その日はとても寒くて、夜中から降り始めるという雪が予報より早めに降り始めた。
部活後におれが忘れ物を取りに行くと、電気の消えた教室の窓がひとつだけ開いていて、そこにぽつりと黒い人影があった。
降り始めた雪のせいで、校舎も教室もかなり冷え切っている。見てはいけないものを見てしまったのではないか……。
そんな恐怖で背筋を凍らせたおれの前で、黒い人影が窓の外の雪に手を伸ばす。そのとき見えた横顔で、人影の正体が更科 希子だと気が付いた。
「危ないよ」
窓枠に座っているのが幽霊でなかったことにほっとしたおれは、気の緩みからか、噂でしか知らない希子に咄嗟に声をかけていた。
おれの声に反応して肩を揺らした希子が、ゆっくりと振り返る。
「何してるの? そんなとこに座ってて、落ちたら危ない」
ここは3階の教室だ。万が一滑って落ちでもしたら、ただでは済まない。窓枠をしっかりと握ってはいたものの、窓の向こうに足を投げ出して座っている希子はとても危うく見えた。
「平気だよ。もしあたしがこのままここから落ちて死んじゃったとしても、誰も気にしない」
「そんなことないよ。家族とか友達とか彼氏、は……?」
確か、今は先輩と付き合ってるって噂だっけ。考えながら訊ねると、希子がふっと息を漏らした。
「残念ながら、今のあたしはその全部を持ってないんだよね」
希子が遠くを見つめて儚く笑う。その姿が淋しそうに見えたおれは、その瞬間から彼女の罠に落ちていたのかもしれない。
「だったら、おれが気にするよ。更科さんがもしもそこから落ちて死んでしまったら、おれは悲しい。更科さんを助けられなかったことを、一生後悔すると思う」
気付けば、彼女に向かって必死にそう言っていた。
「橋元くん、優しいね。みんなね、最初はあたしに優しいんだよ。家族も友達も彼氏も……。だけど、みんなすぐに離れていっちゃう。あたしが死ぬほど淋しいときには、誰もそばにいてくれない。だから──」
「だったらおれがそばにいようか?」
その言葉がどこまで本気だったのか。それは、自分でもよくわからない。
部活後におれが忘れ物を取りに行くと、電気の消えた教室の窓がひとつだけ開いていて、そこにぽつりと黒い人影があった。
降り始めた雪のせいで、校舎も教室もかなり冷え切っている。見てはいけないものを見てしまったのではないか……。
そんな恐怖で背筋を凍らせたおれの前で、黒い人影が窓の外の雪に手を伸ばす。そのとき見えた横顔で、人影の正体が更科 希子だと気が付いた。
「危ないよ」
窓枠に座っているのが幽霊でなかったことにほっとしたおれは、気の緩みからか、噂でしか知らない希子に咄嗟に声をかけていた。
おれの声に反応して肩を揺らした希子が、ゆっくりと振り返る。
「何してるの? そんなとこに座ってて、落ちたら危ない」
ここは3階の教室だ。万が一滑って落ちでもしたら、ただでは済まない。窓枠をしっかりと握ってはいたものの、窓の向こうに足を投げ出して座っている希子はとても危うく見えた。
「平気だよ。もしあたしがこのままここから落ちて死んじゃったとしても、誰も気にしない」
「そんなことないよ。家族とか友達とか彼氏、は……?」
確か、今は先輩と付き合ってるって噂だっけ。考えながら訊ねると、希子がふっと息を漏らした。
「残念ながら、今のあたしはその全部を持ってないんだよね」
希子が遠くを見つめて儚く笑う。その姿が淋しそうに見えたおれは、その瞬間から彼女の罠に落ちていたのかもしれない。
「だったら、おれが気にするよ。更科さんがもしもそこから落ちて死んでしまったら、おれは悲しい。更科さんを助けられなかったことを、一生後悔すると思う」
気付けば、彼女に向かって必死にそう言っていた。
「橋元くん、優しいね。みんなね、最初はあたしに優しいんだよ。家族も友達も彼氏も……。だけど、みんなすぐに離れていっちゃう。あたしが死ぬほど淋しいときには、誰もそばにいてくれない。だから──」
「だったらおれがそばにいようか?」
その言葉がどこまで本気だったのか。それは、自分でもよくわからない。