森から妖精が逃げたらしい。

 ドアを乱暴に開けて入ってきたタカブーの声は、教室中に響き渡った。

 「マジかよ、タカブー。前のUFO着陸だって嘘だったじゃんか」

 クラスの誰かが冷めた反応をすると、タカブーは両手を開いて顔の前で大きくスライドさせた。

 「マジマジ。今度はおおマジ」

 よほど急いできたらしい。タカブーの巨大な体は、まるで全身で呼吸をしているように上下に激しく揺れていた。

 豚のように体が大きい高橋くんだからタカブー。
 大人になってから振り返ると、悪口と紙一重のネーミングセンスだ。
 小学生らしいと言えば、らしいのだけれど。

 僕は真冬にもかかわらず汗だくのタカブーに、「証拠はあるの?」と声をかけた。
 
 途端に僕はクラスのみんなから羨望の眼差しが向けられるのを感じた。
 「証拠」という難しい響きが彼らの心を掴んだのだろう。小学生(の特に男子)にとって「難しい」と「かっこいい」は同義なのだ。

 僕はさらに、「あの密室からどうやって抜け出したんだろうね」なんて続けようと思ったが、さすがに気取りすぎかなと思ってやめておいた。

 小学生の頃の僕は人より読書量が多く、周りと比べて語彙が豊かだった。
 もっとも、読んでいた本が偏っていたせいで、「証拠」や「密室」など不穏な単語に限られていたが。

 僕が質問を終えると、みんなの注目は再びタカブーに集まった。
 そうだ、そうだ。ショーコを出せよ、とタカブーは集中砲火状態だった。

 普段はみんなから詰められたタカブーが、「うっそぴょーん」と白状するのがお決まりの流れなのだが、その日は違った。

 タカブーは興奮した様子で「証拠なんてないけどよぉ……」と、前置きしてから、妖精の脱走の顛末について語った。