寝ている父の腰に軽く触れた。筋肉の柔軟性や状態の評価をしてみても特に痺れなどの神経症状はなかった。

「この辺は痛いですか?」

「あー、全体的に痛い」

 筋肉の硬さによる日頃の痛みによって身体不活動が原因で廃用が進んでいるのだろうか。

 廃用とは過度に体を動かさない事に起こる、心身・身体機能の低下のことを指している

 今回はその中でも筋肉の萎縮が強くみられていた。

 痛みによる不活動でさらに筋肉の萎縮が進み、動いても筋肉の萎縮が原因でさらに動くことで筋肉の過剰な収縮で痛みが誘発されるという悪循環となっていた。

 スキルを発動させながら筋肉全体を緩和させ柔軟性を促すことにした。

 柔軟性を促すことで動いた際の痛みが出にくいようにする事が活動量を上げるためには重要だった。

 その後軽く力が入る程度の腹筋運動をすることにした。

「じゃあ、足を十回あげてください」

「うっ……。結構疲れますね」

「それだけ動いてない証拠です。まずは少しずつ動かないと全く動けなくなって寝たきりになります」

「わかった」

 軽く足を上げるだけで腹筋に力が入るため少し上げるだけで問題ないのだ。

 その後も筋力訓練とストレッチを行い、自宅で出来るリハビリメニューを提案した。

 ある程度自分でできるように指導すると少し肌の血色も変わっている。

「ああ、だいぶ体が楽になったよ」

「良かったです。では、私達は旅の途中なので、もう寄ることもないと思いますのでしっかり教えたことやっておいてください」

「わかりました」

「失礼します」

 父親の治療終えて帰ろうと玄関に向かった。するとリハビリを見ていた母親に声を掛けられた。

「あなた……ひょっとしてケトじゃないかしら?」

「おいおい、先生様に失礼だろ。あんなクズの名前を……妻が勘違いしてすみません」

「……」

「私達を地獄に突き落とした声を忘れるわけないじゃない。その外套を外しなさい」

 母親の手がフード部分を掴むとそのまま外れ顔が出てしまった。

「やっぱりあんたなのね! 奴隷になったはずなのに何故こんなところにいるのよ!」

「チッ! 何が先生だ! 早く出てけクズ野郎」

 両親からの暴言は止まらなかった。

「お前はさっきから聞いておけば……ケントのこと悪く言いやがって――」

「ラルフありがとう。俺はそれだけで嬉しいよ!」

 俺はすでに両親に対して何も求めていない。だから黙っていたが何も言い返さないことにラルフが次第に怒りが強くなっていた。

 俺を守るために怒ってくれる新しい家族がいるだけで俺は満足だ。

 だから……。

 両親に向けて水治療法を発動させた。

「俺はクズ野郎でも奴隷でもない!」

 水球は少しずつ大きくなり50cm程度の大きさになっていた。

「何だあれは……」

「あなた魔法使いだったのね。やっぱり私の息子で間違いないわ」

 父親は驚いていたが母親の態度はガラリと変わった。まるで俺のスキルにしか興味がないと言っているのと同じだ。

「スキルだけしか見ないあなた達はもう俺の家族じゃない。俺の家族はマルクスさんとラルフ……そしてロニーさんやアニーさん達だけだ!」

 水治療法でできた水球を二人に放ち、接触と同時に割れた。

「きゃ!」

 その声とともに仕事を終えたのか兄のジョンと弟のマニーが帰ってきた。

「母さんどうし……クソ野郎か!!」

「また、お前か……」

 二人は俺を殴ろうと構えた。だが、俺のスキル発動時間の方が早かった。

 無駄に一年も森に住んでいないし、毎日足湯の準備はしていなのだ。

「なぜクズ野郎がスキルを使えるんだよ!」

「ちょっとジョン兄さんどういうことなんだ? なんであいつがいて魔法が使えるんだ?」

「俺に言われても知らねーよ」

「これが俺の力だからね」

 二人にも水球をぶつけると、直接触れたことで水浸しになっていた。

「じゃあ、もう一生会わないから言っておく。あの時は言えなかったけど俺を育ててくれてありがとう。そして俺を奴隷に売ってくれてありがとう。こんな家族と離れられて良かったよ!」

 俺は思っていることを告げた。これでやっと決別ができるのだ。それでもあの子だけは違った。

「お兄ちゃんもう帰るの?」

「ああ」

「そうなんだね。声を聞いた時に懐かしいと思ったけどやっぱりお兄ちゃんだったんだね。私の中ではお兄ちゃんはお兄ちゃんだからこれからも頑張ってね」

 ランは当時三歳のためスキルが何なのかも理解していなかった。

 いきなり家族が変わり次の日には遊び相手の兄が居なくなり環境に戸惑ったのだろう。

 それでも俺のことを兄と認識しているだけでどこか心の中が救われた気がした。

「ランも元気でね!」

 俺は家族との呪縛を自身の手で解放した。どこかでケトも報われていればと心の中で願った。

 その後、俺とラルフはさっきまでいた宿屋に戻った。

「はは、さすがだな」

「ラルフが居てくれたからだよ」

「へへへ、オラの新しい家族もケントとマルクスさんだからね」

「恥ずかしいからそんなに言うなよ」

 あの時ラルフが怒ったから俺が冷静でいられたのだろう。単純にあいつらは水浸しになっただけだからな。

 頭を冷やして冷静になって欲しい。

「おお、おかえり。その表情だと決着がついたようだな」

「無事に呪縛を切ることが出来ました」

「マルクスさん聞いて! ケントが俺達のことを家族だって言い――」

「おい、ラルフ!」

「ほうほう、それでどうだったんだ」

「あとは――」

「やめろよ!」

 俺はラルフの口を押さた。捨てられた当時はこんなに笑って生活できているとあの時は思わなかっただろう。