10月のあくる日。
俺は放課後、1人で絵を描こうと思い、美術室から道具を持って空いている教室を探していた。
しかし、空いている教室が見つからなかったため、美術室に戻った。
チラッ。
誰もいない...な。
静かな美術室には誰もいなかったから、今日は美術室でやろうと思った。
俺は絵を描く準備をした。
俺の胸の中は、複雑な気持ちでいっぱいだった。
群青色ではない色で絵を描くことができるという楽しみな気持ちと、ちゃんと描けるかどうかという不安な気持ちが入り混じっていた。
しかし、夜瀬さんが俺の絵を好きだと言ってくれた。そんな彼女に俺の色づいた絵を見て欲しいと今は心からそう思う。
俺はスマホをポケットから取り出して、夜瀬さんとあの日見た夕焼けの空の写真を開いた。
茜色ー。
自分が思う夕焼けの空。そして自分が思う茜色。
今の絵の具セットの中にはいくつかの色が増えた。まだまだ使いこなしていない新品。
俺は絵の具を手に取った。
『カーマイン』
『バーミリオン』
『カドミウムレッド』
『カドミウムレッドオレンジ』
『クロームイエローオレンジ』
『イエローオーカー』
『シルバーホワイト』
俺は手に取る度に、目を輝かせた。
ずっと群青の世界に隠していた願いが叶う。
画面の中の夕焼けの空を自分の頭の中で色づけていく。
真っ白なふんわりとした雲を引き立てているのは、赤、橙、黄、薄いピンク、薄い紫。
俺は絵の具を出していき、間違えないように順番に色を混ぜ合わせていく。
まずは、真っ白なキャンバスにペインティングナイフで白色の雲を描いていく。少し黄色も加えて立体感を出していく。
次に夕焼けの色を描いていく。
俺は息を呑んだ。
明確には合っているのか分からない色で描いていく。自分のイメージだけが頼りだ。
でも、不格好でもいい。
自分が描きたいように、誰かのために描くことが大切だと感じる。彼女はそう教えてくれたから。
俺の手は、希望で溢れていた。
人生で1番描いていて楽しかったんだ。
出来上がる頃に窓から見える空を見上げると、自分の絵が空と繋がっている感じがした。
「絵橙くん」
呼ばれた方を振り返ると、大川先生がいた。
「すいません、空いている教室がなくて今日は美術室でやってました」
「いや、それは構わんよ」
大川先生は俺の絵を見つめながら隣へと来た。
沈黙が続く。自分では、夕焼けの空が描けていると思っているが、やっぱり他の人からは違うように、汚いように見えるのだろうか......。
「絵橙くん......これは自分で描いたのか?」
「はい、そうです。ちょうど完成したところです」
「そうか......うんうん」
先生は目を見開いた。
何を言われるんだろう......。
俺の鼓動は沈黙の度に速くなっていった。
「絵橙くん、この夕焼けの空は素晴らしいよ。暖かく豊かな色づかいだ。この絵からは、描いた人の楽しいという気持ちと、誰かにこの絵を届けたいという気持ちがある。中々この2つの気持ちを絵に詰め込む人はいない、本当に楽しむということは難しいからね。それに研究を重ねた色だ。相当努力したんだね」
大川先生は俺の頭をポンポンっと軽く叩いた。
俺は涙が出そうになった。
絵を描いてきて、今までにないほどの嬉しい思いに包まれた。
「絵橙くんならもっと描けるよと言いたいところだったが、描き過ぎなくらい、いい絵だ。やっと絵橙くんの自分の作品ができたね。この感覚を忘れずに、自分だけの、自分が描いていて楽しいと思える絵をこれからも期待しているよ」
「はい!ありがとうございます!」
「じゃ、気をつけて帰るんだよ」
大川先生は、見たことのない軽い足取りで美術室から出ていった。
今日初めて自分の作品と向き合えたような気がした。
自分の名前をもっと好きになった。
絵橙ー。
自分の絵の中に『橙』を色づけることができた。