妖精。今思うとアレはなんだったのだろう。
僕らは幼少の頃から、街のはずれにある小さな森、通称「妖精の森」には、妖精が住んでいると教え込まれてきた。
「妖精の森」は禁足地となっており、ちょうどゴルフ練習場の防球ネットのような網で、全体を覆われていた。
外から入ることができないということは、中から出ることもできないということだ。
つまり、「妖精の森」に住んでいる(と言われている)妖精たちは逃げ出すことはできないはずなのだ。
当時の僕の言葉を借りれば、森は大きな密室だったということになる。
しかし、タカブーの話によると、密室はある不良グループの手で破られてしまったらしい。
「兄ちゃんから聞いたんだ。S高校の奴らが度胸試しで、網を切ったんだって」
森を覆う網はワイヤーでできているわけではないそうだ。それこそ、よく切れるハサミがあれば簡単に穴を開けられるだろう。
事件から五分も経たずに警備会社と警察がすっ飛んできて、不良グループはお縄になったそうだが、管理会社が妖精の数を確認したところ、一匹(単位はこれであっているのだろうか)足りなかったらしい。
騒いでいたみんなは、いつの間にかタカブーの話に聞き入っていた。
「そんでな」
タカブーはここからが本番と言わんばかりに、クラスメイトたちを見回した。
「逃げた妖精を見つけたら一千万円貰えるらしいんだよ」
「一千万?」
誰かが素っ頓狂な声を上げた。
その声を合図に、クラスは再び盛り上がった。
タイミングを合わせたように、朝のチャイムが鳴って担任の先生が姿を現した。
名前は忘れてしまったが、体育が得意で、爽やかな風貌の若い男性教師だった。
先生はみんなを席に座らせると、勿体つけたように「今日はみんなに大ニュースがあります」と白い歯を見せて笑った。
「妖精の話?」
タカブーがここぞとばかりに大声で尋ねた。
「バカ、あんなのはデマだ。みんなも根拠のない噂に踊らされないようにな」
先生はさらりと否定したが、それが逆にタカブーの話の信憑性を高めた。
いつもの先生であれば、タカブーの噂話に大袈裟なくらい反応するはずなのだ。
(妖精が逃げた話が本当なら、一千万の話も本当なのかも)
その頃の僕には世界一周旅行がしたいという大きな夢があった。一千万あれば一周どころか二周、三周できてしまうかもしれない。
僕は期待に胸を膨らませた。
そんな僕の妄想を邪魔するように、先生がパンパンと手を叩いた。
「はい、みんな注目。先生の用意した大ニュースは高木の話よりもずっとみんなが興味あることだと思うぞ」
そして、先生は教室のドアの外に向かって「入っておいで」と、大きな声で呼びかけた。
やや間をおいて、小柄な女の子が教室に入ってきた。女の子は教壇までトコトコと歩いてくると、ペコリと頭を下げた。
僕らは幼少の頃から、街のはずれにある小さな森、通称「妖精の森」には、妖精が住んでいると教え込まれてきた。
「妖精の森」は禁足地となっており、ちょうどゴルフ練習場の防球ネットのような網で、全体を覆われていた。
外から入ることができないということは、中から出ることもできないということだ。
つまり、「妖精の森」に住んでいる(と言われている)妖精たちは逃げ出すことはできないはずなのだ。
当時の僕の言葉を借りれば、森は大きな密室だったということになる。
しかし、タカブーの話によると、密室はある不良グループの手で破られてしまったらしい。
「兄ちゃんから聞いたんだ。S高校の奴らが度胸試しで、網を切ったんだって」
森を覆う網はワイヤーでできているわけではないそうだ。それこそ、よく切れるハサミがあれば簡単に穴を開けられるだろう。
事件から五分も経たずに警備会社と警察がすっ飛んできて、不良グループはお縄になったそうだが、管理会社が妖精の数を確認したところ、一匹(単位はこれであっているのだろうか)足りなかったらしい。
騒いでいたみんなは、いつの間にかタカブーの話に聞き入っていた。
「そんでな」
タカブーはここからが本番と言わんばかりに、クラスメイトたちを見回した。
「逃げた妖精を見つけたら一千万円貰えるらしいんだよ」
「一千万?」
誰かが素っ頓狂な声を上げた。
その声を合図に、クラスは再び盛り上がった。
タイミングを合わせたように、朝のチャイムが鳴って担任の先生が姿を現した。
名前は忘れてしまったが、体育が得意で、爽やかな風貌の若い男性教師だった。
先生はみんなを席に座らせると、勿体つけたように「今日はみんなに大ニュースがあります」と白い歯を見せて笑った。
「妖精の話?」
タカブーがここぞとばかりに大声で尋ねた。
「バカ、あんなのはデマだ。みんなも根拠のない噂に踊らされないようにな」
先生はさらりと否定したが、それが逆にタカブーの話の信憑性を高めた。
いつもの先生であれば、タカブーの噂話に大袈裟なくらい反応するはずなのだ。
(妖精が逃げた話が本当なら、一千万の話も本当なのかも)
その頃の僕には世界一周旅行がしたいという大きな夢があった。一千万あれば一周どころか二周、三周できてしまうかもしれない。
僕は期待に胸を膨らませた。
そんな僕の妄想を邪魔するように、先生がパンパンと手を叩いた。
「はい、みんな注目。先生の用意した大ニュースは高木の話よりもずっとみんなが興味あることだと思うぞ」
そして、先生は教室のドアの外に向かって「入っておいで」と、大きな声で呼びかけた。
やや間をおいて、小柄な女の子が教室に入ってきた。女の子は教壇までトコトコと歩いてくると、ペコリと頭を下げた。