転校して数日も経たずに、アイカはクラスの中心人物となっていた。

 僕が一目惚れをしてしまった容姿はもちろんのこと、成績も性格も良く、おまけに運動神経も抜群で、男子からだけではなく、女子からも大人気だった。

 一方で、アイカは浮世離れしたところがあった。
 
 同級生や先生に対してはもちろん、相手が年下の子であっても話す時は敬語を崩さなかったし、誰もが知る流行りのテレビ番組の話題もわからないようだった。

 その程度であれば育ちの良い箱入り娘なのかもしれないと納得することもできるのだが、みんなを一番驚かせたのが「じゃんけん」を知らないことだった。
 
 「これがチョキで……、グー、パーですね」

 そう言いながら、アイカはまるでそれが自分の体ではないかのように、指を動かしてみせた。

 僕も何度か会話を交わしたのだが、やはりアイカは少しズレているような感じがした。

 「……そんなことも知らないの?」
 いつだったか、僕はアイカにキツい言葉をぶつけてしまったことがあった。

 幼い時は好意を持てば持つほど、感情が空回りして、相手に意地悪をしてしまうものだ。
 僕は言った後で、しまった……と思ったが、僕が謝る前に、アイカが「すみません……」と頭を下げた。

 「知らないことばかりなんです、私。だから色々な世界を旅してみたいんですよね」

 そう言って、アイカは照れたように笑った。

 僕は「ふうん」と冷めた返事をしたが、意外なところで共通点が見つかり、内心は飛び上がりたくなるほど嬉しかった。

 (一千万円あれば、二人で世界一周旅行もできるかもしれない)

 そんな背中がむず痒くなるような想像を、半分冗談で、しかし半分は本気で考えていた。

 「アイカって……変わってるよなあ」
 ある日、タカブーが僕に耳打ちした。
 相手を傷つけかねないことは、大声で言わない。タカブーはそういう優しいところがある。

 「よほどお嬢様なんじゃない?」
 僕は興味なさそうに言った。
 変に反応して、アイカを意識していることを知られたくなかった。

 「それより」と、僕は話を逸らした。

 「この前の一千万の話って本当なの?」
 「本当だよ。アイカの転校でもう誰もキョーミなさそうだけど」

 タカブーは残念そうだったが、僕にとってはチャンスだと思った。ライバルは少ない方がいいし、一人で妖精を見つければ一千万円の総取りだ。

 (そうすれば……)

 僕はチラリとアイカの方を窺った。
 窓の外を見ているアイカの横顔は、しばらく見惚れてしまうほどに綺麗だった。