時は200X年、12月24日。
ひとりの青年が、福岡市の繁華街。天神の渡辺通りを歩いていた。
天神とは、福岡県内における若者の街と言われるほど。
若者に人気のある街だ。
まあ、わかりやすく例えるならば、東京で言うところの渋谷みたいなところだ。
つまり、リア充の街。
そんな繁華街をクリスマス・イブに、男ひとりで歩くのは自殺行為に等しい。
なぜならば、先ほども言った通り、リア充の街だからだ。
例年以上の寒さを記録したこの年……。
雪が降っているというのに、すれ違う女子たちはみんなミニスカートとニーハイブーツ。
そんな彼女たちは寒さなど忘れて、彼氏に抱きついて嬉しそうだ。
しかし、青年Aはそんなカップルなど見ても、動じなかった。
いつもなら、嫉妬から舌打ちするのに……。
今日の彼は重大なミッションを、無事に成功しなければ、ならないからだ!
Aの名は、北林 純一。(仮名、当時のペンネームでもある)
後に、味噌村と名乗る青年だ。
純一の年齢は、18歳。そして童貞。
寒さで指がかじかむ。
耳も冷え切って、引きちぎれそうだ。
だが彼の身体は辺りの雪を溶かすほど、燃え上がっていた。
新種のウイルスに感染したのではないか? と疑うほど。
頬に熱を帯びている。
それは彼の年齢が関係している。
今年の夏に純一は、18歳になったのだ。
18禁が解禁されたのである。
堂々とエロゲーやセクシービデオをレンタル、購入できるようになったのだ!
彼は、もうひとりじゃない……。
クリスマス・イブに自分へ贈る、『自分クリスマス・プレゼント』もグレードアップ。
純一は、数か月前からお小遣いを貯め、エロゲーを購入するために、わざわざ天神までやってきた。
エロゲーのためじゃなかったら、こんなリア充の街を絶対に歩かない。
全てはエロゲーのためだ!
※
渡辺通りを歩くこと、10分ほど。
目的地であるビルにたどり着いた。
この時、彼の喉はカラカラ。
家から出て何も口にしていない。
なぜか?
排泄行為を我慢するためだ!
確実にエロゲーをゲットするため、無駄な行動は極力、避ける。
鼻息を荒くする純一は、さっそくビルに入って、地下へ降りる。
インターネットで友達になった、“エロゲ紳士さん”から得た情報で、この店を選んだ。
ちなみにエロゲ紳士さんは、当時30代後半で。月に5、6本はエロゲーを購入し全てクリアする猛者だ。
本当は、『スーパーロ●ット大戦』で知り合ったメル友なのに、純一がエロゲーのことを聞きまくっていたら、それしか話題が無くなっていた。
紳士さんに教えてもらったエロゲーショップに到着。
店内は、紳士さんのような男性で賑わっていた。
手に持つカゴの中には、図鑑みたいな大きな箱で埋め尽くされている。
その姿を見た純一は、戦慄した。
(ひとりであんなに買うのか? 一体いくらお金を用意しているのだろう?)
本日、純一が購入するエロゲーは約1万円する。
つまりこの先輩方は、約10万円を使うのであろう……。
お目当てのエロゲを持って、カウンターに並ぶと。
目の前にいた先輩たちが何やらゲラゲラと笑っている。
「うははは! スタンプカード、3枚もたまってるらしい」
辺りにいたお友達も、指差して笑う。
「マジかよ」
「それで1本、買えるだろ」
カウンターに立つ店員さんが、こう言った。
「どうなされますか? 本日、お値引きされます?」
先輩はそれを聞いて、鼻で笑う。
「ふっ……また買いに来るんで、ためておいてください」
「かしこまりました」
純一は感動していた。
(かっけー! 僕もあんな風になりたい)
いよいよ、純一の番が回ってきた。
緊張しながらもついにエロゲーをゲットできると、胸が高鳴る。
カウンターにカゴをのせると、眼鏡をかけた細身の男性が、バーゴードをスキャンする。
純一は店員に言われるがまま、財布から福沢諭吉を一枚取り出す。
会計はスムーズに進んだが、商品をビニール袋へ入れた瞬間。
店員はあることに気がついたようで、眼鏡を光らせる。
「お客様、当店は初めてでしょうか?」
(ギクっ! 僕を未成年と疑っているのか!? でも大丈夫、こんなこともあろうと、免許証に保険証まで持参している!)
「こ、これでいいですか?」
手を震わせながら、カウンターに免許証を差し出す。
しかし、店員はそれを受け取って首を傾げる。
「免許証? あのお客様、スタンプカードのことを聞きたかったのですが……お作りしますか?」
純一は深読みのしすぎで、恥をかいた。
「あ、お願いします……」
エロゲーは無事にゲット出来た。
これで安心するのは、まだ早い。
無事にエロゲーを自宅まで持って帰るのが、純一に課されたミッションだからだ。
リュックサックの一番下に封印したとはいえ、何らかのアクシデントが起きた際。
天神というカップルだらけの街に、裸体の少女がプリントされた重箱を放り投げることになれば……。
純一は人間として、死んでしまうだろう。
渡辺通りを一人で歩く。
この年のクリスマス・イヴは、記録的な大雪。
ホワイトクリスマスだった。
行き交う人々は、どこか嬉しそうだった。
それもそうだろう……ほとんどがカップルだからだ。
デートを楽しんだあと、激しい夜の大運動会を、ホテル内で繰り広げるのだろうから。
本来ならこのまま、帰宅するはずなのだが……。
純一は天神から離れるのではなく、レコードショップへ向かうことにした。
これには深い理由がある。
非リア充の純一が、イブの日に天神という街へ行くことなんて、有り得ないからだ。
唯一、大好きな映画館へ向かうことはあっても、買い物などする場所は無い。
そんな陰キャの彼が、家を出る際、母親に「天神へ行ってくる」と言えば、絶対に疑われる。
だから、彼は『フェイク』を考えた。
2000年代初め、今ほどネットショッピングが簡単ではなく。
洋楽などはレコードショップで買う方が早かった。
そして、純一が好きなアメリカのバンドが、リミックス・アルバムを発売するという。
これが彼の用意したフェイクだ。
レコードショップまでエロゲーを担いで、歩く純一。
何時しかカップルの姿が少なくなり、何故かセーラー服を着た中学生たちが目に入る。
それも数人などではなく、何百人も横並びに立って渡辺通りを占領していた。
「募金にご協力くださ~い!」
(なんだ!?)
雪が降る中、大きな白い箱を持って、叫んでいる。
全員、セーラー服のみで、コートは着用していない。
手袋もしないで、募金活動に励んでいる。
この時、純一の胸は激しい痛みを訴えていた。
彼の良心である。
自分は暖かいダッフルコートに手袋まで着用して、歩いているのに。
この幼い少女たちは、聖夜に募金活動を頑張っている。
否っ! 良心が痛むのは、そこじゃない。
彼の背中にエロゲーがあるからだ!
「……」
「「「恵まれない子供たちに、どうかお願いいたします!」」」
彼女たちを無視し、純一は顔を真っ赤にさせて渡辺通りを歩き続ける。
本来の彼ならば、性格からして募金するはずだが……エロゲーが邪魔していた。
~それから10分後~
レコードショップへ入って、フェイク用に考えていたバンドのアルバムだが。
なぜか店頭に置いていない。
焦った純一は、店員のお姉さんに聞いてみる。
「あ、あの今日、発売のリミックス・アルバムは……」
「ああ、あのバンドですね。すみません、入荷が遅れてまして」
「そ、そうですか……」
純一は絶望した。
帰って母さんに、何と言い訳すればいいのだろうか? と。
仕方ないので、映画を観ていたという、嘘に変えるべきか……。
~さらに30分後~
仕方なく天神で映画を観ていたという、言い訳に変えたのだが。
帰りのバスに乗っても、純一は母親の勘が怖かった。
どうしても、リミックス・アルバムを手に入れたかった純一は、地元のバス停から降りると。
ダメもとで近所のレコードショップへ寄ってみることにした。
店に入って洋楽の棚を探していると、お目当てのリミックス・アルバムが販売していた。
洋盤ではなく、邦盤の方だが……。
しかしこれで母親や家族に対する、言い訳が出来た!
純一は胸を張って、帰宅した。
声を大にして、母親に叫ぶ。
「ただいま~! いやぁ、このリミックス・アルバムが欲しくて、わざわざ天神まで行ったんだ!」
「なに、急に? うるさいわよ、あんた」
ともかく、エロゲーを無事に自宅まで持って帰ることに成功した!
クリスマス・イブの夜。
純一の家では毎年、宅配ピザを頼んで祝うのがお馴染みになっている。
ピザをたらふくを食べ終えたら、純一は自室のパソコンをこっそりと起動する。
確かこの頃、純一の所持しているパソコンは、IBM製のウインドウズ98。
モニターはブラウン管で、アホみたいにデカい。
そしてこの頃、発表さればかりのウインドウズXPにアップグレードしていたと思われる。
純一が購入した人生初のエロゲーは……脱衣麻雀だった。
購入する前、メル友である紳士さんに相談して、ちゃんと起動できるか入念にチェックしていた。
CDーROM版を買ったので、インストールするディスクは3枚もある。
当時としては、画期的な高画質のアニメーションが堪能できるからだろう。
そのため、純一の持っているパソコンでは多少のスペック不足があったようで。
一枚のディスクをインストールするのに、1時間近くかかったと思われる。
聖夜に彼は女性の裸体が見たくて、3時間もモニターと睨めっこをすることに。
だが純一のパソコンは、何度もエラーを出して再インストールを勧めてくる。
「クソがっ! さっさとインストールしろやっ!」
21時から何度もインストールしているのに、一向に終了できない。
気がつけば、日付が変わって25日のクリスマス当日になっていた。
午前0時になっても、インストールは成功できず、苛立ちが募る一方だ。
ようやくインストールが成功できたのは、深夜の3時ごろ。
純一は眠気で倒れそうだったが、どうしても裸体を見ないと眠れなかった。
しかし、彼が人生初のエロゲーをプレイするには敷居が高かったようだ。
それは選んだジャンルのせいだ。
麻雀のルールなど、純一は全く知らないド素人。
『ポン! カン! チー!』
を連続して選択する。
すると……。
『いえ~い! リーチ!、ツモ!』
ヒロインたちに連敗してしまう。
『マンガン、ドラドラ、テンホー』
訳の分からない役を言われて、激怒する純一。
「うるせぇー! 日本語で話せよっ! さっさと負けて脱げ!」
ルールの知らない彼では、一夜でヒロイン達を攻略するのは無理があった。
結局、眠気に耐えられず。この日は眠りについた。
~それから、一週間後~
クリスマスも終わり、年内にヒロインを攻略できずにいた純一。
メル友であるエロゲ紳士さんに、脱衣麻雀のことを話すと。
『え? まだクリアしてないでござるか? 拙者は3日でクリアしたでござるよ』
もちろん、彼の言うクリアとは、全ヒロインを全て脱衣させたことになる。
純一はまだ一人も攻略できていない。
麻雀のやり方がわからないと、相談したら。
『なるほど。リーチしやすくするためには、ポンやチーなどは使用しなければいいでござるよ』
その助言を聞いた純一は、再度エロゲーを起動する。
ちょうど両親や兄たちは、年末でおばあちゃん家へ帰省している。
だから、冬休みの間に攻略しまくろうと考えていた。
そして年が明けて、3日経ったころ。
ようやく初めてひとりのヒロインを、脱衣させることに成功。
歓喜する純一。
「っしゃーーー! ざまぁみろ、君たちは今から僕の好き放題に……」
と言いかけている最中、その事件は起きてしまう。
脱衣アニメーションが終わりかけたころ。
生まれたばかりの姿になった若いヒロインが、涙目で叫び声を上げる。
『イヤッ! ダメェ~ 出ちゃうのぉ~』
次の瞬間、絶頂したヒロインが何を思ったのか、失禁してしまう。
『もう、だから言ったのに……バカぁ!』
その姿を見た純一は、喜びの顔から一転して、眉間に皺を寄せる。
モニターに向かってこう呟いた。
「は? 出すなよ……」
興奮していた純一だが、その性癖に耐えられず、一気に冷めてしまった。
すぐにゲームを終了し、深いため息を吐きだす。
(脱がせたのに、お漏らしとか意味わかんねぇ……)
翌日、エロゲ紳士さんにメールで、そのことを報告すると。
彼からすぐに返信が送られてきた。
『なるほど。純一くんは結構ピュアなのですな?』
そして僕に合うエロゲーを考えてくれて……1つの作品を勧めてくれた。
『純一くんには今、話題の“Ka●on”などはいかかですかな? キャラも可愛くて、シナリオも良きで。泣けますぞ?』
エロゲ紳士さんの言った一言が、どうしても気になる純一。
(なんで、エロゲーなのに泣くんだ? 抜くんだろ?)
これ以降、純一がクリスマス・イブに購入した、エロゲーソフトを起動することはなかった。
クリアしないで、売却してしまう。
そして、うぶな彼には刺激が強かったようで、しばらくトラウマになったとか。
ちなみに、本作を書くにあたって、味噌村はDL版を再購入したらしい。
例のシーンを見ても、性癖が歪みまくったおっさんには問題なかった。
ただ一つ感じたのは、10人以上も女性がいるのに下着の色が、白が多かったところ。
20代のOLや30代の主婦が、上下ホワイトていうのは、ちょっとロマンが無い。
容量的な問題だったのかも?
メリークリスマス、18才!
了