僕がレオン司令に提示した解決案――それは『自動車』だった。

 百眼同盟による輸送部隊への妨害を回避する手段。
 条件は陸路であること。そして、移動時間の短縮による回避であること。

 レオン司令の要求仕様を満たすためには、陸上を高速で移動する乗り物を作るしかなかった。

 普通に考えれば無理難題。
 僕以外なら完全にお手上げだったかもしれない。

 だけど、僕は最初から答えを得ていた。

 学生時代に打ち込んだ趣味。
 馬が繋がれていない馬車を魔法で走らせる陸上競技。

 これを魔導器に落とし込んでやれば、馬車よりも遥かに速く荷物を運ぶことができるようになるはずだ。

 僕はそう考えて、実車での走行テストにたどり着けたのだが――

「呆れましたわ。まさかまた自動車に手を出すなんて。一体どれだけ好きだったんですの」
「他に手段がなかったんだよ。趣味を優先したとか、そういうのじゃないから。本当に」

 ルリがジトっととした目で僕を見ている。
 多分、学生時代に揉めまくったことを思い出しているんだろう。

 加熱するスピード比べが原因の事故。
 いつしか始まった賞金とギャンブル絡みの金銭トラブル。

 当時を知るルリにしてみれば、魔導アカデミー時代の厄介な思い出の一つに違いない。

 けれど、いや、だからこそ。
 僕は自動車(これ)なら百眼同盟の妨害に対抗できると確信していた。

「馬車が使える道なら問題なく走れて、なおかつ速度は馬車以上! 魔石が枯れるまでトップスピードを維持できる! これなら多少の妨害なんか振り切れるさ!」
「はぁ……リョウブ・レオン卿が構わないというなら、わたくしが口出しすることではありませんわね。ところで、一体どのような魔法で走らせているのですか? 風魔法で? それとも車輪を直接操って?」
「どっちも学生時代に試したけど、あまり魔力の効率が良くなかったんだよ。だから、この原理で走らせてる」

 僕は車内から筒状の魔導器を取り出してみせた。

 水筒くらいの大きさで、筒の中を上下に動く蓋がついた中空構造。

 要するに、いわゆるピストンという奴だ。

「蓋を筒の底まで押し込んでから、中に魔力を注ぎ込んで、小さな爆発を起こすと……!」

 ポンッ! と音が鳴って、蓋が筒の端まで押し上げられる。

「……それが何か?」
「こいつを使って車輪を回すんだよ。粉挽き小屋の水車の仕組みは知ってるだろ?」
「いえ、よく知りませんけど」

 しまった。ルリは貴族な上に根っからの魔導師だった。
 田舎の人間が使う魔法の代用品の仕組みなんて、知ってる方がおかしい。

 だけどまぁ、頭のいいルリのことだ。
 簡単に説明すればすぐに理解してくれるはずだろう。

「川の流れを水車で受け止めて、内部の歯車を回転させるっていうのは分かるよな。この回転をそのまま使って石臼を回すタイプと、歯車なんかを駆使して回転運動を縦の上下運動に変換、自動的に杵を動かすタイプがあるんだけど、今回使ったのは後者の仕組みだ」
「回転運動を上下運動に……ああ、なるほど」

 ルリはさっそく合点がいったようだった。

「その仕組みを逆に動かせば、上下や前後の動きを回転運動に変換できますわね。その筒の中で魔力を爆発させれば、蓋が上下に動く。この動きを歯車仕掛けに伝えて回転運動に変換すれば、車輪を回転させることができる……理屈は通っていますわ」
「風を操るよりも小規模な爆発を起こす方が簡単だからね。火球魔法はどこの流派でも基本中の基本だ。当然、魔導器で再現するのも楽だったよ。比較的に、だけど」

 レオン司令にお願いして、歯車仕掛けの機械に強い技術者を紹介してもらったのも、これが理由だ。

 僕も色々な魔導器を自作してきたけれど、機械技師としてはさすがにアマチュアの域を出ない。

 これほど複雑な仕組みを作るためには、専門家の助けが必要だった。

 自分だけで全部作ろう! なんてことは最初から考えちゃいない。

 コハク・リンクスという男の能力を、この世で最も信頼していないのは、他でもない僕自身なのだから。

「まぁ、いいでしょう。ユキカとレオン司令が納得なさったのでしたら、わたくしが口を挟む余地などありませんわ。ちなみに、乗り心地はどうなんですの?」
「拷問」
「真顔で即答しないでくださいまし」

 そんなこと言われたって。

 こいつに使われている動力技術は、およそ前例と呼べるものがない代物なのだ。

 まずはちゃんと輸送できるかどうかが最優先。
 今のところ、乗り心地は二の次にせざるを得ない。

 前々から構想や設計を考えていたとはいえ、半月やそこらでテスト走行ができただけでも運が良かった。

「速さも乗り心地も、基本的には馬車と同じだよ。生き物に頼ってる馬車と違って、全速力を長時間維持しやすいから、総合的には移動時間を短縮できるっていうだけさ。でもそんな速度で荒れた道を走ったらどうなるか、簡単に想像できるだろ?」
「説明されるまでもありませんわ。本当に大丈夫なんですの、それ」
「レオン司令は『軍用だから快適性は求めない』ってさ。常時全速力で走るわけじゃないんだし、危なそうなときだけ我慢すればいいって判断なんじゃないかな。試しに乗ってみる?」
「断固としてお断りします!」

 にべもなく断られてしまった。

 いやまぁ、僕もルリの立場なら断固拒否しているんだろうけど。

「でも、マクリア伯は興味津々みたいだぞ」
「えっ? あっ! 何をしているんですの、ユキカ! クレナイさんもお止めなさい!」

 僕とルリが話し込んでいる間に、マクリア伯は目を輝かせて馬なし馬車――自動車の運転席に乗り込んで、クレナイから動かし方のレクチャーを受けていた。

 私も運転してみたいだとか、絶対にお止めなさいだとか、押し問答が繰り返された末にマクリア伯の方が根負けして、露骨に渋々といった様子で車から降りてくる。

「まったく……ユキカの好奇心には参りますわ。コハクさんからも強く言ってやってくださいませ」
「無茶言うなよ。領主相手にどうしろって?」
「わたくしと同じように接すればいいでしょう」
「それはルリが特別だからだよ。他の貴族相手にできるわけないだろ」

 僕がルリ相手に気安く接することができるのは、本人がそうするように言っていたのと、魔導アカデミーの同期の間柄だからだ。

 マクリア伯はここの領主で、僕にとっては資金提供者にして後ろ盾。
 いくらなんでも力関係に差がありすぎる。

 ルリもそのことを思い出したのか、唇を尖らせてそっぽを向いてしまった。