バーの閉店時間が近づいてきた頃には、僕はすっかり酔いが回っていた。
 思わぬ再会にいつも以上に酒を飲んでしまったのだろう。

 隣に座るアイカも、それは同じようだった。
 雪のように白い肌に、ほんのりと紅がさしており、瞼が閉じかけている。

 そろそろ帰ろうか、と僕が提案しようとした時だった。

 「……そうだ、あの時はありがとうございます」
 半開きのアイカの口から、そんな言葉が漏れた。

 急に礼を言われて、僕は戸惑った。

 「あの時って……?」

 「私が見つかってしまった時です。実はあの時、私ぼーっとしてまして、あのまま網を振り下ろされていたら捕まえられてしまいました」
 
 酔った人間の言葉など気にするな、と思いつつも、僕は朧げな記憶を無理やり呼び起こす。あの日の僕は確かに、「何も見ていない」とアイカに答えたはずだ。

 「……どうして知っているんだ?」
 おそるおそる僕が聞き返すと、アイカは呂律の回っていない舌で囁くように答えた。
 
 「だって、私の正体は妖精だから」

 「アイカ……やっぱり君は……」

 言いかけた僕の唇に、アイカはそっと人差し指を置いた。指から伝わる冷んやりとした感覚が、瞬く間に全身へと広がっていく。

 それからアイカは、猫のような切れ長の目を細めて「うっそぴょーん」と、小さく笑った。
 
 魅力的な謎は、謎だから魅力的なのだろう。

 だから僕は、このあたりで本を閉じることにした。