耕作魔法の魔導器の成功は、僕の活動方針を大きく変化させた。
着任した当初の方針は、魔導師が東奔西走して村の問題を解決するという、力尽くにも程があるやり方だった。
当然、魔導師である僕の負担は完全に度外視。
前任者が逃げたのも納得の過重労働だ。
けれど、魔導器があれば話は変わってくる。
僕自身は新しい魔導器の開発に集中して、完成品を村人達に使ってもらう――この方針なら、僕への負担を最低限に抑えながら、なおかつ復興を順調に進められるはずだ。
もちろん、急いで解決する必要があるトラブルや、魔導器を作れる見込みがない問題は、これまで通りに僕が魔法で対応していくことになるだろう。
「……ということを、考えたりしてるんだけど。クレナイはどう思う?」
畑の修繕を終えたその日の午後。
住宅代わりの小屋で遅い昼食を取りながら、今後の方針についてクレナイに相談を持ちかける。
食事のメニューは雑穀のお粥とチーズの切れ端。
農村にありがちな硬いパンですらない。
チーズもきっと大奮発して添えてくれたものだろう。
王都暮らしに慣れきった魔導師なら、きっと一日で音を上げていたに違いない。
「凄くいい考えだと思います。村の皆も喜んで協力してくれますよ。どんな魔導器を作るおつもりなんですか?」
「そうだなぁ。井戸は生きてるみたいだし、まずは塞がってる水路を整備して、畑に水を撒きやすくするところからかな。土木工事の類なら、さっきの耕作魔導器を改造して出力を上げればいいはずだ」
地属性の魔法にも色々あるが、地面の形を大雑把に変えるだけなら、技術的にはあまり大きな違いはない。
あくまで、技術的には。
「まずはそのためにも、魔石を大量に確保しておかないとな」
「そんなに必要なんですか?」
「ああ。地属性の魔法はインフラ整備にめちゃくちゃ有用だけど、規模が大きくなればなるほど魔力をバカ食いする弱点があるんだ。重い土の塊を動かすんだから、それだけ消耗も激しいってわけだね」
理論上は一夜で城を建てることも不可能ではないが、そんなことをするためには非現実的な量の魔力が要る――これが土属性の魔法の基本性質だ。
世間で『土魔法は地味』なんて揶揄されがちなのも、単独の人間の魔力ではやれることに限りがあるため、第三者が想像していたよりも規模が小さくなりがちだからだろう。
実際には、複数人の一流魔導師が充分なバックアップを受ければ、それこそ奇跡みたいな地形操作だって実現できるのだが。
まぁ、今の僕には関係のない話である。
「水路の次は、建物の修理……は、複雑過ぎて難しいかな。今のところ、魔導器でやれるのは初歩的な魔法の再現くらいだ。魔法でやるのも時間が掛かるし、他の地方から大工を雇ってきた方が手っ取り早いかも」
「村の復興が進んだら、人を呼んでくる余裕もできそうですね」
「となると……うん、なるべく早めに、公衆浴場でも作った方がよさそうだ」
「ええっ! 私、そんなに臭います!? 水浴びはしっかりしてきたんですけど!」
慌てふためくクレナイ。今のは僕の言い方が悪かった。
「違う違う。あくまでこれから先の話だよ。ここは涼しくて乾燥してるから、水浴びや湯浴みが最小限でいいのは分かってる。だけどこれからは、村の皆にも復興を頑張ってもらうんだ。土や泥の汚れをしっかり落とせる設備を作って、清潔さを保てるようにしておかないと駄目だろう?」
「な、なるほど……でもそれは……」
「燃料が足りないから難しい、かな?」
クレナイはコクリと小さく頷いた。
このペトラ村の周囲には荒涼とした土地が広がっている。
薪に使える植物が少なく、森はかなり離れている上に、野生の動物どころか亜人や魔獣まで潜んでいるときた。
燃料の調達に苦労するのも当然の状況である。
「大丈夫。それも魔法で何とかできるよ。王都の公衆浴場なんか、どこも燃料なんか使ってないくらいだからね」
「本当ですか!?」
「開店前に魔導師が火種を用意して、後は魔石と魔法陣で火を維持するんだ。村に一つの公衆浴場を夜だけ開く程度なら、魔石の消費もあまり多くはならないはず。最初はそんなところから始めればいいんじゃないかな」
「熱々のお風呂……いいですよねぇ……たまーに入れることがあるんですけど、骨まで蕩けちゃいそうな気持ちよさで……」
クレナイは両頬に手を当てて、うっとりとした顔で笑った。
「同じやり方で料理に使う火も起こせるぞ。むしろ煙が少なくなるから、薪を使うよりも便利かもだ」
「温かいお料理……いいですよねぇ……」
「……整地用魔導器の次は、火起こしの魔導器で決まりだな」
どんどん蕩けていくクレナイの表情に、思わず苦笑を零してしまう。
完全に語彙が崩壊している。何かもう色々と駄目っぽい雰囲気だ。
「決まりですね! 善は急げです、コハク様! まずは何をしたらいいんでしょうか!」
「食いつき凄いなぁ」
握り拳を振り回して気合を入れるクレナイ。
こんなにやる気を出されたら、詳細は後で考えるつもりだったなんて、とてもじゃないが言えそうにない。
「とにもかくにも、魔石の調達が第一だ。僕が王都から持ってきた分はほとんど使い切ったからね。他にも調達しておきたい材料はあるけど、魔石だけは替えが利かない。街の方から買い付けてもいいんだけど……現地調達できるなら、それにに越したことはないかな」
粗末な椅子から立ち上がり、ガラスも嵌っていない窓越しに外の風景を見やる。
荒涼としたマクリアの平原。その向こうにうっすらと見える険しい山々。
同僚のルリは『人間世界の果て』だとか言っていたけれど、実はそれもあながち間違いじゃない。
ここはアイオニア王国の西の果て。ここから先に人の国はない。
あの山々はまさに、人間が住む土地とそれ以外とを隔てる境界線なのだ。
「そうだな。手始めに、まずはあの山に行ってみようか」
「えっ! あそこは亜人や魔獣がたくさん……」
「魔石は魔力が豊富な土地でよく採れる。魔石鉱山は魔獣の生息地にあるのが普通だよ」
都会の次に魔導師が多いのは魔石鉱山だと言われている。
採掘に使う魔法を担うため。鉱山を魔獣から守るため。
過酷だが儲かる仕事が目白押しだ。
もしも、あの山を魔石鉱山にすることができたら、そこから得られる恩恵の大きさは計り知れない。
「昔から『竜の卵は竜の巣に』って言うだろ? 危険を冒すだけの価値はあるさ」
着任した当初の方針は、魔導師が東奔西走して村の問題を解決するという、力尽くにも程があるやり方だった。
当然、魔導師である僕の負担は完全に度外視。
前任者が逃げたのも納得の過重労働だ。
けれど、魔導器があれば話は変わってくる。
僕自身は新しい魔導器の開発に集中して、完成品を村人達に使ってもらう――この方針なら、僕への負担を最低限に抑えながら、なおかつ復興を順調に進められるはずだ。
もちろん、急いで解決する必要があるトラブルや、魔導器を作れる見込みがない問題は、これまで通りに僕が魔法で対応していくことになるだろう。
「……ということを、考えたりしてるんだけど。クレナイはどう思う?」
畑の修繕を終えたその日の午後。
住宅代わりの小屋で遅い昼食を取りながら、今後の方針についてクレナイに相談を持ちかける。
食事のメニューは雑穀のお粥とチーズの切れ端。
農村にありがちな硬いパンですらない。
チーズもきっと大奮発して添えてくれたものだろう。
王都暮らしに慣れきった魔導師なら、きっと一日で音を上げていたに違いない。
「凄くいい考えだと思います。村の皆も喜んで協力してくれますよ。どんな魔導器を作るおつもりなんですか?」
「そうだなぁ。井戸は生きてるみたいだし、まずは塞がってる水路を整備して、畑に水を撒きやすくするところからかな。土木工事の類なら、さっきの耕作魔導器を改造して出力を上げればいいはずだ」
地属性の魔法にも色々あるが、地面の形を大雑把に変えるだけなら、技術的にはあまり大きな違いはない。
あくまで、技術的には。
「まずはそのためにも、魔石を大量に確保しておかないとな」
「そんなに必要なんですか?」
「ああ。地属性の魔法はインフラ整備にめちゃくちゃ有用だけど、規模が大きくなればなるほど魔力をバカ食いする弱点があるんだ。重い土の塊を動かすんだから、それだけ消耗も激しいってわけだね」
理論上は一夜で城を建てることも不可能ではないが、そんなことをするためには非現実的な量の魔力が要る――これが土属性の魔法の基本性質だ。
世間で『土魔法は地味』なんて揶揄されがちなのも、単独の人間の魔力ではやれることに限りがあるため、第三者が想像していたよりも規模が小さくなりがちだからだろう。
実際には、複数人の一流魔導師が充分なバックアップを受ければ、それこそ奇跡みたいな地形操作だって実現できるのだが。
まぁ、今の僕には関係のない話である。
「水路の次は、建物の修理……は、複雑過ぎて難しいかな。今のところ、魔導器でやれるのは初歩的な魔法の再現くらいだ。魔法でやるのも時間が掛かるし、他の地方から大工を雇ってきた方が手っ取り早いかも」
「村の復興が進んだら、人を呼んでくる余裕もできそうですね」
「となると……うん、なるべく早めに、公衆浴場でも作った方がよさそうだ」
「ええっ! 私、そんなに臭います!? 水浴びはしっかりしてきたんですけど!」
慌てふためくクレナイ。今のは僕の言い方が悪かった。
「違う違う。あくまでこれから先の話だよ。ここは涼しくて乾燥してるから、水浴びや湯浴みが最小限でいいのは分かってる。だけどこれからは、村の皆にも復興を頑張ってもらうんだ。土や泥の汚れをしっかり落とせる設備を作って、清潔さを保てるようにしておかないと駄目だろう?」
「な、なるほど……でもそれは……」
「燃料が足りないから難しい、かな?」
クレナイはコクリと小さく頷いた。
このペトラ村の周囲には荒涼とした土地が広がっている。
薪に使える植物が少なく、森はかなり離れている上に、野生の動物どころか亜人や魔獣まで潜んでいるときた。
燃料の調達に苦労するのも当然の状況である。
「大丈夫。それも魔法で何とかできるよ。王都の公衆浴場なんか、どこも燃料なんか使ってないくらいだからね」
「本当ですか!?」
「開店前に魔導師が火種を用意して、後は魔石と魔法陣で火を維持するんだ。村に一つの公衆浴場を夜だけ開く程度なら、魔石の消費もあまり多くはならないはず。最初はそんなところから始めればいいんじゃないかな」
「熱々のお風呂……いいですよねぇ……たまーに入れることがあるんですけど、骨まで蕩けちゃいそうな気持ちよさで……」
クレナイは両頬に手を当てて、うっとりとした顔で笑った。
「同じやり方で料理に使う火も起こせるぞ。むしろ煙が少なくなるから、薪を使うよりも便利かもだ」
「温かいお料理……いいですよねぇ……」
「……整地用魔導器の次は、火起こしの魔導器で決まりだな」
どんどん蕩けていくクレナイの表情に、思わず苦笑を零してしまう。
完全に語彙が崩壊している。何かもう色々と駄目っぽい雰囲気だ。
「決まりですね! 善は急げです、コハク様! まずは何をしたらいいんでしょうか!」
「食いつき凄いなぁ」
握り拳を振り回して気合を入れるクレナイ。
こんなにやる気を出されたら、詳細は後で考えるつもりだったなんて、とてもじゃないが言えそうにない。
「とにもかくにも、魔石の調達が第一だ。僕が王都から持ってきた分はほとんど使い切ったからね。他にも調達しておきたい材料はあるけど、魔石だけは替えが利かない。街の方から買い付けてもいいんだけど……現地調達できるなら、それにに越したことはないかな」
粗末な椅子から立ち上がり、ガラスも嵌っていない窓越しに外の風景を見やる。
荒涼としたマクリアの平原。その向こうにうっすらと見える険しい山々。
同僚のルリは『人間世界の果て』だとか言っていたけれど、実はそれもあながち間違いじゃない。
ここはアイオニア王国の西の果て。ここから先に人の国はない。
あの山々はまさに、人間が住む土地とそれ以外とを隔てる境界線なのだ。
「そうだな。手始めに、まずはあの山に行ってみようか」
「えっ! あそこは亜人や魔獣がたくさん……」
「魔石は魔力が豊富な土地でよく採れる。魔石鉱山は魔獣の生息地にあるのが普通だよ」
都会の次に魔導師が多いのは魔石鉱山だと言われている。
採掘に使う魔法を担うため。鉱山を魔獣から守るため。
過酷だが儲かる仕事が目白押しだ。
もしも、あの山を魔石鉱山にすることができたら、そこから得られる恩恵の大きさは計り知れない。
「昔から『竜の卵は竜の巣に』って言うだろ? 危険を冒すだけの価値はあるさ」