俺達は王都に向けた馬車の中で揺られていた。
「王都まで遠いんですね」
「ああ、トライン街から約五日もかかるからな」
「腰がやられそうです」
自身の腰をスキルを使いながらマッサージをしているが常に振動がくるためスキルが間に合わない。
なるべく凹凸がないところを通っていると言っていたが、それでも前世の道路と比べると道という道ではないため衝撃が強かった。
「あとで俺もやってもらってもいいか?」
長年冒険者をしているマルクスでも腰は痛いらしい。
「そろそろ一度休憩を入れましょうか?」
御者から声を掛けられ一度休憩することになった。
トライン街から王都までの道のりはおおよそ五日間かかり、途中三つの村を経由して他の日は野営する予定になっていた。
基本的に魔物は出現するため危険が少ないところで野営し、日中は移動することになっている。
「では、そろそろ出発します」
御者の掛け声で馬車は進み、始めの村に向かった。時間もしないうちに到着する予定になっているため、暇つぶしにステータスを見ることにした。
「ポイント全然たまらないな」
「ステータスを見てどうしたんだ?」
隣にいたラルフは俺のステータスボードを覗いた。
「ケントも医療ポイントってのがあるんだな!」
「えっ!?」
ラルフの突然の一言に俺は固まった。
「ラルフは医療ポイントが見えるの?」
「ああ。スキルが使えるようになってから見えるようになったぞ。あとは開示されていないステータスボードも見てるらしいね」
言われて見れば確かにラルフに開示させたわけでもないのに勝手に見えていた。
「ただ、俺もスキルを使っている時にしか見えないしこの医療ポイント自体が何かはわからないんだ」
たまたまスキルを使った状態でステータスボードを触れた時にスキルツリーをみつけたらしい。
俺とは異なっていてスキルを使用しないとスキルツリーが見えない仕組みだ。
「俺はその医療ポイントを使ってスキルの解放が出来るようになるんだけど、ラルフは説明とか書いてある?」
「医療ポイントを100消費すればLv.2が解放されるらしいけど、医療ポイントがまだ60ちょっとしかないから無理そうだね」
ラルフは俺と違って1日の獲得医療ポイント少ないようだ。
ちなみにラルフのスキルツリーはこのようになっていた。
――――――――――――――――――――
《スキル》
固有スキル【放射線技師】
医療ポイント:63
回復ポイント:0
Lv.1 透視の目
Lv.2 ????
Lv.3 ????
Lv.4 ????
Lv.5 ????
――――――――――――――――――――
同じようにLv.5まで存在しており、俺にスキルツリーを見せようにするが他の人には見せることができなかった。
ちなみに一緒にいたマルクスにもステータスをスワイプさせてみるが、スキルツリーの表示はなかった。
ひょっとしたらマルクスにはスキルツリーが存在しないのかもしれない。
「はじめの村に着きました」
御者に声をかけられ馬車から降りると村を見ると鳥肌が止まらなかった。
「俺が生まれたところだ……」
そんな俺にマルクスとラルフは声をかけられなかった。二人には俺が捨てられたことを話している。
「さぁ、行きましょうか」
すぐに気持ちを切り替え村に向かおうとした。
しかし、そんな俺の手をマルクスは握って止めた。
「大丈夫か?」
「はい」
「無理なら俺達だけでも野営でいいぞ?」
「大丈夫です。僕の家族はもうエッセン町にいるロニーさん達三人と今ここにいるマルクスさんとラルフですから」
俺は勇気を振り絞って生まれ故郷である村に入ることにした。
村に入るとまずは宿屋を探した。基本的に村自体はあまり大きくないため、二店舗ほどしかない。
俺達は冒険者などの団体が泊まる部屋を借りた。
「じゃあ俺達は少し出掛けるけどケントはどうするんだ?」
「少し休憩します」
「そうか。しっかり休めよ」
マルクスとラルフは宿屋から出て行った。
「ここに戻ってくるとはね……」
ただぼーっと天井を眺めていた。村から離れてすでに七年の月日が経とうとしている。
「あれから色々あったよな」
部屋で休んでいると扉を叩く音が聞こえた。扉を開けるとそこにはリモンが立っていた。
「ちょっと暇か?」
「ああ、良いですよ」
リモンは用があったのか部屋まで訪ねてきた。
「あれから足がつりやすくて何か対処する方法はないか?」
リモンは大怪我をしてからリハビリは必要なかったがその後の異変が少しずつ出てきていた。その一つが足の突っ張り感だ。
リモンの体を少し触り筋肉の柔軟性をみた。
「んー、ちょっと全体的に体が硬くなってきてるかもしれないですね。少し待っててください」
一度足を温めるために宿屋の店主に樽がないか確認しに行った。
♢
「これ今日の分です」
「いつもありがとう」
「いえいえ!」
階段を降りていくと店主と大人びた雰囲気を感じさせる少年が話をしていた。
「すみません、何かお湯を入れれるような物はありませんか? 樽のような--」
「ケト」
突然冷たい声に名前を呼ばれると心の奥に眠っていたケトの心が震え出していた。
「何で奴隷のお前がこの村にいるんだ?」
「あっ、いや……」
少年は俺の肩を掴んだ。
「おい! 聞いてるのか!」
「ちょっとこの子はお客さんだよ? うちのお客さんに手を出さないでおくれ」
なにかを感じた店主は少年を止めた。
「すみません。久しぶりに弟を見たので気になってしまいました。こいつのせいで家はめちゃくちゃになったんでね」
「えっ?」
あまりの発言に俺は言葉を失った。
「お前は売られて知らないだろうが、あれから母さんはおかしくなって、父さんにずっと媚び売るようになるわ。マニーもお前のせいで何かにビクビクしてるし、お前が外れスキルなんて手に入れるからだ」
「ごめんなさい」
「そもそもお前は俺の弟でもないし、家族でもないから関係ないか! 外れスキルのクソ野朗」
俺に声をかけたのは長男のジョンだった。
「うっ……」
俺は何も言い返せないでいた。ケトの精神に引っ張られ、いつもの俺なら無視できていたのになぜか聞き流すことができなかった。
「ほう? ケントがクソ野郎ならお前はう○こか? それともその辺の葉っぱか? はははは!」
突然後ろから肩を組んできたのは俺を待っていたリモンだった。
中々戻ってこないから心配になり探しに来たところ俺達が話しているところを聞いていたらしい。
「あん!? お前こそ誰だよ!」
「葉っぱに説明は必要か? 俺はこいつと一緒の冒険者だ」
「くははは! 笑わせるなよ。こんな外れスキルのクソ野郎が冒険者のはずないだろ。なら証拠は何処なんだよ」
リモンの話をジョンは信じなかった。
「ケント見せてやれ!」
俺は言われるがままステータスボードをジョンに開示した。
「名前をケントにしたんだな。親から貰った名前なのに最低だな。ってかEランク冒険者って……外れスキルでもなれるってことは冒険者ってやっぱクズなんだな」
ジョンは俺だけではなく冒険者のことを嘲笑っていた。
「ほぉ? お前は俺らにも喧嘩を売る気なのか?」
そんなジョンの後ろにはいつのまにか、マルクスやラルフそしてリモン達のパーティーメンバーも集まっていた。
冒険者はただでさえ脳筋が多いため、喧嘩っ早い傾向がある。
「うっ……」
「おい? もう1回言ってみろよ? 俺達冒険者がなんだって?」
マルクスは威圧を放っていた。元Aランク冒険者が放つ威圧は冒険者でもビビるほどだ。
その威圧をジョンだけに向けられると、そのまま膝から崩れ落ちていた。
「あっ……いやなにも」
ジョンの足元からは何か異臭がしていた。よく見るとジョンはマルクスの威圧で失禁していた。
「こいつは俺達の家族だ! お前らみたいな人の気持ちも分からんようなやつらと同じにするなよ」
マルクスはそう言い放つと俺を抱えた。
「えっ?」
いくら大きくなっても、体格が良いマルクスにとっては軽いらしい。
「ああ、店主汚してすまないな。これ掃除代だ」
マルクスはカウンターにお金を置くとそのまま俺を抱えて部屋に戻った。
部屋に戻っても俺は何も話せずにその場で黙っていた。
「おい、何か話せよ?」
「すみません……迷惑かけてしまって」
「あはは、誰も迷惑だと思ってないぞ」
俺はてっきり怒られるもんだと思っていた。さっきはものすごい顔で俺を掴みかかってきたからな。
俺の精神面の弱さにマルクスはずっと前から心配していた。だからわざわざ俺の故郷による道を選んだらしい。
「お前を捨てた家族を見てきたぞ」
「えっ?」
「今親父は腰を痛めて仕事を引退しているようだ。母親も疲れ切っていたぞ」
「……」
「ここからは俺の提案なんだがな……。一回家に行ってこい」
何を言っているのかわからなかった。俺を捨てた家族に会いに行く理由がないのだ。
「それだとうまく伝わらないですよ?」
「そうか?」
「マルクスさんは一度ケントの実力を治療で親に見せつけにいけってことだと思うよ。正直オラは行かなくもいいけど、これで気が晴れるならやってもいいかな……ってことですよね?」
言葉足らずのマルクスのためラルフが補足していた。
まとめると一緒にケントの家に行き、父親を治療し自分の実力を見せに行けということなんだろう。
「ふっ」
やはり不器用で脳筋なんだと思うとなぜか笑いが出てきてた。
全てやることは強引だがマルクスなりの優しさなんだろう。ただ、全く伝わらないし人にとってはお節介だ。それでも俺のことを考えて動いてくれてることに心が熱くなった。
「ははは、少し元気になったか。念のためにラルフも連れてってやるからお前を捨てた家族を認めさせて来いよ」
「ははは、ラルフもよろしくね?」
「おう!」
ラルフとともに宿屋から出て自身が幼い時に住んでいた家に向かうことにした。
♢
重い足取りで記憶の中にある家を探した。俺は事前にマルクスから外套を渡されて着ている。
「そろそろ着くよ」
治療の技術をつけるために旅に出ているという設定でマルクスとラルフは事前に俺の父親と母親に会っていた。
治療が可能か相談した後に治せるなら訪れるという話をして宿屋に戻って来た。
気づいたら俺住んでいた家の前に立っていた。あの当時と見た目は変わらないがどこか冷たさを感じた。
俺がこの家から離れたからそう感じるのだろうか。もう一生来ないと思っていたのに……。
――トントン!
「あっ、さっきのお兄ちゃん!」
中から小さい女の子が扉を開けた。
「ラン……」
扉を開けた女の子はいつのまにか大きくなっていた。長女で俺のより二つ下の妹だ。
離れた時が三歳だったが今は九歳になった頃だろう。
「ああ、先程の――」
「こちらが先生です」
ランに呼ばれて来たのは母だった。以前よりは顔もこけておりどこか疲れた顔をしていた。
今まで溜めていたものが吐き出されそうになった。それでも今正体をバレるわけにはいかない。
「はじめまして。旦那さんの治療に伺いました」
「……。あっ、あの人は動けないので今も寝ています。こちらです」
母はどこか一瞬ビクッと体を動かしていた。どこか心の奥底で気づいて欲しいと思っていたがそんな気持ちは捨てた方が良さそうだ。
――トントン!
母が扉を開けると中から男の怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい! 勝手に開けるなと行っておるだろうが! アバズレ女が」
父は無精髭を生やし動かなくなったのかお腹がぽっこりと出て、あの頃のカッコいい父の姿すでにいなくなっていた。
「あなたの腰を治療してくれる人が訪ねてきたわ」
「おお、ほんとか! ぜひやってくれ」
父親はすぐに頭を下げた。ローブを着た人が俺だとは知らずに……。
「少し失礼します。ラルフどうだ?」
ラルフの透視の目を使い腰の部分を中心に確認した。
「骨とかは特に問題無いと思うよ」
「わかった」
父親への最初で最後の治療が始まった。
寝ている父の腰に軽く触れた。筋肉の柔軟性や状態の評価をしてみても特に痺れなどの神経症状はなかった。
「この辺は痛いですか?」
「あー、全体的に痛い」
筋肉の硬さによる日頃の痛みによって身体不活動が原因で廃用が進んでいるのだろうか。
廃用とは過度に体を動かさない事に起こる、心身・身体機能の低下のことを指している
今回はその中でも筋肉の萎縮が強くみられていた。
痛みによる不活動でさらに筋肉の萎縮が進み、動いても筋肉の萎縮が原因でさらに動くことで筋肉の過剰な収縮で痛みが誘発されるという悪循環となっていた。
スキルを発動させながら筋肉全体を緩和させ柔軟性を促すことにした。
柔軟性を促すことで動いた際の痛みが出にくいようにする事が活動量を上げるためには重要だった。
その後軽く力が入る程度の腹筋運動をすることにした。
「じゃあ、足を十回あげてください」
「うっ……。結構疲れますね」
「それだけ動いてない証拠です。まずは少しずつ動かないと全く動けなくなって寝たきりになります」
「わかった」
軽く足を上げるだけで腹筋に力が入るため少し上げるだけで問題ないのだ。
その後も筋力訓練とストレッチを行い、自宅で出来るリハビリメニューを提案した。
ある程度自分でできるように指導すると少し肌の血色も変わっている。
「ああ、だいぶ体が楽になったよ」
「良かったです。では、私達は旅の途中なので、もう寄ることもないと思いますのでしっかり教えたことやっておいてください」
「わかりました」
「失礼します」
父親の治療終えて帰ろうと玄関に向かった。するとリハビリを見ていた母親に声を掛けられた。
「あなた……ひょっとしてケトじゃないかしら?」
「おいおい、先生様に失礼だろ。あんなクズの名前を……妻が勘違いしてすみません」
「……」
「私達を地獄に突き落とした声を忘れるわけないじゃない。その外套を外しなさい」
母親の手がフード部分を掴むとそのまま外れ顔が出てしまった。
「やっぱりあんたなのね! 奴隷になったはずなのに何故こんなところにいるのよ!」
「チッ! 何が先生だ! 早く出てけクズ野郎」
両親からの暴言は止まらなかった。
「お前はさっきから聞いておけば……ケントのこと悪く言いやがって――」
「ラルフありがとう。俺はそれだけで嬉しいよ!」
俺はすでに両親に対して何も求めていない。だから黙っていたが何も言い返さないことにラルフが次第に怒りが強くなっていた。
俺を守るために怒ってくれる新しい家族がいるだけで俺は満足だ。
だから……。
両親に向けて水治療法を発動させた。
「俺はクズ野郎でも奴隷でもない!」
水球は少しずつ大きくなり50cm程度の大きさになっていた。
「何だあれは……」
「あなた魔法使いだったのね。やっぱり私の息子で間違いないわ」
父親は驚いていたが母親の態度はガラリと変わった。まるで俺のスキルにしか興味がないと言っているのと同じだ。
「スキルだけしか見ないあなた達はもう俺の家族じゃない。俺の家族はマルクスさんとラルフ……そしてロニーさんやアニーさん達だけだ!」
水治療法でできた水球を二人に放ち、接触と同時に割れた。
「きゃ!」
その声とともに仕事を終えたのか兄のジョンと弟のマニーが帰ってきた。
「母さんどうし……クソ野郎か!!」
「また、お前か……」
二人は俺を殴ろうと構えた。だが、俺のスキル発動時間の方が早かった。
無駄に一年も森に住んでいないし、毎日足湯の準備はしていなのだ。
「なぜクズ野郎がスキルを使えるんだよ!」
「ちょっとジョン兄さんどういうことなんだ? なんであいつがいて魔法が使えるんだ?」
「俺に言われても知らねーよ」
「これが俺の力だからね」
二人にも水球をぶつけると、直接触れたことで水浸しになっていた。
「じゃあ、もう一生会わないから言っておく。あの時は言えなかったけど俺を育ててくれてありがとう。そして俺を奴隷に売ってくれてありがとう。こんな家族と離れられて良かったよ!」
俺は思っていることを告げた。これでやっと決別ができるのだ。それでもあの子だけは違った。
「お兄ちゃんもう帰るの?」
「ああ」
「そうなんだね。声を聞いた時に懐かしいと思ったけどやっぱりお兄ちゃんだったんだね。私の中ではお兄ちゃんはお兄ちゃんだからこれからも頑張ってね」
ランは当時三歳のためスキルが何なのかも理解していなかった。
いきなり家族が変わり次の日には遊び相手の兄が居なくなり環境に戸惑ったのだろう。
それでも俺のことを兄と認識しているだけでどこか心の中が救われた気がした。
「ランも元気でね!」
俺は家族との呪縛を自身の手で解放した。どこかでケトも報われていればと心の中で願った。
その後、俺とラルフはさっきまでいた宿屋に戻った。
「はは、さすがだな」
「ラルフが居てくれたからだよ」
「へへへ、オラの新しい家族もケントとマルクスさんだからね」
「恥ずかしいからそんなに言うなよ」
あの時ラルフが怒ったから俺が冷静でいられたのだろう。単純にあいつらは水浸しになっただけだからな。
頭を冷やして冷静になって欲しい。
「おお、おかえり。その表情だと決着がついたようだな」
「無事に呪縛を切ることが出来ました」
「マルクスさん聞いて! ケントが俺達のことを家族だって言い――」
「おい、ラルフ!」
「ほうほう、それでどうだったんだ」
「あとは――」
「やめろよ!」
俺はラルフの口を押さた。捨てられた当時はこんなに笑って生活できているとあの時は思わなかっただろう。
一夜だけ宿屋に泊まると朝方には出発していた。
乗り合い馬車に特に乗る人もいないため、人数は変わらない。
「なんか元気になったな!」
休憩している時にリモンが話しかけてきた。
「はい。リモンさんにもご迷惑おかけしました」
「ん? そんな迷惑とも思ってないぞ? むしろ俺の方が迷惑かけてるからな」
「迷惑だなんて……あっ、樽を貰うの忘れてた!」
リモンの治療のために店主に声をかけたのに色々なことがあって本来の目的を忘れていた。
「だろうと思ってもらっておいたぞ」
リモンは馬車の奥を指差すとそこには樽がいくつか置いてあった。
「ありがとうございます」
異次元医療鞄が一枠空いていたため、そのまま空間へ片付けた。
「えっ? アイテムボックスも使えたんか?」
「あっ……」
俺は無意識で使っていたため、初めてリモンに異次元医療鞄をみられてしまった。
「ちゃんとした冒険者になったら絶対俺達とパーティーを組んでくれ! 魔法も使えるし、荷物も持たなくて良いって最高じゃないか! あっ、ケントのスキルだけが目的じゃないからな! それだけはわかってくれよ」
あまりにも必死なリモンに俺はいつのまにか笑っていた。冒険者になるには後二年程度はかかるけどな……。
「おーい、リモン戻ってこーい」
パーティーメンバーから声がかかり、リモンは見回りに戻った。
♢
今日は初めての野営だが基本的な道具は各々のパーティーや御者が準備している。乗り合い馬車でも結構値が張るのはそういうところにお金がかかるからだ。
「一応皆さんの分の毛布とテント数個は用意してありますが、食品に関してはパンと干し肉しか用意していません」
「んー、しっかりと肉も食べたいしな。各々役割を分担しようか」
御者は用意しているが依頼を受けた冒険者が有能なほど道中が楽になるのだ。
リモンの一言で子どもだけど冒険者の仮登録をしている俺とラルフを含めて、七人で食料・水分・寝床の準備となった。
「えーっとまずは水の確保と食料の確保なんだが――」
「あっ、水なら出せますよ」
俺は水治療法で水球を出した。魔法だからすぐに消すこともできるが飲み水にも使えることは事前にわかっている。
俺の中でも感覚的には通常より便利な生活魔法という位置づけだ。これのおかげで異世界スローライフを夢見ることができるしな。
食料はリモン達のパーティーで調達、寝床は俺達三人がマルクスに教えてもらいながら受け持つことになった。
「じゃあケントはスキルで水をこの容器に出してる間に俺とラルフがテントを張ってくる」
マルクスはラルフを連れてテントを立てに行った。
「水を出すって言ってもすぐに終わるんだけどな……」
御者に樽を取り出してもらい水を入れた。
普段お風呂の準備をしている俺にとっては樽に水を入れるのは簡単だ。
「すみません、樽って他にもありますか?」
特にやることもないため、御者にお風呂を準備するために声をかけた。
「ああ、あるけど何に使うんだ?」
「お風呂の準備をしようと思って――」
「お風呂ですか?」
俺の発言に御者は驚いていた。基本的に貴族しかお風呂は入れないし、移動中は水浴びもできるかわからない環境だ。
「じゃあこれを使ってください」
「ありがとうございます」
俺は出してもらったドラム缶にお湯を張っていると、テントを張り終わったマルクスとラルフが戻ってきた。
「お風呂を作るんか?」
「やることなくて暇なんです」
「なら俺は見張りに使う焚き火のために木材を集めてくる」
「お願いします!」
今度は木材を探しに近場の林に入り、木材を回収しに行った。よく考えれば俺だけ何もしていないほど楽をしている。
「そういえば調味料もありますか?」
「何に使うんだ?」
「一応我が家の料理番は俺がやってるので簡単な物であれば味付けを整え――」
「ぜひぜひお願いします! いやー、冒険者は皆さん腕っ節ばかりなので料理ができる方がいて助かりました」
「ははは、任せてください」
この世界には料理ができる男性は珍しいようだ。俺は水の確保以外にお風呂の準備と食事を作ることになった。
初めての野営に俺が異世界に求めていたスローライフ?にテンションは上がっていた。
しばらく待っているとマルクスとラルフが大量に木材や葉を持って帰ってきた。
「今日の夜ご飯を作ることになったので、焚き火を先に準備してもらっていいですか?」
「ほんとか!」
俺に餌付けされているマルクスとラルフは素早く火を起こし焚き火を作った。食事になるとこの二人の速度は異常なぐらい速くなる。
「ケント準備出来たぞ!」
「ありがとうございます」
俺は鍋に入れたお湯の中に干し肉を入れ焚き火で温めた。
干し肉は保存するために塩が多く使われているため辛めに出来ている。
「はぁー、疲れたわ」
リモン達は血抜きをした兎と鳥数匹、あとは数種類の葉物と果実を持って帰ってきた。
「おっ、ケントが飯作ってるんか?」
「そうです」
「ケントくんって女性じゃないのに料理できるの?」
俺は頷くとリモンのパーティーの人達も驚いていた。それよりもなぜか胸を張っているマルクスとラルフが気になった。
「飯も作れるってすごいな。肉と葉物はどうする?」
「肉を捌けるのなら分けてもらってもいいですか? 解体はしたことないので……」
「おー、それは俺に任しておけ!」
リモンは兎と鳥を持って水が入った樽の方へ向かった。
葉物と果実を受け取った俺は一度そのまま一口食べた。
持ってくるということは食べれるものだが、見たことないものは味も全く想像できない。
いくつか葉物は入れてその中で唐辛子のような形の果実があった。
見た目通りピリッとした刺激があったため味付けとして小さく刻み、最後は調味料で味を整えた。
「ケント肉はどうすればいい?」
肉は軽く切れ込みを入れ、筋を切ってから棒に刺して焼いて食べることにした。
単純に調味料やハーブなどが足りないため何もすることができないのだ。
あとはスープの味を整えて完成したのが干し肉が入ったピリ辛スープと兎と鳥の塩焼きだった。
想像とは違ってキャンプ飯にも程遠いがサバイバル飯よりは食べやすいだろう。
さっそくみんなを呼び、食べることにしたが俺の食事を食べたことない御者とリモン達はなぜか驚いていた。
「いやー、まともな食事じゃなくてすみません」
事前に謝るがどこか反応は異なっていた。
「やっぱ俺のパーティーに入れ!」
「私にも料理教えてください。このままじゃ、マルクスさんの胃袋掴めないわ」
リモンはパーティーへの勧誘、カレンは料理を教えて貰えないかと頼み込んできた。
どうやら俺のサバイバル飯でも評価が高いようだ。異世界の胃袋掴むのは結構簡単なんだろうか。
「パーティーはそのうちですね。料理はマルクスさんの好みのやつでいいですか?」
「おい、ケント!」
「はい!」
カレンの即答にどこかマルクスは照れていた。いい加減早くくっついてしまえ。
今日のテントを二人同じ部屋にして、既成事実を作った方が早いだろう。
俺はそんなことを思っているといつのまにかみんな必死にスープと肉を食べていた。やっぱりそこは脳筋の冒険者と変わりなかった。
あれだけ料理を作ると言っていたカレンでさえもガツガツと食べていた。
その後は見張りをしながらも順番にお風呂に入ることにした。
お風呂の準備は一つしか出来なかったため、夜に見張りをするリモン達から先に入り、一度休んでもらった。
全員入り終わる頃には深夜になっていた。
「やっぱり容器もう一つ必要ですね」
「次の村に寄ったら数個用意して貰いましょうか。野営もあと一日ありますからね」
「お願いします。あとは僕も何か調味料準備しておきますね。やっぱりあれだけだと味も同じになってしまいますしね」
「おー、また作ってもらえるんですね」
御者も普段では味わえない地味なサバイバル料理でも生活チートに魅了されていた。
考えてみれば毎回移動している御者からしてみれば硬い干し肉を齧るよりはいいからな。
そして、一番生活チートに魅了されていたのはリチアだった。彼女はパーティーのもう一人の女性でおっとりした魔法使いだ。
よっぽどお風呂が気に入ったのかリモンを超える勢いでパーティーの勧誘がすごかった。
その晩も特に動物や魔物が出てくることもなく再び俺達は王都に向けて出発した。
あれから二日経ち最後の野営を終わらせて王都に向かっていた。
途中の村で調味料を買い、さらにパワーアップされた生活チートは気づいたら御者やリモン達には欠かせないものになっていた。
「ケントくんぜひうちのパーティーに来てください!」
リチアは見た目と反対に常に俺に引っ付いてずっとパーティーに誘っている。
「いやー、検討しておきます」
「絶対ですよ! もう私達が予約しましたからね!」
「リチアもその辺にしてやれよ」
「だってケントくん便利だもん! お家に一人は欲しいじゃん」
「たしかに……」
今も俺を取られないようにマルクスとラルフに抱きかかえられているけどな。
スキル【理学療法】の使い方は違うが、いつのまにか生活チートとして覚醒してきている。
「ガゥ!」
話をしていると突然ボスが吠え出した。
「前方から血の匂いがするって言ってるぞ」
胸ポケットに隠れているコロポはボスの会話を読み取り伝えてきた。
「ボスが前方から血の匂いがするって言ってます」
「うえっ!? ケントくんわかるのか?」
ケントの発言に他の人達は驚いた。それでもさすがは冒険者達だ。すぐに戦闘態勢に入った。
「距離はどれくらいかわかるか?」
「ボスわかるか?」
ボスに確認をすると大体わかっているのかすぐに返答が返ってきた。
「ガゥ!」
「ここから数kmぐらいじゃ」
「数kmらしいのですぐ近くらしいです」
「わかった!」
マルクスは御者に確認しに行くと、元々予定の通り道になるため戦闘が終わるまで待機するか、参加しに行くかのどちらかの選択を迫られた。
「俺達はみんなを助けるのが依頼だから、ここで待機するのがベストだと思う。」
「私もそれに賛成です」
「ケント達はどうだ?」
マルクスに聞かれたが俺は迷った。俺とラルフは戦う力もなく、体も小さいため邪魔になる。
ただできるのは俺の治療とラルフの鑑定ぐらいだ。
「俺も行かないのに賛成する。でもマルクスさんかケントが行くなら俺も行く」
ラルフは俺達の意見に合わせるそうだ。
「ちなみに俺は助けに行こうと思う。ケントの力で助けられる人がいるだろう? なら俺はそいつらを引っ張ってでも連れてくるぞ」
マルクスはケントのスキルを把握しているからこそ最良な案を出してきた。
俺達を傷つけずに人々を助けに行くという選択肢を……。
「なら俺も行きます。自分の力で治したいです!」
「わかった! お前達はどうする?」
「御者が良ければ俺達も……」
この中で冒険者関係じゃないのは御者のみだった。
依頼主でもあり命を最優先に守られるのは御者だ。
依頼を受けたリモン達はそんな御者を放って助けに行くことは出来なかった。
「全くお前らは……。俺が行けばみんな行くんだろ? 行くぞ!」
御者は馬のスピードを速めボスの案内で見つからないところまで馬車を進めた。この人も結構脳筋なのかもしれないと俺は内心思った。
だって、敵が現れたって聞いた時の顔が誰よりもワクワクしているのだ。
♢
襲われている近くに行くとさっきよりも血の臭いは強くなった。
遠くからではあまり見えないが人型の大きな魔物と小さい魔物が数体いることが確認できる。
「エリートゴブリンとゴブリンの群れです」
すかさず獣人の特徴である視覚とスキル【放射線技師】を使って、魔物の種類を見極めていた。
時折魔物図鑑を見ていたのはこういう時のためだろう。
「戦況は?」
「鎧を着た人が数名倒れているのと真ん中の馬車を守って戦っているのが数名います」
「よし、まずは俺達前衛職が近づく。その後ろからリチアとカレンは付いて来い」
前衛であるマルクス、リモン、カルロが先に近づき、後衛職のカレンとリチアは後方から支援する形となった。
「マルクスさん待ってください」
「なんだラルフ?」
「あの大きな奴の首元にもあれが付いてます!」
「あれって……」
「はい、強制進化の首輪です。ただ、劣化版らしいです」
「それなら僕が行ってもいいですか? 近くまで行って怪我人の状態も確認できますし」
戦う力がない俺はどこか心の中で悔しさを感じていた。
そんな俺の表情を見てマルクスはまず首輪を優先的に外すことを念頭に作戦を立てた。
作戦は以下の三点で進めるようになった。
1.前衛三人が助太刀にはいり魔物を引きつける。
2.ケントはボスに跨り、コロポのスキルで姿を隠しエリートゴブリンに近づく。
3.御者に近づいてきたものは後衛二人で対処する。
「お前ら大丈夫か?」
「はい!」
「ケントは無理だと思ったらすぐに離れろ。 俺達だけでもどうにかする。だから迷わず行け!」
「行くぞ!」
マルクスの掛け声とともに俺達は走り出した。
騎士達は馬車を守りながら抗戦していた。ゴブリン率いるエリートゴブリンは魔物の中ではそこまで強くない。
しかし、あまりの数の多さに騎士達も押し負けていた。
「リモン、カルロ行くぞ!」
マルクスの合図とともに魔物達へ飛びかかった。
「くそやろー! チビどもかかってこんかー!」
マルクスはスキルで挑発し注目を集めた。
言葉の選択は相変わらず脳筋ぽさが出ていたが、ゴブリン達はマルクスに注意が向き、狙いをマルクスに変えた。
その隙間をリモンは見逃さなかった。間を抜けて騎士たちの元へ近づいた。
「力を貸します」
「ああ、助かった!」
「状況を教えてください」
「敵はエリートゴブリンを中心にゴブリンがおよそ三十体ほどです。こちらの負傷者は騎士が五名戦闘不能なのと御者をしていた執事が一番状態が酷いです」
「まずは負傷者をゴブリンを離してください。その間は私達が相手をしています。途中仲間が助けに来ますが驚かないでください」
防戦していた騎士は他の騎士に指示をし、負傷者を馬車の近くまで運んだ。
「すみません。失礼します」
俺はコロポのスキルを使ってリモン達とは別の方から移動していた。
「ななな、なんだ」
「私はケントです。治療しますが今は姿を見せれないのでそのまま敵が近づかないか見ててください」
「ああ」
「馬車と仲間を死ぬで守れ! 一体たりとも魔物を通すな!」
騎士はすぐに指示を出すと敵が近づけないように陣形を変えて馬車と負傷者を囲った。
「ギャーオー!」
エリートゴブリンが叫ぶと周りにいたゴブリン達の肌が赤く染まった。その姿はどこか自我を失ったかのように不気味に感じた。
ゴブリンはマルクス達三人に向かって走った。
急にゴブリン達の速度は速くなり剣で切りつけても怯むことなく向かってきていた。痛みを全く感じないのだろうか。
「うぉ!? こいつらさっきよりも強くなってるぞ」
「リモン、カルロ耐えるんだ! そろそろ騎士達も来るはずだ」
「ああ」
その間に俺は騎士達の応急処置を終えた。
「応急処置は終わりました。マルクスさん達の援護をお願いします」
「助かったぞ! お前ら行くぞー!」
騎士の一人が声を上げると数名だけ馬車に残し、ゴブリンの元へ向かった。
「ボス行くよ!」
「ガゥ!」
俺はボスに跨ると素早くエリートゴブリンの前に向かった。
エリートゴブリンは意外に大きく、俺が飛んでも首には届かないほどだ。
エリートゴブリンは何かに気づいたのか周辺を見渡していた。
「おらー! デカブツの相手は俺だー!」
その瞬間をマルクスは逃さなかった。すぐに挑発すると意識はまたマルクスに向いた。
「ボスやるぞ!」
「ガゥ!」
ボスへの合図とともにエリートゴブリンの上空に直径1m程度の水球を発動させた。
上空に手を挙げると水治療法を使って100℃近くまで温度を上げた。
その水球は俺が作ったお手製だ。これが当たればダメージになるはずだ。
相手はまだ水球の存在には気づいていない。
「いけー!」
マルクスが叫ぶと同時に水球をエリートゴブリンの頭に向けて落とした。
「ギィヤアー!」
エリートゴブリンでも100℃のお湯は熱かったのかその場で頭を下げた。
その瞬間を待っていた。ボスはすぐに駆け出し首元にある首輪に手を伸ばした。
「よし、異次元医療鞄発動!」
首輪はそのまま異次元医療鞄に収納された。
すると首輪を外されたエリートゴブリンはすぐに力尽きたのか、ガリガリに痩せこけそのまま動かなくなった。
指揮官を失ったゴブリンは次第に冷静さを取り戻した。
その場から立ち去ろうと逃げようとしても誰も逃すつもりはない。
ゴブリンの繁殖はゴキブリ並みにすごいらしいからな。
俺はコロポのスキルを解除し姿を表すとそのまま怪我をしていた騎士達の元へ駆け寄った。
出血を止めただけで傷口までは塞ぎ切れていない。ただの応急処置程度だ。
突然現れた俺に馬車の近くにいた騎士は驚いて剣を向けてきた。
だがそんなのを気にする余裕はない。まずは治療をするのが先だ。
「なんだこの小僧は!?」
今度は何に驚いていたのかわからないが、できれば静かにして欲しいものだ。
その後も治療の続きを終えると驚いていた騎士に声をかけた。
「これで終わりですか?」
「騎士はこれで最後だ。あとは御者をしていた執事がいるがたぶん間に合わない……」
騎士が指差した方には胸に矢が刺さったままで倒れている執事がいた。
騎士の応急処置はしていたが執事は馬車で見えなかったのだ。
すぐに駆け寄るが胸からは多量の血液が流れていた。
腕で脈を測るが拍動していない。頸動脈を触知するとわずかに拍動を感じることが出来た。
一般的に多量の出血が起こると徐々に全身状態の異常をきたすようになる。
脈拍や呼吸数の増加、血圧低下、その後は意識が不鮮明になり、顔面蒼白と見た目ですぐにわかる。
最終的には敗血性ショックで亡くなってしまうだろう。
そんな中必死にスキルを発動するが出血は止まらない。
「ダメだ……」
俺はどうすればいいのかわからなかった。医師でもなく看護師でもない俺はリハビリ以外のことは対処できないのが普通だ。
傷口を防げたのも謎の回復力があるスキルのおかげだった。
そもそもリハビリ自体が復帰を目指す人達を助けるものだ。
そのスキルで傷が防げていたのが不思議なのだ。
「うっ……」
異世界に来て俺はスキルを使うたびに自分は誰でも助けられると思っていた。
出血していたリモンでさえも治せたから大丈夫だと……。
「すみません! すみません! すみません! 僕が何もできないから……」
必死にスキルを発動させながらも執事に頭を下げた。
「ケント!」
「すみません! すみません!」
「おい、ケント! しっかりしろ!」
俺は誰かに止められた。振り返るとそこにはマルクスや騎士達が立っていた。
「マルクスさん……俺がやらなきゃ」
「お前は良くやった。誰よりも頑張ったんだ」
マルクスとラルフは俺に近づき抱きついた。
「でも助けられなかった。何も出来なかった」
「大丈夫だ。助かったやつもいるぞ。頑張ったんだ」
「うっ……」
血だらけの男の前に必死にスキルを使うその姿はまだ十一歳の子どもがするようなものではなかった。
だからこそ騎士達は誰も文句を言えなかった。何も関係のない子供があまりにも切なく必死になっていたからだった。
突然起きた出来事にまた私は恐怖に陥った。それは隣町の公務に行った帰りに起きたのだ。
「殿下そろそろ王都に着きますので準備をお願いします」
私は護衛騎士から声を掛けられ、心の準備をしていた。また戦場に戻るのかと……。
私はこの国の王族の一人だ。王位継承権は三番目だから特に今後継ぐ予定はない。
だからこそ自由に生きようと思ったが、外れスキルのため外に出ることもできず、一人では生きられなかった。
正確に言えば王族として外れスキルなのを広めてはいけないため、外に出ることが出来なかった。
王都に近づくと急然馬車が揺れた。
「殿下馬車の中から出ないでください!」
騎士から声を掛けられすぐに何が起きているか判断ができた。
小さな窓から覗くと沢山のゴブリンが襲いかかってきたのだ。
外れスキルの私は戦うことも出来ずただ無事に終わるのを祈るだけだった。
次第に騎士達も疲労がみえてくると、怪我をして倒れる者もいた。
何も出来ない自分に腹が立った。だけど、私が出ると迷惑をかけてしまう。
そんな中突然の大声にビクッとしてしまった。
「くそやろー! チビどもかかってこんかー!」
なんとも知能が低そうな声に思わず笑ってしまった。
騎士が戦っている時に私は不謹慎なこと……。
そして驚くことはこれだけではなかった。
なんと怪我をして倒れていた人達が突然、光とともに出血が止まっていた。
騎士達は何か知っているようだったが、近くにいない私には声が聞こえなかった。
怪我をしていた騎士達の表情は良くなり気づけば戦況は変わっていた。
ハンマーを持った男が中心として戦っていたが急に魔物のボスの上に水の塊が現れてたのだ。
きっと誰かが使った魔法だろう。普段見る水属性魔法の水球より大きく、なぜかブクブクと泡が吹いていた。
私には出来ない魔法と初めてみた光景に不謹慎ではあるがどこか惹かれてしまった。
水球が頭の上に落ちると破裂しゴブリンが悶えているといつのまにか戦闘は終わっていた。
一瞬で決着が着き私は何が起きたのかわからなかった。
しかし、もっと理解出来なかったのは私とそんなに年が変わらない少年の行動だった。
急に現れたと思ったら騎士達の方へ向かうと何か魔法を使っていた。
そう、騎士達を癒していたのは彼だったのだ。
私と同じぐらいの年齢で魔物と戦う勇気もあり、人々を治す力を持っていた。
王子である私の外れスキルでは出来ないことを簡単にやっていた彼を見て少し嫉妬とともに尊敬していた。
そんな彼でも治せないものもあった。それは今回の御者を務めていたルーカスだった。
ゴブリンに初めに襲われたのはルーカスだった。
ルーカスの胸元には矢が刺さっており多量の血が流れていた。
そんなルーカスを彼は必死に助けようとしていた。
魔法を使っても血が止まらないのかずっと魔法を使っていた。
そんな彼を誰も責めることはできないし、むしろ騎士達を助けてもらい感謝しかない。
それなのに彼はルーカスを助けられないことに涙を流していた。
その姿に私の心は完全に奪われてしまったようだ。
こんな年が近い少年が必死に命を助けようとしている。
私が今にでも投げ出したい命を……。
気づくと私は馬車の扉を開けてその少年の元へ向かっていた。