アイカだった。
 一眼見てすぐにわかった。
 髪や服装は大人の女性のものに変わっていても、猫のような切れ長な目が、まるで時が止まったようにそのままだったからだ。

 「アイカ……だよな」

 「はい。お久しぶりです」

 その声を聞いて、僕は懐かしさに溺れてしまいそうだった。

  (ああ、こういう喋り方をする子だったよな)
 
 グラスを重ねた後で、僕たちは昔話に花を咲かせた。
 
 アイカも僕と同じく東京に暮らしているらしく、故郷の現状をほとんど知らなかった。

 僕はタカブーから聞いた話をそのまましてやった。
 僕たちが通っていた学校は合併に伴って閉校したこと。駅前にショッピングモールができたせいで、小さな駅舎や西口の商店街はもうなくなってしまったこと。
 そして、「妖精の森」は呆気なく伐採されてしまったこと。

 「妖精の森」の跡地には、マンションと老人ホームができたそうだ。
 そこに住んでいた妖精たちがどうなったのかはわからない。そもそも、本当に住んでいたのかさえも。

 アイカは世界各地を旅して回っているらしい。旅行資金が貯まるたびに会社を辞めて旅に出てしまうので、既に十以上の会社の転職を繰り返しているそうだ。

 「じゃああの頃の夢、叶えてるんだな」
 僕が聞くと、アイカは「まだまだすべての国は全然回れてないですけど……」と嬉しそうに頭をかいた。

 僕の方は世界一周どころか、日本一周すらできていない。
 小学生の時に抱いていた夢は、中学、高校と徐々に萎んでいき、大学を卒業する頃には跡形もなく消え去っていた。
 
 世間で云う大企業に就職はしたものの、僕の中でどこか虚しい感覚が消えないのは、きっと安定を求める厳しい両親の言いつけを守り続けてきたせいなのだろう。
 もちろん、両親が間違っているなどと言うつもりはない。レールを敷いたのは両親でも、それを選んだのは僕だ。

 (夜中に部屋を抜け出して、妖精を探していた頃が懐かしいな……)

 そんなことを考えながら、僕は煙草を燻らせた。

 小学生のころの自分の勇気が少しでも自分に残っていれば、僕もアイカと同じように、あの日の夢の続きを追いかけていたのかもしれない。