き留めた希子の身体の冷たさにぎょっとした。

「冷た……どれだけの時間あそこに座ってたの?」
「少しだよ」

 そんなはずはない。希子の冷えた身体を抱きしめると、彼女がおれの胸に頬を擦り寄せながらクスクスと笑った。

「橋元くん、名前なんだっけ?」
雪春(ゆきはる)
「ゆきって、今も降ってるあの雪?」
「そうだけど」

 いつまでも頬を擦り寄せてくる希子の行動に戸惑っていると、彼女が突然おれの腰に腕を回して抱きついてきた。

「そっか。雪なのに、こんなあったかいんだね」
「いや、ただの名前だし……」
「そうか」

 おれの体温を奪って少しずつ身体が温まり始めた希子からは、窓枠に座っていたときに感じた危うさが消えていた。

「橋元くんのこと、ユキちゃんて呼んでいい?」
「いいよ」

 おれを見上げて無邪気に笑う希子は、どこにでもいるような普通の高校生の女の子で。だからおれは、勘違いしていた。抱きしめればすぐ笑顔になるような希子の淋しさを埋めるのなんて簡単だ、って。

 彼女の淋しさが、底なし沼みたいに暗くて深いことにも気付かずに。