次に目を開けた時には、妖精はいなくなっていた。僕は霧雨の中で一人地面に座っていたのだ。髪や服は、両親に言い訳のしようが無いほどグッショリと濡れていた。

 ふいに霧の向こうから僕を呼ぶ声がした。

 アイカだった。
 発光はしていない。大きさも人間のサイズだ。
 
 「偶然ですね、こんな時間に」
 いつもと同じ姿をしたアイカは、いつもと同じ敬語で、いつもと同じように話しかけてきた。

 「アイカ……。君の正体は妖精なの?」
 不自然なことはたくさんあった。しかし、僕は何も考えることができず、ストレートに疑問をぶつけた。

 「はい」
 僕の問いに、アイカは当然のように頷いた。
 
 (やっぱり……)
 
 あの時見た妖精の正体は間違いなかったのだと、僕が確信した時だった。

 突然、アイカが大きな声で笑い出した。

 「ちょっと本気にしないでください。うっそぴょーん、です。私はただの人間ですよ」
 「え……?」

 いろいろなことが起きすぎて、僕は頭が追いつかなくなってしまった。
 アイカはしばらく笑っていたが、やがて僕の元へ駆け寄ってきた。

 「実は私、逃げた妖精を探していたんです。この辺りで見ませんでしたか」

 アイカの潤んだ瞳が僕の顔をじっと覗き込んだ。心を見透かされてしまいそうで、思わず僕は目を逸らした。

 そして僕は、「見てないよ」と、首を横に振った。
 
 「本当に?」

 「うん。何も見ていない」

 記憶がはっきりしているのはここまでだ。

 どうやって帰ったのかは不明だが、僕は雨に濡れたまま、着替えもせずに自室のベッドに潜り込んだらしい。
 おかげで、翌日には四十度を超える発熱があり、何度も悪夢を見るはめになった。

 そのせいなのかもしれない。
 僕の中であの夜の出来事のどこまでが夢で、どこまでが現実なのか曖昧になってしまっているのだ。

 風邪が治った後に、アイカに真相を尋ねる機会はいくらでもあったのだが、先述の通り、僕はとうとうそれをしなかった。