外れスキルで異世界版リハビリの先生としてスローライフをしたいが、異世界も激務のようです〜チーム医療で様々な問題を解決します〜

 森に近づくといつもの雰囲気とは異なっていた。それは森に来たことがないラルフでさえも感じるぐらいだ。

「本当に入るんか……」

 コロポもいつもとの違いに戸惑っている。感じたこともない何かが肌を刺激する。小さな細かい針に刺される感覚に近い。

「俺は行くけど無理そうなら待ってて」

 最悪一人で行くことも考えた。怪我をしている可能性を考えると俺一人でも充分だ。

「ガゥ!」

 ボスが寄り添ってきた。どうやらボスは俺についてくるようだ。

「後輩に先を越されたら先輩は行くしかないのじゃ!」

 それに続きコロポも森に入ることになった。あとはラルフだけだった。彼は体を震えて額からは汗が垂れていた。

「ラルフはここで待っててくれ」

「でも……」

「無理したらだめだからな」

 俺はコロポとボスともに森の奥に入った。ラルフは森の入り口に待ってもらうことにした。

「ボス場所はわかるか?」

「ワォーン!」

 ボスは雄叫びをあげるとぞろぞろと狼が出てきていた。きっとさっきの雄叫びは元の仲間に何かの信号を送ったのだろう。

「おい、オラもやっぱり行く!」

「なんで来た――」

「何もできないオラはもう嫌なんだ。大事な家族を失いたくないんだ」

 待ってもらうつもりのラルフが追いついてきた。ラルフの過去はあえて聞いていないが、マルクスと帰ったらしっかり話し合う必要があるだろう。

 俺のこともまだ伝えてはいないからな。


――ガキン!


 金属の弾かれる音が聞こえてくると俺達はそこに向かうことにした。

「おい、こっちだ!」

 どこからかマルクスの声が聞こえるのだ。

 さらに近づくとマルクスは盾で魔物の攻撃を防いでいた。

「ラルフあの魔物の詳細って見えるか?」

 ラルフにスキルを発動してもらったが、一度も見たことが無いため細かい表示はされないようだ。

「あいつは熊って出てるよ」

「バイオレンスベアーじゃないのか?」

 冒険者ギルドで聞いた話では災害級のバイオレンスベアーと言っていた。しかし、ラルフのスキルから得られた情報は"熊"とただの動物だった。

「あっ、ちょっと待って」

 何かを詳しく見ているのか目を大きく開いてる。

「強制進化の首輪って知ってる?」

 ラルフのスキルで見えていたのは熊という名前となぜか"強制進化の首輪"だった。

 確かによく見るとバイオレンスベアーの首元には首輪がついており時折赤く光っていた。

 前世の智識では奴隷の腕輪や魔物を操る首輪などの存在を知っていた。ラノベにあるテンプレートが実際に目の前に現れるとは思ってもいなかった。

「マルクスさん!」

 俺はマルクスに声をかけた。マルクスはたまに視線を向けるが、コロポのスキルで俺達の姿は見えていないのだろう。

「ケント、ラルフなんできたんだ」

「俺達は家族じゃないですか!」

 俺はスキルボードを開き異次元医療鞄に医療ポイント10を振り空き数を増やした。

「今はそんな余裕はねえ。はやく逃げろ」

「少しだけ時間をください」

「わかった!」

 もう準備は整った。後はバイオレンスベアーに近づくだけだ。

 そんな時にマルクスのまさかの行動に俺は笑ってしまった。

「熊やろー! アホグマ! クソグマ! クマクマクマ!」
 
「ふっ!」

 急にバイオレンスベアーに悪口を言い出したのだ。もはや園児かと思うぐらいのレベルに俺は耐えられなかった。

 プラナスがマルクスも脳筋だって言ってたのはこういうところなのかもしれない。

「おりゃー!」

 それでもマルクスは強く盾をバイオレンスベアーに叩きつけた。

 ハンマーではなく盾で叩きつけることで、全体的に姿勢が崩れた。

 その瞬間に俺は走り出した。近くにはボスも一緒に走っている。

 バイオレンスベアーに近づくがあまりの大きさに近づくことができなかった。

 それを感じ取ったボスはバイオレンスベアーのお尻に噛み付いた。そのまま雄叫びとともにバイオレンスベアーは倒れた。

「今がチャンス!」

 俺はさらにバイオレンスベアーに近づき手を伸ばした。そう、"強制進化の首輪"を異次元医療鞄の中に回収するためだ。
 大きく伸ばした手はバイオレンスベアーの首についている首輪を掴んだ。

「消えろー!」

 その瞬間に異次元医療鞄を発動させた。あっさりと消える首輪とは反対にバイオレンスベアーは徐々に体が小さくなった。

 何かに驚いているのか周りをキョロキョロと警戒している。

「もう大丈夫だよ」

 優しく頭を撫でながら回復魔法を掛けると熊は頬ずりした。普通に考えたら恐怖に感じるだろうが、一年動物達と接していたからかこちらから攻撃しない限りは襲ってこないのだ。

――ドスン!

 大きな音とともにマルスクは息を吐いた。

「はぁー、やっと終わったか」

 その場で倒れるようにマルクスは地面に座った。ずっと動いていたのだろう。体からは汗が溢れ出ていた。

 水治療法で水を出すとそのままマルクスにかけた。

「あー、生き返る」

 実際に魔物と戦うところを見ると体力が必要なのがわかった。毎日命懸けで追いかけられるのはこういう日のためなんだろう。

 しばらくするとマルクスは体を起こした。

「それにしても何があったんだ?」

 異次元医療鞄から首輪を取り出し、マルクスに手渡した。

「ラルフが言うには強制進化の首輪って名前らしいです」

「強制進化の首輪?」

 マルクスも聞いた覚えがないらしい。どこから見ても赤い宝石が入った首輪にしか見えいのだ。

 そんな中あの男?が駆けつけた。

「ケントキュン! 大丈夫かしら?」

 現れたのは冒険者ギルドのギルドマスターであるマリリンだ。俺を目がけて大胸筋プレスをしてきた。

「うげっ……」

 この雄っぱいが女性であればどんなに良かったのか。

「マリリンはこの首輪知っていますか?」

「なんでその首輪が存在してるんだ!」

 俺はマリリンの首輪を見せると驚きの表情をしていた。どうやらマリリンはこの首輪のことを知っているようだ。

「ああ、知ってるも何も俺が現役の時に問題になったものだ」

 マリリンはいつのまにか素のマリオに戻っていた。俺としては首輪よりそっちの方が驚きだ。

「そもそも強制進化の首輪は王都で管理しているはずよ」

「なぜ王都で管理してる物がここにあるんだ?」

「私に言っても知らないわよ。そもそも危険だから外に持ち出しも出来ないし、一般の人には知られていないはず」

 元々危険な物として認定されている強制進化の首輪は王都で管理されている。

 過去に強制進化の首輪を使った事件が起きた。当時は町一つ破壊され冒険者だったマリリンはそこに駆り出されていた。

 その時の被害人数は三百人以上は超えるほどの大きな事件となった。

 首輪の存在は一部の冒険者やギルドマスター、王都に住む王の周りの家臣達しか伝えられない。それ故に知ってる人は限られていた。

 そんな中ラルフのスキルには強制進化の首輪の詳細が追加されていた。

――――――――――――――――――――

《強制進化の首輪》
レア度 ★★★★★
種類 魔道具
説明 動物や魔物に使うことでランクを上の存在へ上げることができる。動物なら魔物、魔物なら上位ランクに進化する。また寿命を引き換えにすることでランクは格段に上げることができる。

――――――――――――――――――――

「その首輪って寿命を使うことで、強くなるんですね。さっきの熊はバイオレンスベアーになるのにたくさんの寿命を消費していたんだね」

「だからあいつ途中で苦しんでいたんだな」

 マルクスはバイオレンスベアーが突然暴走した時のことを思い出していた。

 普段なら魔物の注意を向けることができるマルクスのスキルも効かないのは苦しみから逃げるためだ。

「ラルフキュンも優秀ね」

 マリリンの言葉にラルフの毛は逆立っていた。

 それにしてもここ最近スキルの使い方がわかったラルフの能力の高さに驚きだ。

 今まで強制進化の首輪をつけたら強くなることは知られていたが、寿命を消費していたまでマリリンは知らない。

「とりあえずそれは預かってもいいかしら?」

「どうぞ」

 マリリンに向けて首輪を持った手を伸ばした。するとそのまま手を掴み自身に向けて引っ張り大胸筋プレスをした。いわゆる熱い抱擁だ。

「ぐふっ……」

「もうこれで逃さないわよ。じゃあ、みんな帰るわよ」

 俺をそのまま肩に担ぎ上げトライン街の方へ走って行った。そのスピードは絶叫アトラクションに乗っている感覚だった。

「マルクスさん大丈夫ですか?」

「ああ、ケントがいれば誰も被害にあうことはないからな」

 俺は仲間に生贄として捨てられた。
 バイオレンスベアーが出現し数週間が経った。その後はいつものように森は落ち着いていた。

 だが、落ち着かずある問題が出てきた人もいる。

「マルクスさーん! 私と付き合ってくださいよ」

「お前みたいなガキは遠慮しておく」

「ケントくんからも何か言ってよ。私これでも巨乳なのよ!」

「はぁー」

 あれからマルクスはバイオレンスベアーから助けた冒険者に何気ない日常が襲われていた。正確に言うとストーカーされているのだ。

 彼女の名前はカレンと言っていたが、どこも可憐さがない。

 カレンからの猛アプローチを躱しているが、逃げ切れるか捕まるか冒険者達はどうなるかは周りは見守っていた。その二択で賭けをしているからだろう。

 マルクスも初婚にしては遅いがそろそろ落ち着いた方が良いと俺も思っている。

 冒険者みたいな命懸けの人達は揃いも揃って性欲が強い。前世は成人だったから夜にこっそり抜け出して何をしているか俺は知っているぞ。

 また、他の変化と言えばラルフがついに冒険者となった。

 ついこの間水晶玉の色が黄色になったばかりだと思ったら昨日透明になった。アスクレ治療院にも従業員が増えラルフの仕事はたまに依頼が来る時だけだ。

 依頼もあれから数を増やし多い時は三つほどこなしていた。

 今は街を歩くとラルフに声をかける商店街の人も増えてきた。

 肝心の俺はというと……。

「ケント今日はリハビリどうするんだ?」

「キーランドさんはこのまま自主トレですよ」

「他に人が居ないのになんでだ?」

 相変わらず患者は増えずキーランドが通い詰めていた。

 冒険者からのケントの評判はあの治療で広まったものの、まだリハビリは馴染みがなく冒険者が来ることない。

 そしてスキルも特に変化はない。

――――――――――――――――――――

《スキル》
固有スキル【理学療法】
医療ポイント:150
回復ポイント:1
Lv.1 慈愛の心
Lv.2 異次元医療鞄
Lv.3 水治療法
Lv.4 ????
Lv.5 ????

――――――――――――――――――――

 異次元医療鞄から新しい道具を出そうか考えたが、それよりもLv.4解放に回すことにした。

 何かわからない武器よりは新しいスキルを解放する方がスキルの強化になるからだ。

 次のスキル解放には400ポイント必要になるためあと250ポイント必要になる。

 今日はマルクスに話があると言われ、仕事終わりにマルクスを待っていた。

「実は拠点を王都に変えて冒険者ランクをAランクに上げようと思っている」

「やっとですね」
「おっ、いいじゃないですか」

 元々Aランクだったからランクを上げることは俺も賛成だ。

「それでお前達にどうするか決めてもらおうと思う」
 
「俺達?」

 その言葉に俺とマルクスは首を傾けた。

「ラルフも冒険者になったから、お前達は二人でも生活はできるだろう?」

「そうですね。ラルフももう依頼料は貰えるもんね?」

「最近は三件受けるから一日に金貨一枚は貰える計算になるぞ」

「ラルフ頑張ってるな!」

「へへ!」

 褒められたラルフは鼻の下を掻きながら尻尾をバタバタと振っていた。

「だから、お前らに決めてもらおうと思ってな」

「お前らはどうす--」

「付いて行きますよ?」

 俺達は口を揃えて答えた。もちろん俺が離れることは特にないからな。

「えっ?」

 その答えにマルクスは驚いていた。多少悩む可能性を考えていたのだろう。

 ラルフは自分の家があるため残る可能性があった。それを即答で返されるとはマルクスも思ってなかった。

 俺とラルフはこういうことがあった時のために事前に話し合っていた。そのためすでに結果は出ていたのだ。

「それよりもカレンさんはいいんですか?」

「なぁ!? なんで今あいつが出てくるんだよ!」

 思ったよりマルクスの反応は焦っていた。

「だって付き合うのもそろそろじゃんね? ラルフもそう思うでしょ?」

「そうだな」

「お前らー!」

 マルクスはワナワナと震えている。気持ちに気付いてないのは本人だけかも知れない。

「ちゃんと言っておいてくださいね。なんかあって色々言われるの俺なんですからね」

 俺は治療した冒険者のリモンとよく関わることが増えた。

 パーティーメンバーであるカレンの話を聞かされるのだ。どれもがあのうるさい女をどうにかしてという文句ばかり。

 リモンもリハビリが必要だと思っていたが思ったよりも回復がはやく特に必要がなかった。

「王都にはいつ行く予定ですか? 依頼を結構受けてるので……」

「あー、ラルフはいくつか依頼受けていたね。今は何個受けてるんだ?」

「今は五件だよ。二日もあれば達成するので三日後には行けますよ」

「ならその後に出発出来るようにギルドには話を通しておくよ。お前らも依頼主達にも話しておけよ」

「はーい」

「あっ、マルクスさんは絶対カレンさんに言っておいてくださいね」

「ケント!」

「あはは」

「お前らは……ほんとに元気になったな」

 マルクスは俺達を見て微笑んでいた。

 ボロボロで痩せこけていた俺と盗みを働き必死に生きていたラルフはいつのまにか笑顔で笑えるようになっていた。
 三人は王都へ出発する準備を進めていた。家をしっかり掃除し、各々受けていた依頼を全て終えて依頼者にはお礼を伝えた。

 今回は乗り合い馬車で、トライン街発の王都着行きの馬車に乗る予定だ。途中村などを経由して、人を乗せていく予定になっている。

 俺はキーランドにリハビリ内容を伝え、今後離れても良いようにとリハビリを組んでいる。最近は以前のように足関節の不安定性も減ってきている。

 それでもまだリハビリをやりたいのか落ち込んでいたが説得すれば納得していた。

 納得していなかったのは他に二名いた。

「マルクスさん、私をおいていかないでくださいよ。私にあんなことしておいて」

 カレンはマルクスにくっつき泣いていた。俺とラルフはまじまじとマルクスの顔を見た。

「俺はまだ何もしていないぞ!」

「まだ……?」

「いや、それはだな……」

「まだってことはこれから何かあるんですか? ねぇ?」

「……」

 俺から言えば早くくっついて欲しいものだ。正直おっさんがウジウジしているのも見ててなんとも言えない。

「でも、王都って美人がたくさんいるって言うじゃないですか……」

「はあー、カレン大丈夫だ。強くなったら戻ってくる。その時まで待っといてくれ」

「えっ? 今カレンって……」

「おい、そこか?」

「えっ? 嘘!? えっ?」

「ははは、カレンやったな! それまでに俺達も強くなってマルクスさんを驚かしてやろうぜ!」

 急な展開にカレンは頭が真っ白になっているのだろう。同じパーティーのリモンはそんなカレンの肩を優しく叩いていた。

 その時のマルクスの顔を見ると面白い。早く付き合えば良いのに……。

「私ちゃんと待ってます。その間に私達も追いつくので覚えておいてくださいね」

「ああ」

 少しマルクスは照れていた。

 一層こちらの方も難渋していた。俺にはやつがいつも付き纏うのだ。

「なんでケントキュンも行くのよ! 私を置いてくって言うの……」

「はい! 置いて行きます!」

 容赦なく俺は返事をした。

「酷いわ! 別れが悲しいと思って私の胸を貸そうと思ったのに」

 今日はやけに胸元が見える服装を着ていると思ったら別れを惜しむ俺に胸を貸すためだった。

 べつに別れを惜しむことは特にない。気がかりなのはどちらかといえばキーランドだけだ。

「いやいや、悲しくても遠慮しておきます」

「別れなのよ。ケントキュン……」

 マリリンは地面を見つめ、悲しそうに俺をチラチラ見ていた。

「じゃあ、皆さん行ってきます」

 みんなに挨拶をするとマリリンは黙っていられなかった。

「おいコラ、ケント!」

「はっ、はい」

 マリリンの本気の威圧につい姿勢を正した。

「気をつけて行けよ」

「えっ?」

「だから気をつけろって言ってんだろ!」

 なんやかんやで俺のことを心配しているのだろう。

「ありがとうございます」

 仕方ないととびっきりの笑顔を向けると、マリリンは飛びついていきた。飛びっきりの大胸筋プレスを……。

 だけど普段より胸圧は弱かった。

「マルクスを頼むぞ」

「はい」

「これを王都のギルドマスターに頼む。ひょっとしたら巻き込まれるかも知れないが……」

「分かってますよ」

 馬車に乗り込んだ俺達は王都に向けて出発した。





「んで、なんでカレンが居るんだ?」

「だって今回の護衛パーティー私達だもん」
 
 馬車に乗ると何故かカレン達が乗っていた。

「……」

 マルクスはさっきのことを思い出し顔を赤く染めていた。

「マルクスさん……面白かったですよ!」

「おい、お前ひょっとして……」

「もちろん知ってましたよ?」

「ラルフは?」

「もちろん!」

「お前らー!」

 王都に向けて初の長距離移動だが出発早々相変わらず元気だった。
 オラはトライン街の貧困地区に住むラルフだ。今日大好きな家族と過ごした家に別れを告げた。

 家族は母と父と妹の四人家族で貧乏ながらも幸せだった。

 母と父が違う街から移り住んで来たため、閉鎖的なこの街では働くのも大変と言っていた。だから貧困地区に住むしかなかった。

 それでもオラは毎日幸せだった。

 オラのスキルは不遇スキルもしくは外れスキルと言われているものだったけど、毎日笑いが絶えないこの家族が大好きだった。

 幸せは長いこと続かないのだ……。


――数年前


 今日は毎週恒例の炊き出しに来ていた。領主様が週に一回やってくれる炊き出しは貧困地区にとっては大事な食事だ。

「はあー、いい匂いだ」
 
「はは、ラル兄だらしないよー」

 オラは匂いに釣られてよだれを垂らしていたようだ。貧困地区の広場から広がる匂いが遠いとこにいても獣人であればすぐにわかる。

「俺らは人間より嗅覚がいいからよだれぐらい出るだろ!」

 父を見るとオラと同様によだれが溢れて出ていた。

「もう、あなたは昔から食い意地ばっかり!」

「あれは俺達じゃなくて飯がうまそうなのが悪い。なあ?」

「そうだな」


――カンカン


 そんな会話をしていると広場の中央から炊き出しの合図である鍋を叩く音が聞こえた。ここでは名前と住所を伝えることで食事と交換してくれるのだ。

「はぁー、うめー」

「ラルフうまいか?」

「うん!」

「あっ、ラル兄お肉残してる」

「あー、俺が最後まで残していた肉がー」

 最後まで残していた肉を妹のルウに取られた。せっかく最後に食べようと思ったのに……。

「ふふ、私のお肉をあげるわ」

「母さんありがとう」

 そんな家族団欒の食事は長くは続かなかった。

 その日の夜に扉を叩く音がしたため、母が扉を開けるとそこには綺麗な服を着た男性が数人立っていた。

「夜分遅くにすみません」

「どうされましたか?」

「今日の炊き出しですごく美味しそうに食べる家族がいると聞いて、良かったら一緒に食事をしないかと領主様からのお話があって伺いました」

「えっ!?」

「お、どうした?」

「あなたが旦那さんですか? 実は――」

 綺麗な服を着た男性が父にも説明していた。どうやら領主様が気まぐれにオラ達家族と食事をしたいらしい。

「しかし領主様の前に出るのにこんな服じゃ流石に……」

 貧困地区に住んでいるため服もボロボロな物を着ていた。オラの服も穴が開いている。

 とても領主と食事をする格好ではなかった。

「そこに関しては特に問題ありません。全て領主様が用意しています。着いたらお風呂に入って体を清めてから、綺麗な服に着替えて貰います」

「本当にそんなことがあるのかしら?」

 母はどこか怪しんでいたが、美味しいものが食べれるならオラは行きたい。

「その後食事を摂って頂きそのままご自宅にお送りします。服に関しても領主様に付き合って頂けた時間としてプレゼントすることになっています。」

 聞いた話ではすごくメリットしかなかった。優しい領主として有名なため、美味しい食事と服が貰えるならと家族四人で貴族地区に向かうことにした。
 貴族地区に行くとすぐに風呂場に連れていかれた。初めて入る風呂にオラは興奮した。その後は新品の洋服に着替えた。

「父さんこれ見てよ」

「ラルフ似合ってるなー」

「ママ、このヒラヒラのスカートどう?」

「ルウは何を着ても可愛いわよ!」

 オラ達は綺麗な服に身を包み込み領主が待っている部屋に向かった。

「こちらで領主様がお待ちです」

 男性が大きな扉をノックすると声がかかった。

 扉が開いた先には大きなテーブルに沢山の料理が並べられている。

「ああ、君達が今夜の相手か! わざわざ私達の気まぐれに付き合ってくれてありがとう」

「いえいえ、こちらこそお招き頂き感謝しております」

 オラ達は握りこぶしを作り胸元に持っていった。

 この国では貴族などの目上の人にはこのように挨拶する決まりになっている。ここに来る前に案内した男からそう聞いた。

「あらあら貴方達可愛いわね。私はロザリオよ。貴方達の名前は?」

 領主の隣にいた綺麗な女性が近づきオラ達に話しかけてきた。

「オラ……僕はラルフです」

「私はルウです」

「元気な子ですね。今日はいきなり呼び出してごめんなさいね。たくさん食べていってね!」

「では、こちらへどうぞ!」

 男性に勧められた席に座るとそこには今まで見たこともないようなご馳走が並んでいた。

「父さん! 父さん!」

「ははは、ラルフくんと言ったかね? もう待ちきれなさそうだから食べましょうか」

「領主様うちの息子がすみません」

「子供はそれぐらい元気な方がいいですよ」

 領主との食事会が始まった。どれも食べたことないような美味しさにみんなこ笑顔が止まらなかった。

 美味しい料理と楽しい話でいつ間にか二時間ほど経っていた。

「じゃあ今日はこの辺でお開きにしましょうか」

「今日はこんな私達を誘って頂きありがとうございました。これからも領主様達に尽くしていけるよう家族で頑張りたいと思います」

「ああ、楽しみにしてるよ!」

 領主と妻のロザリオはそんなオラ達を見て楽しげに微笑んでいた。

「馬車乗り場までお送りしますわ」

 領主とロザリオが屋敷の門近くまで見送ると突然事件は起こった

「きゃー!」
 突如呪文のような声が聞こえると同時に母の叫び声が聞こえた。

 母はいつのまにか火だるまになっていた。それを振り払おうと父が近づくと父の背中にも剣が刺さっている。

 そのまま火は父はにも燃え移りは二人とも倒れた。

「母さん! 父さん!」

 突然のことで頭が真っ白になった。

「ははは、やっと今日のメインにありつけたな! なぁ、ロザリオ」

「私の火属性魔法はやっぱ夜に見るのに限るわね」

「なんでこんなことするんだ!」

 必死に火を消そうと思っても火は強くなるばかりだ。

「本当にこいつら馬鹿ばかりだな」

 気づいた頃には領主の足がオラのお腹にあった。オラは遠くへ飛ばされて木に背をぶつけると勢いが止まった。

「ははは、さっきも私たちに尽くしたいと言ってきたじゃないか!」

「ねぇ? あの可愛い子の叫び声聞きたくない?」
 
「うええぇーーん!」

 ロザリオは少しずつ近づきルウの顔を掴み微笑んだ。

「ルウ逃げろ!」

「いやぁー!」

 呪文を唱え終えるとルウの顔面から火が燃え移った。

 すぐにその火は体までいき、悶えていたがそのまま力尽きて倒れていった。

「ルウー!!」

「あとはあの小僧だけか」

「もう私は満足だわ。手も火傷したから回復ポーションをかけて寝るわ」

「おお、愛するロザリオよ! おやすみ。愛の巣へすぐに向かうから楽しみにしておいてくれ」

「あら、今日は興奮が冷めないのね。準備して待っているわ」

 ロザリオは屋敷に戻って行った。ただその後ろ姿を睨むしかできなかった。

「ひひひ! 俺も早く終わらしてロザリオとの楽しい夜を過ごそうじゃないか」

「母さん……父さん……ルウ……」

 オラには逃げる体力も残っていなかった。

「ははは、私としてはもっと逃げ回ってくれると楽しかったが興醒めだな。この興奮はロザリオしか納めてくれないな」

 領主はオラに向かって大きく剣を振り上げた。

 その時どこからか光が見えた。ここに居ては行けないと咄嗟に感じるとオラは転がった。

 すると領主の剣は土の上に刺さっていた。

「くそやろー! 殺してやる! 殺してやる!」

 剣が抜ける前にオラは光に向かって走った。そこには小さな小屋があった。

 獣人はすばしっこく運動能力も高い。そのため領主から逃げきれたのだ。

 光はどこから来ているのか気になったが奥の草木の間を見ると人が一人通れるサイズの小さな隙間が壁に空いていた。

「ここから行けば……」
 
「殺してやる! 殺してやる!」

 声がすぐ近くまで迫ってきていた。 急いで隙間を通り屋敷外に逃げたした。

 その後小屋の方からは少女の叫び声が聞こえていた。

 オラは走り続けるといつのまにか貧困地区にある自分の家の前いた。

「母さん……父さん……ルウ……ただいま」

「おかえりラルフ!」
「ご飯が出来てるわよ!」
「ラル兄遊ぼう!」

 そこにはいつもは返ってくる声は無く静まりかえっていた。
 俺達は王都に向けた馬車の中で揺られていた。

「王都まで遠いんですね」

「ああ、トライン街から約五日もかかるからな」

「腰がやられそうです」

 自身の腰をスキルを使いながらマッサージをしているが常に振動がくるためスキルが間に合わない。

 なるべく凹凸がないところを通っていると言っていたが、それでも前世の道路と比べると道という道ではないため衝撃が強かった。

「あとで俺もやってもらってもいいか?」

 長年冒険者をしているマルクスでも腰は痛いらしい。

「そろそろ一度休憩を入れましょうか?」

 御者から声を掛けられ一度休憩することになった。

 トライン街から王都までの道のりはおおよそ五日間かかり、途中三つの村を経由して他の日は野営する予定になっていた。

 基本的に魔物は出現するため危険が少ないところで野営し、日中は移動することになっている。

「では、そろそろ出発します」

 御者の掛け声で馬車は進み、始めの村に向かった。時間もしないうちに到着する予定になっているため、暇つぶしにステータスを見ることにした。

「ポイント全然たまらないな」

「ステータスを見てどうしたんだ?」

 隣にいたラルフは俺のステータスボードを覗いた。

「ケントも医療ポイントってのがあるんだな!」

「えっ!?」

 ラルフの突然の一言に俺は固まった。

「ラルフは医療ポイントが見えるの?」

「ああ。スキルが使えるようになってから見えるようになったぞ。あとは開示されていないステータスボードも見てるらしいね」

 言われて見れば確かにラルフに開示させたわけでもないのに勝手に見えていた。

「ただ、俺もスキルを使っている時にしか見えないしこの医療ポイント自体が何かはわからないんだ」

 たまたまスキルを使った状態でステータスボードを触れた時にスキルツリーをみつけたらしい。

 俺とは異なっていてスキルを使用しないとスキルツリーが見えない仕組みだ。

「俺はその医療ポイントを使ってスキルの解放が出来るようになるんだけど、ラルフは説明とか書いてある?」

「医療ポイントを100消費すればLv.2が解放されるらしいけど、医療ポイントがまだ60ちょっとしかないから無理そうだね」

 ラルフは俺と違って1日の獲得医療ポイント少ないようだ。

 ちなみにラルフのスキルツリーはこのようになっていた。

――――――――――――――――――――

《スキル》
固有スキル【放射線技師】
医療ポイント:63
回復ポイント:0
Lv.1 透視の目
Lv.2 ????
Lv.3 ????
Lv.4 ????
Lv.5 ????

――――――――――――――――――――

 同じようにLv.5まで存在しており、俺にスキルツリーを見せようにするが他の人には見せることができなかった。

 ちなみに一緒にいたマルクスにもステータスをスワイプさせてみるが、スキルツリーの表示はなかった。
 
 ひょっとしたらマルクスにはスキルツリーが存在しないのかもしれない。

「はじめの村に着きました」

 御者に声をかけられ馬車から降りると村を見ると鳥肌が止まらなかった。

「俺が生まれたところだ……」

 そんな俺にマルクスとラルフは声をかけられなかった。二人には俺が捨てられたことを話している。

「さぁ、行きましょうか」

 すぐに気持ちを切り替え村に向かおうとした。

 しかし、そんな俺の手をマルクスは握って止めた。

「大丈夫か?」

「はい」

「無理なら俺達だけでも野営でいいぞ?」

「大丈夫です。僕の家族はもうエッセン町にいるロニーさん達三人と今ここにいるマルクスさんとラルフですから」

 俺は勇気を振り絞って生まれ故郷である村に入ることにした。
 村に入るとまずは宿屋を探した。基本的に村自体はあまり大きくないため、二店舗ほどしかない。

 俺達は冒険者などの団体が泊まる部屋を借りた。

「じゃあ俺達は少し出掛けるけどケントはどうするんだ?」

「少し休憩します」

「そうか。しっかり休めよ」

 マルクスとラルフは宿屋から出て行った。

「ここに戻ってくるとはね……」

 ただぼーっと天井を眺めていた。村から離れてすでに七年の月日が経とうとしている。

「あれから色々あったよな」
 
 部屋で休んでいると扉を叩く音が聞こえた。扉を開けるとそこにはリモンが立っていた。

「ちょっと暇か?」

「ああ、良いですよ」

 リモンは用があったのか部屋まで訪ねてきた。

「あれから足がつりやすくて何か対処する方法はないか?」

 リモンは大怪我をしてからリハビリは必要なかったがその後の異変が少しずつ出てきていた。その一つが足の突っ張り感だ。

 リモンの体を少し触り筋肉の柔軟性をみた。

「んー、ちょっと全体的に体が硬くなってきてるかもしれないですね。少し待っててください」

 一度足を温めるために宿屋の店主に樽がないか確認しに行った。





「これ今日の分です」

「いつもありがとう」

「いえいえ!」

 階段を降りていくと店主と大人びた雰囲気を感じさせる少年が話をしていた。

「すみません、何かお湯を入れれるような物はありませんか? 樽のような--」

「ケト」

 突然冷たい声に名前を呼ばれると心の奥に眠っていたケトの心が震え出していた。

「何で奴隷のお前がこの村にいるんだ?」

「あっ、いや……」

 少年は俺の肩を掴んだ。

「おい! 聞いてるのか!」

「ちょっとこの子はお客さんだよ? うちのお客さんに手を出さないでおくれ」

 なにかを感じた店主は少年を止めた。

「すみません。久しぶりに弟を見たので気になってしまいました。こいつのせいで家はめちゃくちゃになったんでね」

「えっ?」

 あまりの発言に俺は言葉を失った。

「お前は売られて知らないだろうが、あれから母さんはおかしくなって、父さんにずっと媚び売るようになるわ。マニーもお前のせいで何かにビクビクしてるし、お前が外れスキルなんて手に入れるからだ」

「ごめんなさい」

「そもそもお前は俺の弟でもないし、家族でもないから関係ないか! 外れスキルのクソ野朗」
 
 俺に声をかけたのは長男のジョンだった。

「うっ……」

 俺は何も言い返せないでいた。ケトの精神に引っ張られ、いつもの俺なら無視できていたのになぜか聞き流すことができなかった。

「ほう? ケントがクソ野郎ならお前はう○こか? それともその辺の葉っぱか? はははは!」

 突然後ろから肩を組んできたのは俺を待っていたリモンだった。

 中々戻ってこないから心配になり探しに来たところ俺達が話しているところを聞いていたらしい。

「あん!? お前こそ誰だよ!」

「葉っぱに説明は必要か? 俺はこいつと一緒の冒険者だ」
 
「くははは! 笑わせるなよ。こんな外れスキルのクソ野郎が冒険者のはずないだろ。なら証拠は何処なんだよ」

 リモンの話をジョンは信じなかった。

「ケント見せてやれ!」

 俺は言われるがままステータスボードをジョンに開示した。

「名前をケントにしたんだな。親から貰った名前なのに最低だな。ってかEランク冒険者って……外れスキルでもなれるってことは冒険者ってやっぱクズなんだな」

 ジョンは俺だけではなく冒険者のことを嘲笑っていた。

「ほぉ? お前は俺らにも喧嘩を売る気なのか?」

 そんなジョンの後ろにはいつのまにか、マルクスやラルフそしてリモン達のパーティーメンバーも集まっていた。

 冒険者はただでさえ脳筋が多いため、喧嘩っ早い傾向がある。

「うっ……」

「おい? もう1回言ってみろよ? 俺達冒険者がなんだって?」

 マルクスは威圧を放っていた。元Aランク冒険者が放つ威圧は冒険者でもビビるほどだ。

 その威圧をジョンだけに向けられると、そのまま膝から崩れ落ちていた。

「あっ……いやなにも」

 ジョンの足元からは何か異臭がしていた。よく見るとジョンはマルクスの威圧で失禁していた。

「こいつは俺達の家族だ! お前らみたいな人の気持ちも分からんようなやつらと同じにするなよ」

 マルクスはそう言い放つと俺を抱えた。

「えっ?」

 いくら大きくなっても、体格が良いマルクスにとっては軽いらしい。

「ああ、店主汚してすまないな。これ掃除代だ」

 マルクスはカウンターにお金を置くとそのまま俺を抱えて部屋に戻った。
 部屋に戻っても俺は何も話せずにその場で黙っていた。

「おい、何か話せよ?」

「すみません……迷惑かけてしまって」

「あはは、誰も迷惑だと思ってないぞ」

 俺はてっきり怒られるもんだと思っていた。さっきはものすごい顔で俺を掴みかかってきたからな。

 俺の精神面の弱さにマルクスはずっと前から心配していた。だからわざわざ俺の故郷による道を選んだらしい。

「お前を捨てた家族を見てきたぞ」

「えっ?」

「今親父は腰を痛めて仕事を引退しているようだ。母親も疲れ切っていたぞ」

「……」

「ここからは俺の提案なんだがな……。一回家に行ってこい」

 何を言っているのかわからなかった。俺を捨てた家族に会いに行く理由がないのだ。

「それだとうまく伝わらないですよ?」

「そうか?」

「マルクスさんは一度ケントの実力を治療で親に見せつけにいけってことだと思うよ。正直オラは行かなくもいいけど、これで気が晴れるならやってもいいかな……ってことですよね?」

 言葉足らずのマルクスのためラルフが補足していた。

 まとめると一緒にケントの家に行き、父親を治療し自分の実力を見せに行けということなんだろう。

「ふっ」

 やはり不器用で脳筋なんだと思うとなぜか笑いが出てきてた。

 全てやることは強引だがマルクスなりの優しさなんだろう。ただ、全く伝わらないし人にとってはお節介だ。それでも俺のことを考えて動いてくれてることに心が熱くなった。

「ははは、少し元気になったか。念のためにラルフも連れてってやるからお前を捨てた家族を認めさせて来いよ」

「ははは、ラルフもよろしくね?」

「おう!」

 ラルフとともに宿屋から出て自身が幼い時に住んでいた家に向かうことにした。





 重い足取りで記憶の中にある家を探した。俺は事前にマルクスから外套を渡されて着ている。

「そろそろ着くよ」

 治療の技術をつけるために旅に出ているという設定でマルクスとラルフは事前に俺の父親と母親に会っていた。

 治療が可能か相談した後に治せるなら訪れるという話をして宿屋に戻って来た。

 気づいたら俺住んでいた家の前に立っていた。あの当時と見た目は変わらないがどこか冷たさを感じた。

 俺がこの家から離れたからそう感じるのだろうか。もう一生来ないと思っていたのに……。


――トントン!


「あっ、さっきのお兄ちゃん!」

 中から小さい女の子が扉を開けた。

「ラン……」

 扉を開けた女の子はいつのまにか大きくなっていた。長女で俺のより二つ下の妹だ。

 離れた時が三歳だったが今は九歳になった頃だろう。

「ああ、先程の――」

「こちらが先生です」

 ランに呼ばれて来たのは母だった。以前よりは顔もこけておりどこか疲れた顔をしていた。

 今まで溜めていたものが吐き出されそうになった。それでも今正体をバレるわけにはいかない。

「はじめまして。旦那さんの治療に伺いました」

「……。あっ、あの人は動けないので今も寝ています。こちらです」
 母はどこか一瞬ビクッと体を動かしていた。どこか心の奥底で気づいて欲しいと思っていたがそんな気持ちは捨てた方が良さそうだ。


――トントン!


 母が扉を開けると中から男の怒鳴り声が聞こえてきた。

「おい! 勝手に開けるなと行っておるだろうが! アバズレ女が」

 父は無精髭を生やし動かなくなったのかお腹がぽっこりと出て、あの頃のカッコいい父の姿すでにいなくなっていた。

「あなたの腰を治療してくれる人が訪ねてきたわ」

「おお、ほんとか! ぜひやってくれ」

 父親はすぐに頭を下げた。ローブを着た人が俺だとは知らずに……。

「少し失礼します。ラルフどうだ?」

 ラルフの透視の目を使い腰の部分を中心に確認した。

「骨とかは特に問題無いと思うよ」

「わかった」

 父親への最初で最後の治療が始まった。