一夜だけ宿屋に泊まると朝方には出発していた。
乗り合い馬車に特に乗る人もいないため、人数は変わらない。
「なんか元気になったな!」
休憩している時にリモンが話しかけてきた。
「はい。リモンさんにもご迷惑おかけしました」
「ん? そんな迷惑とも思ってないぞ? むしろ俺の方が迷惑かけてるからな」
「迷惑だなんて……あっ、樽を貰うの忘れてた!」
リモンの治療のために店主に声をかけたのに色々なことがあって本来の目的を忘れていた。
「だろうと思ってもらっておいたぞ」
リモンは馬車の奥を指差すとそこには樽がいくつか置いてあった。
「ありがとうございます」
異次元医療鞄が一枠空いていたため、そのまま空間へ片付けた。
「えっ? アイテムボックスも使えたんか?」
「あっ……」
俺は無意識で使っていたため、初めてリモンに異次元医療鞄をみられてしまった。
「ちゃんとした冒険者になったら絶対俺達とパーティーを組んでくれ! 魔法も使えるし、荷物も持たなくて良いって最高じゃないか! あっ、ケントのスキルだけが目的じゃないからな! それだけはわかってくれよ」
あまりにも必死なリモンに俺はいつのまにか笑っていた。冒険者になるには後二年程度はかかるけどな……。
「おーい、リモン戻ってこーい」
パーティーメンバーから声がかかり、リモンは見回りに戻った。
♢
今日は初めての野営だが基本的な道具は各々のパーティーや御者が準備している。乗り合い馬車でも結構値が張るのはそういうところにお金がかかるからだ。
「一応皆さんの分の毛布とテント数個は用意してありますが、食品に関してはパンと干し肉しか用意していません」
「んー、しっかりと肉も食べたいしな。各々役割を分担しようか」
御者は用意しているが依頼を受けた冒険者が有能なほど道中が楽になるのだ。
リモンの一言で子どもだけど冒険者の仮登録をしている俺とラルフを含めて、七人で食料・水分・寝床の準備となった。
「えーっとまずは水の確保と食料の確保なんだが――」
「あっ、水なら出せますよ」
俺は水治療法で水球を出した。魔法だからすぐに消すこともできるが飲み水にも使えることは事前にわかっている。
俺の中でも感覚的には通常より便利な生活魔法という位置づけだ。これのおかげで異世界スローライフを夢見ることができるしな。
食料はリモン達のパーティーで調達、寝床は俺達三人がマルクスに教えてもらいながら受け持つことになった。
「じゃあケントはスキルで水をこの容器に出してる間に俺とラルフがテントを張ってくる」
マルクスはラルフを連れてテントを立てに行った。
「水を出すって言ってもすぐに終わるんだけどな……」
御者に樽を取り出してもらい水を入れた。
普段お風呂の準備をしている俺にとっては樽に水を入れるのは簡単だ。
「すみません、樽って他にもありますか?」
特にやることもないため、御者にお風呂を準備するために声をかけた。
「ああ、あるけど何に使うんだ?」
「お風呂の準備をしようと思って――」
「お風呂ですか?」
俺の発言に御者は驚いていた。基本的に貴族しかお風呂は入れないし、移動中は水浴びもできるかわからない環境だ。
「じゃあこれを使ってください」
「ありがとうございます」
俺は出してもらったドラム缶にお湯を張っていると、テントを張り終わったマルクスとラルフが戻ってきた。
「お風呂を作るんか?」
「やることなくて暇なんです」
「なら俺は見張りに使う焚き火のために木材を集めてくる」
「お願いします!」
今度は木材を探しに近場の林に入り、木材を回収しに行った。よく考えれば俺だけ何もしていないほど楽をしている。
「そういえば調味料もありますか?」
「何に使うんだ?」
「一応我が家の料理番は俺がやってるので簡単な物であれば味付けを整え――」
「ぜひぜひお願いします! いやー、冒険者は皆さん腕っ節ばかりなので料理ができる方がいて助かりました」
「ははは、任せてください」
この世界には料理ができる男性は珍しいようだ。俺は水の確保以外にお風呂の準備と食事を作ることになった。
初めての野営に俺が異世界に求めていたスローライフ?にテンションは上がっていた。
しばらく待っているとマルクスとラルフが大量に木材や葉を持って帰ってきた。
「今日の夜ご飯を作ることになったので、焚き火を先に準備してもらっていいですか?」
「ほんとか!」
俺に餌付けされているマルクスとラルフは素早く火を起こし焚き火を作った。食事になるとこの二人の速度は異常なぐらい速くなる。
「ケント準備出来たぞ!」
「ありがとうございます」
俺は鍋に入れたお湯の中に干し肉を入れ焚き火で温めた。
干し肉は保存するために塩が多く使われているため辛めに出来ている。
「はぁー、疲れたわ」
リモン達は血抜きをした兎と鳥数匹、あとは数種類の葉物と果実を持って帰ってきた。
「おっ、ケントが飯作ってるんか?」
「そうです」
「ケントくんって女性じゃないのに料理できるの?」
俺は頷くとリモンのパーティーの人達も驚いていた。それよりもなぜか胸を張っているマルクスとラルフが気になった。
「飯も作れるってすごいな。肉と葉物はどうする?」
「肉を捌けるのなら分けてもらってもいいですか? 解体はしたことないので……」
「おー、それは俺に任しておけ!」
リモンは兎と鳥を持って水が入った樽の方へ向かった。
葉物と果実を受け取った俺は一度そのまま一口食べた。
持ってくるということは食べれるものだが、見たことないものは味も全く想像できない。
いくつか葉物は入れてその中で唐辛子のような形の果実があった。
見た目通りピリッとした刺激があったため味付けとして小さく刻み、最後は調味料で味を整えた。
「ケント肉はどうすればいい?」
肉は軽く切れ込みを入れ、筋を切ってから棒に刺して焼いて食べることにした。
単純に調味料やハーブなどが足りないため何もすることができないのだ。
あとはスープの味を整えて完成したのが干し肉が入ったピリ辛スープと兎と鳥の塩焼きだった。
想像とは違ってキャンプ飯にも程遠いがサバイバル飯よりは食べやすいだろう。
さっそくみんなを呼び、食べることにしたが俺の食事を食べたことない御者とリモン達はなぜか驚いていた。
「いやー、まともな食事じゃなくてすみません」
事前に謝るがどこか反応は異なっていた。
「やっぱ俺のパーティーに入れ!」
「私にも料理教えてください。このままじゃ、マルクスさんの胃袋掴めないわ」
リモンはパーティーへの勧誘、カレンは料理を教えて貰えないかと頼み込んできた。
どうやら俺のサバイバル飯でも評価が高いようだ。異世界の胃袋掴むのは結構簡単なんだろうか。
「パーティーはそのうちですね。料理はマルクスさんの好みのやつでいいですか?」
「おい、ケント!」
「はい!」
カレンの即答にどこかマルクスは照れていた。いい加減早くくっついてしまえ。
今日のテントを二人同じ部屋にして、既成事実を作った方が早いだろう。
俺はそんなことを思っているといつのまにかみんな必死にスープと肉を食べていた。やっぱりそこは脳筋の冒険者と変わりなかった。
あれだけ料理を作ると言っていたカレンでさえもガツガツと食べていた。
その後は見張りをしながらも順番にお風呂に入ることにした。
お風呂の準備は一つしか出来なかったため、夜に見張りをするリモン達から先に入り、一度休んでもらった。
全員入り終わる頃には深夜になっていた。
「やっぱり容器もう一つ必要ですね」
「次の村に寄ったら数個用意して貰いましょうか。野営もあと一日ありますからね」
「お願いします。あとは僕も何か調味料準備しておきますね。やっぱりあれだけだと味も同じになってしまいますしね」
「おー、また作ってもらえるんですね」
御者も普段では味わえない地味なサバイバル料理でも生活チートに魅了されていた。
考えてみれば毎回移動している御者からしてみれば硬い干し肉を齧るよりはいいからな。
そして、一番生活チートに魅了されていたのはリチアだった。彼女はパーティーのもう一人の女性でおっとりした魔法使いだ。
よっぽどお風呂が気に入ったのかリモンを超える勢いでパーティーの勧誘がすごかった。
その晩も特に動物や魔物が出てくることもなく再び俺達は王都に向けて出発した。
あれから二日経ち最後の野営を終わらせて王都に向かっていた。
途中の村で調味料を買い、さらにパワーアップされた生活チートは気づいたら御者やリモン達には欠かせないものになっていた。
「ケントくんぜひうちのパーティーに来てください!」
リチアは見た目と反対に常に俺に引っ付いてずっとパーティーに誘っている。
「いやー、検討しておきます」
「絶対ですよ! もう私達が予約しましたからね!」
「リチアもその辺にしてやれよ」
「だってケントくん便利だもん! お家に一人は欲しいじゃん」
「たしかに……」
今も俺を取られないようにマルクスとラルフに抱きかかえられているけどな。
スキル【理学療法】の使い方は違うが、いつのまにか生活チートとして覚醒してきている。
「ガゥ!」
話をしていると突然ボスが吠え出した。
「前方から血の匂いがするって言ってるぞ」
胸ポケットに隠れているコロポはボスの会話を読み取り伝えてきた。
「ボスが前方から血の匂いがするって言ってます」
「うえっ!? ケントくんわかるのか?」
ケントの発言に他の人達は驚いた。それでもさすがは冒険者達だ。すぐに戦闘態勢に入った。
「距離はどれくらいかわかるか?」
「ボスわかるか?」
ボスに確認をすると大体わかっているのかすぐに返答が返ってきた。
「ガゥ!」
「ここから数kmぐらいじゃ」
「数kmらしいのですぐ近くらしいです」
「わかった!」
マルクスは御者に確認しに行くと、元々予定の通り道になるため戦闘が終わるまで待機するか、参加しに行くかのどちらかの選択を迫られた。
「俺達はみんなを助けるのが依頼だから、ここで待機するのがベストだと思う。」
「私もそれに賛成です」
「ケント達はどうだ?」
マルクスに聞かれたが俺は迷った。俺とラルフは戦う力もなく、体も小さいため邪魔になる。
ただできるのは俺の治療とラルフの鑑定ぐらいだ。
「俺も行かないのに賛成する。でもマルクスさんかケントが行くなら俺も行く」
ラルフは俺達の意見に合わせるそうだ。
「ちなみに俺は助けに行こうと思う。ケントの力で助けられる人がいるだろう? なら俺はそいつらを引っ張ってでも連れてくるぞ」
マルクスはケントのスキルを把握しているからこそ最良な案を出してきた。
俺達を傷つけずに人々を助けに行くという選択肢を……。
「なら俺も行きます。自分の力で治したいです!」
「わかった! お前達はどうする?」
「御者が良ければ俺達も……」
この中で冒険者関係じゃないのは御者のみだった。
依頼主でもあり命を最優先に守られるのは御者だ。
依頼を受けたリモン達はそんな御者を放って助けに行くことは出来なかった。
「全くお前らは……。俺が行けばみんな行くんだろ? 行くぞ!」
御者は馬のスピードを速めボスの案内で見つからないところまで馬車を進めた。この人も結構脳筋なのかもしれないと俺は内心思った。
だって、敵が現れたって聞いた時の顔が誰よりもワクワクしているのだ。
♢
襲われている近くに行くとさっきよりも血の臭いは強くなった。
遠くからではあまり見えないが人型の大きな魔物と小さい魔物が数体いることが確認できる。
「エリートゴブリンとゴブリンの群れです」
すかさず獣人の特徴である視覚とスキル【放射線技師】を使って、魔物の種類を見極めていた。
時折魔物図鑑を見ていたのはこういう時のためだろう。
「戦況は?」
「鎧を着た人が数名倒れているのと真ん中の馬車を守って戦っているのが数名います」
「よし、まずは俺達前衛職が近づく。その後ろからリチアとカレンは付いて来い」
前衛であるマルクス、リモン、カルロが先に近づき、後衛職のカレンとリチアは後方から支援する形となった。
「マルクスさん待ってください」
「なんだラルフ?」
「あの大きな奴の首元にもあれが付いてます!」
「あれって……」
「はい、強制進化の首輪です。ただ、劣化版らしいです」
「それなら僕が行ってもいいですか? 近くまで行って怪我人の状態も確認できますし」
戦う力がない俺はどこか心の中で悔しさを感じていた。
そんな俺の表情を見てマルクスはまず首輪を優先的に外すことを念頭に作戦を立てた。
作戦は以下の三点で進めるようになった。
1.前衛三人が助太刀にはいり魔物を引きつける。
2.ケントはボスに跨り、コロポのスキルで姿を隠しエリートゴブリンに近づく。
3.御者に近づいてきたものは後衛二人で対処する。
「お前ら大丈夫か?」
「はい!」
「ケントは無理だと思ったらすぐに離れろ。 俺達だけでもどうにかする。だから迷わず行け!」
「行くぞ!」
マルクスの掛け声とともに俺達は走り出した。
騎士達は馬車を守りながら抗戦していた。ゴブリン率いるエリートゴブリンは魔物の中ではそこまで強くない。
しかし、あまりの数の多さに騎士達も押し負けていた。
「リモン、カルロ行くぞ!」
マルクスの合図とともに魔物達へ飛びかかった。
「くそやろー! チビどもかかってこんかー!」
マルクスはスキルで挑発し注目を集めた。
言葉の選択は相変わらず脳筋ぽさが出ていたが、ゴブリン達はマルクスに注意が向き、狙いをマルクスに変えた。
その隙間をリモンは見逃さなかった。間を抜けて騎士たちの元へ近づいた。
「力を貸します」
「ああ、助かった!」
「状況を教えてください」
「敵はエリートゴブリンを中心にゴブリンがおよそ三十体ほどです。こちらの負傷者は騎士が五名戦闘不能なのと御者をしていた執事が一番状態が酷いです」
「まずは負傷者をゴブリンを離してください。その間は私達が相手をしています。途中仲間が助けに来ますが驚かないでください」
防戦していた騎士は他の騎士に指示をし、負傷者を馬車の近くまで運んだ。
「すみません。失礼します」
俺はコロポのスキルを使ってリモン達とは別の方から移動していた。
「ななな、なんだ」
「私はケントです。治療しますが今は姿を見せれないのでそのまま敵が近づかないか見ててください」
「ああ」
「馬車と仲間を死ぬで守れ! 一体たりとも魔物を通すな!」
騎士はすぐに指示を出すと敵が近づけないように陣形を変えて馬車と負傷者を囲った。
「ギャーオー!」
エリートゴブリンが叫ぶと周りにいたゴブリン達の肌が赤く染まった。その姿はどこか自我を失ったかのように不気味に感じた。
ゴブリンはマルクス達三人に向かって走った。
急にゴブリン達の速度は速くなり剣で切りつけても怯むことなく向かってきていた。痛みを全く感じないのだろうか。
「うぉ!? こいつらさっきよりも強くなってるぞ」
「リモン、カルロ耐えるんだ! そろそろ騎士達も来るはずだ」
「ああ」
その間に俺は騎士達の応急処置を終えた。
「応急処置は終わりました。マルクスさん達の援護をお願いします」
「助かったぞ! お前ら行くぞー!」
騎士の一人が声を上げると数名だけ馬車に残し、ゴブリンの元へ向かった。
「ボス行くよ!」
「ガゥ!」
俺はボスに跨ると素早くエリートゴブリンの前に向かった。
エリートゴブリンは意外に大きく、俺が飛んでも首には届かないほどだ。
エリートゴブリンは何かに気づいたのか周辺を見渡していた。
「おらー! デカブツの相手は俺だー!」
その瞬間をマルクスは逃さなかった。すぐに挑発すると意識はまたマルクスに向いた。
「ボスやるぞ!」
「ガゥ!」
ボスへの合図とともにエリートゴブリンの上空に直径1m程度の水球を発動させた。
上空に手を挙げると水治療法を使って100℃近くまで温度を上げた。
その水球は俺が作ったお手製だ。これが当たればダメージになるはずだ。
相手はまだ水球の存在には気づいていない。
「いけー!」
マルクスが叫ぶと同時に水球をエリートゴブリンの頭に向けて落とした。
「ギィヤアー!」
エリートゴブリンでも100℃のお湯は熱かったのかその場で頭を下げた。
その瞬間を待っていた。ボスはすぐに駆け出し首元にある首輪に手を伸ばした。
「よし、異次元医療鞄発動!」
首輪はそのまま異次元医療鞄に収納された。
すると首輪を外されたエリートゴブリンはすぐに力尽きたのか、ガリガリに痩せこけそのまま動かなくなった。
指揮官を失ったゴブリンは次第に冷静さを取り戻した。
その場から立ち去ろうと逃げようとしても誰も逃すつもりはない。
ゴブリンの繁殖はゴキブリ並みにすごいらしいからな。
俺はコロポのスキルを解除し姿を表すとそのまま怪我をしていた騎士達の元へ駆け寄った。
出血を止めただけで傷口までは塞ぎ切れていない。ただの応急処置程度だ。
突然現れた俺に馬車の近くにいた騎士は驚いて剣を向けてきた。
だがそんなのを気にする余裕はない。まずは治療をするのが先だ。
「なんだこの小僧は!?」
今度は何に驚いていたのかわからないが、できれば静かにして欲しいものだ。
その後も治療の続きを終えると驚いていた騎士に声をかけた。
「これで終わりですか?」
「騎士はこれで最後だ。あとは御者をしていた執事がいるがたぶん間に合わない……」
騎士が指差した方には胸に矢が刺さったままで倒れている執事がいた。
騎士の応急処置はしていたが執事は馬車で見えなかったのだ。
すぐに駆け寄るが胸からは多量の血液が流れていた。
腕で脈を測るが拍動していない。頸動脈を触知するとわずかに拍動を感じることが出来た。
一般的に多量の出血が起こると徐々に全身状態の異常をきたすようになる。
脈拍や呼吸数の増加、血圧低下、その後は意識が不鮮明になり、顔面蒼白と見た目ですぐにわかる。
最終的には敗血性ショックで亡くなってしまうだろう。
そんな中必死にスキルを発動するが出血は止まらない。
「ダメだ……」
俺はどうすればいいのかわからなかった。医師でもなく看護師でもない俺はリハビリ以外のことは対処できないのが普通だ。
傷口を防げたのも謎の回復力があるスキルのおかげだった。
そもそもリハビリ自体が復帰を目指す人達を助けるものだ。
そのスキルで傷が防げていたのが不思議なのだ。
「うっ……」
異世界に来て俺はスキルを使うたびに自分は誰でも助けられると思っていた。
出血していたリモンでさえも治せたから大丈夫だと……。
「すみません! すみません! すみません! 僕が何もできないから……」
必死にスキルを発動させながらも執事に頭を下げた。
「ケント!」
「すみません! すみません!」
「おい、ケント! しっかりしろ!」
俺は誰かに止められた。振り返るとそこにはマルクスや騎士達が立っていた。
「マルクスさん……俺がやらなきゃ」
「お前は良くやった。誰よりも頑張ったんだ」
マルクスとラルフは俺に近づき抱きついた。
「でも助けられなかった。何も出来なかった」
「大丈夫だ。助かったやつもいるぞ。頑張ったんだ」
「うっ……」
血だらけの男の前に必死にスキルを使うその姿はまだ十一歳の子どもがするようなものではなかった。
だからこそ騎士達は誰も文句を言えなかった。何も関係のない子供があまりにも切なく必死になっていたからだった。
突然起きた出来事にまた私は恐怖に陥った。それは隣町の公務に行った帰りに起きたのだ。
「殿下そろそろ王都に着きますので準備をお願いします」
私は護衛騎士から声を掛けられ、心の準備をしていた。また戦場に戻るのかと……。
私はこの国の王族の一人だ。王位継承権は三番目だから特に今後継ぐ予定はない。
だからこそ自由に生きようと思ったが、外れスキルのため外に出ることもできず、一人では生きられなかった。
正確に言えば王族として外れスキルなのを広めてはいけないため、外に出ることが出来なかった。
王都に近づくと急然馬車が揺れた。
「殿下馬車の中から出ないでください!」
騎士から声を掛けられすぐに何が起きているか判断ができた。
小さな窓から覗くと沢山のゴブリンが襲いかかってきたのだ。
外れスキルの私は戦うことも出来ずただ無事に終わるのを祈るだけだった。
次第に騎士達も疲労がみえてくると、怪我をして倒れる者もいた。
何も出来ない自分に腹が立った。だけど、私が出ると迷惑をかけてしまう。
そんな中突然の大声にビクッとしてしまった。
「くそやろー! チビどもかかってこんかー!」
なんとも知能が低そうな声に思わず笑ってしまった。
騎士が戦っている時に私は不謹慎なこと……。
そして驚くことはこれだけではなかった。
なんと怪我をして倒れていた人達が突然、光とともに出血が止まっていた。
騎士達は何か知っているようだったが、近くにいない私には声が聞こえなかった。
怪我をしていた騎士達の表情は良くなり気づけば戦況は変わっていた。
ハンマーを持った男が中心として戦っていたが急に魔物のボスの上に水の塊が現れてたのだ。
きっと誰かが使った魔法だろう。普段見る水属性魔法の水球より大きく、なぜかブクブクと泡が吹いていた。
私には出来ない魔法と初めてみた光景に不謹慎ではあるがどこか惹かれてしまった。
水球が頭の上に落ちると破裂しゴブリンが悶えているといつのまにか戦闘は終わっていた。
一瞬で決着が着き私は何が起きたのかわからなかった。
しかし、もっと理解出来なかったのは私とそんなに年が変わらない少年の行動だった。
急に現れたと思ったら騎士達の方へ向かうと何か魔法を使っていた。
そう、騎士達を癒していたのは彼だったのだ。
私と同じぐらいの年齢で魔物と戦う勇気もあり、人々を治す力を持っていた。
王子である私の外れスキルでは出来ないことを簡単にやっていた彼を見て少し嫉妬とともに尊敬していた。
そんな彼でも治せないものもあった。それは今回の御者を務めていたルーカスだった。
ゴブリンに初めに襲われたのはルーカスだった。
ルーカスの胸元には矢が刺さっており多量の血が流れていた。
そんなルーカスを彼は必死に助けようとしていた。
魔法を使っても血が止まらないのかずっと魔法を使っていた。
そんな彼を誰も責めることはできないし、むしろ騎士達を助けてもらい感謝しかない。
それなのに彼はルーカスを助けられないことに涙を流していた。
その姿に私の心は完全に奪われてしまったようだ。
こんな年が近い少年が必死に命を助けようとしている。
私が今にでも投げ出したい命を……。
気づくと私は馬車の扉を開けてその少年の元へ向かっていた。
涙が止まらない俺に突然綺麗な服装をした少年が声を掛けてきた。
「この度はありがとうございました!」
「……?」
周りの騎士が頭を下げたことで彼がこの騎士達が守りたかった人だとすぐに理解できた。
「あなたが居たからこそこれだけの人が無事に戻ることが出来そうです。この国の第三王子として感謝します」
涙が止まらない俺に対してお礼を言ってくる段階で空気が読めないのだろう。
少年が俺に頭を下げるとその場にいた者達が焦り出していた。
「いやいや、大丈夫です。俺……僕にも助けられなかった人がいるので」
執事の男性は助けられなかった。それでも殿下は頭に何回も頭を下げていた。
「良ければ名前を伺ってもいいですか?」
殿下は俺に名前を訪ねてきた。他の人達にも名前を聞いていたから後日冒険者ギルドを通じて助けてもらったお礼として報酬を出すらしい。
「では私達は王都へ戻りましょうか」
騎士が殿下に声をかけ馬車に戻ると、すぐに他の執事が御者を変わりをして出発した。
御者をしていた執事の遺体は他の騎士達が運んでいた。
「ケント落ち着いたか?」
「はい、ご迷惑おかけしました」
「いえ、気にするな。俺達は家族だろ」
「そうだ!」
マルクスとラルフは普段と特に変わりなかった。
「すまんが今回の首輪も俺が預かっておいていいか? あとで王都の冒険者ギルドに報告しておく」
「わかりました」
異次元医療鞄から首輪を取り出すとマルクスに渡した。
「やっぱお前絶対うちのパーティーに来いよ! あんなに強いとは思わなかったぞ」
リモン達は特に慰めるわけでもなく、単純に俺の働きに驚いていた。そして毎度の如くパーティーに勧誘してきた。
「皆さんがご無事で何よりです。そろそろ日も暮れますし早く王都に向かいましょうか」
空は少し日が暮れ夕方になろうとしていた。御者の掛け声とともに俺達は王都に向かって再出発した。
今日は俺が異世界に来て初めて人を助けることができなかった日になった。
王都は少し進むと目の前に見えた。さすが王都と言うべきか夕方なのに門前の入り口には人がたくさん待っていた。
「全員のステータスを確認するぞ」
門番は全員のステータスを確認するとすぐに王都へ入る許可をされた。
犯罪歴があったラルフも現在は犯罪歴が消失したため特に止められることもなかった。
王都に着くとすぐに宿屋を探しに行き、 ギルドは明日行くことにした。
「じゃあここでお別れですね」
「ケントくんのご飯ー!」
リチアはカルロとリモンに引っ張られて冒険者ギルドに報告に行った。
「じゃあ俺達も宿屋を探そうか」
「はい!」
宿屋を探すために周りの人に話を聞きながら良さそうなところを探した。
「少しいいですか?」
「なんじゃね?」
俺はベンチに座っているお婆さんに声をかけた。
「どこか泊まるのにオススメな宿屋はありますか?」
前世の職業柄なのか気づいたらお年寄りばかりに声をかけていた。
「おほほは、マッサージ上手だね。宿屋なら憩いの宿屋がオススメだよ」
「わかりました。それにしてもお婆さん肩凝ってますね」
ついでにスキルを使いながら肩揉みをしてちゃっかり俺の名前を売りながら宣伝している。
「ははは、これでも現役の薬師だからね」
「うぇ!? まだ働いているんですか?」
「流石に治療院は無理じゃから保存が効くポーションや薬を中心にばっかじゃがね」
「冒険者なのでいつかお世話になるかも知れないですね」
できればお世話にならない方向性ではいたいが何が起きるかわからないのが冒険者だ。
「ははは、助かったよ。またその時にマッサージでもしてくれたらオマケも付けて値引きもしてあげるよ」
お婆さんはよっぽどマッサージを気に入ったのか、お店の場所と営業時間を教えて帰って行った。
これは逆に宣伝されたのだろうか。
その後集合場所に戻るとマルクスとラルフも同じぐらいに戻ってきた。
いくつか宿屋を聞いたが、共通点は"憩いの宿屋"であった。
「じゃあ憩いの宿屋にしようか」
俺達は憩いの宿屋に向かい部屋が空いてるか確認しに行った。
♢
憩いの宿屋は中心街から少し遠く、住宅街に近い王都の端にあった。
トライン街でも貧困地区に住んでいたため、特に気にすることもなく憩いの宿屋は安心できそうだ。
「いらっしゃい!」
声をかけてきたのは恰幅の良い女性だった。
「お客さんかい?」
「ああ。ここの宿屋が値段の割りに食事が良いと聞いてきたからな」
「ははは、中々コアなところを勧める人もいるんだな」
「そうなんか?」
「ああ、大体は王都の中心か冒険者ギルドの近くの宿屋に泊まる人が多いからな」
基本的に宿屋に泊まるのは短期間で商売に来る人か冒険者が多い。あとはボスが受け入れてもらえるという理由で宿屋を決めたのだ。
「俺達が泊まる場所はあるか?」
「一人部屋か同部屋どちらにするか?」
「同部屋--」
「マルクスさんは一人部屋でお願いします」
俺とラルフは重ねるように言ったためマルクスは少し落ち込んでいた。
「カレンさんも王都に来てるんですよ? 俺達は邪魔はできないですからね」
俺達はニヤニヤしながらマルクスを見た。全員男だから気が使える家族でありたいからな。
この数日でマルクスとカレンの距離が近づいていた。
大人の二人が何をするのかを知っているからこそマルクスだけを別の部屋にしようとラルフと話し合っていた。
「お前ら!」
流石に前世でそれなりの大人だった俺はお預け状態の辛さを知っている。
「じゃああいつが帰るまでな」
「はーい!」
「じゃあ、それでお願いします」
「わかったよ! お兄さんも彼女さんに無理させないようにね。ここはそんなに防音が効いた部屋じゃないからな!」
憩いの宿屋の女性はマルクスの顔を見てニヤニヤしていた。
流石にそこまでいじられると思ってなかったマルクスは少し顔を赤く恥ずかしがっているようだ。
「食事付きで一人銀貨五枚だよ。食事はどうするんだ? あとはお湯は一杯大銅貨一枚だ」
日本円に計算すると食事付きの寝泊まりで5,000円、お湯は1杯100円程度だろう。
「食事は頼む。お湯は……裏庭とか借りれないか?」
「別に問題はないぞ?」
「ありがとう。あとで裏庭に風呂を頼むな!」
「わかりました」
マルクスもお風呂がある生活に慣れてしまい、今では入らない方が気持ち悪いのだろう。
これで王都の拠点地となる宿屋は決まりやっと体を休めるのであった。
俺達はこの後部屋を分けたのを後悔した。
その日の夜から隣の部屋に泊まっているマルクスの部屋から喘ぎ声と激しい音が朝まで聞こえていた。
ずっと一緒に俺達と居たマルクスは我慢していたのであろう。マルクスは脳筋だけではなく絶倫も装備しているのだろう。
この時初めて自分が成長しきれていない小さな体で良かったと感じた。
あまり寝付けなかった俺達は早めに起きて一階の椅子に座っている。あまりの騒音にラルフなんて耳に薬草を詰めて寝ていたからな。
二人してウトウトしているところに昨日受付していた女性が声をかけてきた。
「あんな大人になってはダメよ? 冒険者は体力があるからって女性の無茶させちゃ嫌われちゃうからね?」
「勉強になりました。もうマルクスさんといる時は防音部屋に泊まるか遊びに行ってもらうことにします」
「それが正解ね」
しばらくすると顔面がツヤツヤでスッキリとした顔のマルクスが降りて来た。ちなみに気づいた時にはラルフはテーブルに伏せて寝ていた。
「ああ、おはよう!」
声がするとラルフはマルクスを睨んでいた。ラルフには相当辛かったのだろう。
「ちょっと来て!」
「えっ? どうしたんですか?」
憩いの宿屋の女性はマルクスを連れて裏庭に向かった。
憩いの宿屋は夫婦で経営しており、恰幅の良い女性がホーラン、夫がマッシュという名だ。二人にも子供は居たが今は別の街に住んでいる。
♢
少しするとマルクスは恥ずかしそうに戻ってきた。
「ケント、ラルフすまんな! つい久しぶりで俺の息子も元気で――」
――バチーン!
マルクスが下ネタを言った瞬間にホーランに後頭部を叩かれていた。
「ほんと冒険者は脳筋ね! ケントとラルフは良い男になるのよ?」
「おいおい、俺も良い男だと--」
「女性をあんな状態にして何がいい男なのか……」
カレンは朝方マルクスに付き合えきれなかったのか、服を持って出てきたところを目撃してお湯を渡し着替えさせたらしい。
その時にカレンは"バイオレンスベアーよりバイオレンスだった"と言っていた。
災害級の魔物より凶悪ってどこの部分がなのか行為なのかは流石に聞けなかった。
どこかマルクスが可哀想に見えたため話を変えた。
「今日冒険者ギルドに行くんですよね?」
「ああ」
「王都のギルドはどんな感じなんですか?」
「とにかく広くて人が多いぞ。トライン街の倍以上は確実にいるぞ」
「えっ!?」
トライン街でも規模は大きい方だが、それよりも大きいっていうことは余程広く人が多いのであろう。
国の中央に王都があるため村からの依頼や街などで処理できない依頼は王都に回されることが多い。
そのため依頼に危険も多いが、ランクに合わせて様々な依頼が用意されている。
「早く行こうよ」
さっきまでマルクスを睨んでいたラルフは元気のようだ。彼も脳筋の要素を持っているのかもしれない。
俺は眠たい目を擦ってついていった。
冒険者ギルドに着くとあまりの大きさに驚いた。
訓練場や解体屋なども含めエッセン町は体育館数個分、トライン街は学校一つ分、王都はドームや球場ぐらいの大きさになっている。
「デカっ!?」
「俺も初めて来た時はよく迷子になっていたからな。じゃあ、行くぞ!」
冒険者ギルドに入るとトライン街とは違い、特に冷たい視線もなく各々話してたりギルド職員がバタバタと働いていた。
「俺は受付に行ってくるから、お前達はどうする?」
「んー、依頼掲示板見に行ってきますね」
マルクスは受付に向かい残された俺達は依頼掲示板を見に行くことにした。
掲示板を見ていると知った人物に声をかけられた。
「おお、ケントおはよう!」
「リモンさんおはようございます」
「ケントくん私の――」
「はいはい、リチアは黙ろうか」
リチアはカルロに口を塞がれていた。早速生活チートが恋しくなってきてるのだろうか。
彼女はかなりのお風呂好きだったからな……。
「そういえばカレンさんは……?」
声を掛けてきたのは三人だった。だが聞いた瞬間にハッと朝のことが頭をよぎった。
「うちのマルクスがすみません」
「いやいや、それは個人の勝手だからな。ただAランク冒険者は夜も凄まじいってことだろう」
リモンもカルロも笑っていた。冒険者相手だとよくあることらしい。だから冒険者ギルドの受付嬢は冒険者と付き合わないのか……。
そんなときにマルクスは戻ってきていた。
「おっ、ちょうど良かった。ん? なんだ?」
マルクスはみんなからの妙な温かい視線が気になっていた。
「ああ、いや何もないですよ。ところでどうしました?」
「ギルドマスターが俺達とお前達のパーティーリーダーを呼んでるぞ」
「わかった。ちょっと行ってくるからカルロとリチアは待っててくれ」
パーティーリーダーであるリモンと俺達はギルドマスターに呼ばれ受付に行くと、そのまま奥の部屋に案内された。
――トントン!
「Bランク冒険者マルクスのパーティーと破滅のトラッセンのリーダーリモンをお連れしました」
「入れ!」
受付嬢は扉をノックするとすぐに中から幼い声が返ってきた。
ちなみにリモン達のパーティー名は“破滅のトラッセン"という名だった。
トラッセン街で幼馴染だった四人がそのまま冒険者になりパーティー名に街の名前を入れたらしい。
何故破滅を入れたのかはわからないが、やはりそこは脳筋だから格好良さだけで何も考えてないのだろう。
聞いた瞬間に厨二病感が漂ってきて俺はつい吹き出してしまった。
扉を開けた先には大きな机で書類作業をしている幼女がいた。
「幼――」
ラルフはそのまま口にする前にマルクスが口を塞いだ。
「ほぉ、何か聞こえたが空耳かのー」
幼女からの威圧は凄まじいほどだ。伊達に王都のギルドマスターをやっているわけじゃなかった。
小さいから放たれる圧はマリリンよりも強かった。印象はマリリンの方が強かったけどな……。
「まずは自己紹介だね。王都のギルドマスターでSランク冒険者のカタリーナだ」
王都のギルドマスターは現役のSランク冒険者だった。