楓に話しをしてからの放課後の部活は、絵の具を出しては他の色と混ぜたりを繰り返していた。
最初は手に取るのが怖かったが、夜瀬さんの言葉を思い出すと前向きな気持ちになった。
どれが赤色か橙色か。今の濃さや薄さ。混ぜると何色になる。
これらのことを楓は何日もかけて、俺が自分の見ている世界で分かるまで教えてくれた。
「楓、ありがとう。改めて色ってたくさんあるんだな。だんだん大丈夫になってきたから俺、次からは自分でやってみるよ」
「おう、なんかあったらまた言えよ!まあ、自分が表現したいようにすればいいんだからな!」
「うん、ありがとう!」
「じゃあーそろそろ帰るかー」
自分がしたいように表現することは誰にとっても怖い。しかし、それを応援し、認めてくれる人がいる。その人がいるだけでも心は救われると思う。
前よりも筆が軽い感じがした。
「ただいまー」
「おー、絵橙おかえりー」
「おかえり、絵橙!もうすぐでご飯できる......よ......絵橙?」
「ん?どうしたの?」
お母さんが俺を見て目を丸くしていた。
「その手......」
「手?」
手を見ると、黒く茶色っぽい絵の具がついていた。
お母さんの反応からして赤色だろう。
家族には伝えるべきだよな。
「あのさ、俺......」
急に怖くなった。
ずっと俺を1番近くで支えてきたからこそ言うのを躊躇(ちゅうちょ)してしまう。......いや、俺はもう逃げたくない。それを夜瀬さんに教えてもらったんだ。
「俺さ......本当は、赤色と橙色を使って絵を描きたかったんだ。最初は、見るのも使うのも描くのも怖かったんだけど、楓の絵を見て俺もたくさんの色を使いたいって思ったし、ある人からの言葉で、自分で描きたい色は自分で決めたいって思ったんだ。だから今、楓に教えてもらってたんだけど......」
俺は初めて色について両親に話をした。
ふとお母さんの顔を見ると、涙が溢れていた。
その隣でお父さんは涙を堪えて微笑んでいた。
お母さんが俺の手を握りしめた。
「絵橙。お母さんとお父さんは今、とても嬉しいの。絵橙の本当の思いを聞くことができたから。お母さんもお父さんもごめんね、絵橙から赤色と橙色を見せないようにしてしまって。これからは遠慮なく絵橙の思いを聞かせてね」
「そうだぞ絵橙」お父さんが肩を組んできた。
「絵橙の絵は本当にいい絵だ。ずっと見てるけど、お父さんとお母さんがそれは保証する。絵橙が思う色を描きたいように1枚の紙に表現するんだ。もし描けて見せてくれるならその時は涙が出るなー」
お父さんは笑いながら言った。
「お母さんとお父さんは絵橙をずっと応援してるから!......絵橙、もし大丈夫なら今度お母さんとお父さんの絵本見てくれる?」
お母さんが小学生以来、絵本を見る?と聞いたのは初めてだった。お母さんとお父さんの絵本はあの時以来あんまり見たことがなかった。あの色彩豊かな絵本には、お母さんの柔らかな絵とお父さんの繊細な文章が詰まっている。小学生の時は、それを読むのが楽しみだったことを思い出した。
「もちろんだよ、また読みたいな。お母さんとお父さんの絵本」
その瞬間、お母さんとお父さんが俺を抱きしめた。
お母さんとお父さんのこんなにも嬉しそうな笑顔を見たことはなかった。
自分の世界がどんどん広がっていく。
自分の思いを話すことは怖いことなのかもしれないが、自分が思っている以上に、自分の思いを掬い上げてくれる人はそばにいるのだと思った。