10月に入り、緑の葉っぱが黄色、そしてきっと赤色や橙色に色づき始めている時期になった。
夜瀬さんと話したあの日。
それから俺は色んなものに目を向けるようになった。
そう、俺の世界が色づき始めた気がした。
「絵橙、今先生書いてた文字メモっといたよ」
「ありがとう」
「お、ジャスト。お腹すいたから早く授業終わんないかなー」
後ろから楓が呟く。
時計を見ると「12:00」
俺も早く終わらないかなとつくづく思う。
楓がそっとメモしてくれたものをノートに写す。
だいたいの先生たちは知っているようだが、関わりの浅い先生だと、俺の色覚障害を知らないのか忘れている先生もいる。
黒板の赤い字が黒板に描かれると楓がいつもメモをしてくれる。
夜瀬さんに俺の見え方について話した、ということを楓にも話そうと考えていた。
小学生ぶりに手に取る赤色と橙色。
使う時に隣にいて欲しいのは、楓しかいない。
お昼休み。
楓と一緒に空いている教室を見つけ、お昼ご飯を食べる。
「お、今日はサンドイッチ!ラッキー」
楓はサンドイッチを嬉しそうに食べる。
俺はお弁当を開けた後、机の下に手をしまった。
「ねえ楓」
「ん?」
俺は自分の手を強く握りしめ、深呼吸をした。
いくら親友といえども、改まってこういう話は緊張した。
「俺さ、夜瀬さんに色覚障害ってこと伝えたんだ。赤色と橙色が分かんないって。そうしたら、自分と全く同じ世界を見ている人なんていない、自分が見えるように描きたいように......何色かを決めるのは自分って言ってくれたんだ。それが凄く心に刺さって...。だから俺、これからは赤色とか橙色も使って描きたいって思ってる。赤色と白色を混ぜてピンク色を作ったり、赤色と青色を混ぜて紫色も使って絵を描きたい......群青色だけじゃない他の空も描きたいって思えたんだ」
楓は、食べかけのサンドイッチを置いて外を見た。
楓はこの俺の思いをどう受け取っているのか......。
「絵橙ー」楓が俺の名前を呼んだ。俺は楓を見た。
「やっと言ってくれたな」
「え......?」
俺には、その意味が分からなかった。
楓は微笑んで俺の方を向いた。
「絵橙がさ、たまに俺が床に広げてある絵の具とか俺の絵をなんだか羨ましそうに見てたり、あと絵橙の絵見てると分かるんだよ。もっと色を使って描きたいって思いが出てる。それに、お前は本当にいい絵を描くからもっと自分の世界を自分だけの色で描いてみてもいいんじゃないの?まあ、俺には絵橙が見ている世界が分からないから何とも言えないけど、自分の描きたい絵を我慢せず描いてみろ、挑戦してみろ!絵橙ならできるから」
楓はずっと分かってくれていたのか......。
言った通り、俺はたくさんの色を使って描いている楓が羨ましかった。楓の絵を見ていると、俺も赤色と橙色を使いたいなと思ってしまっていた。しかし、羨ましいなどと簡単な気持ちじゃない。
俺は、楓の絵を見て触発されていたのかもしれない。
楓は自分の思う絵を描き続けている。何かを何色と決めるのはやっぱり自分なのかもしれない。
改めて楓はそれをずっと教えてくれていた。
「楓、ありがとう。俺、やってみるよ。だから部活の時、色の感覚を目で掴みたいから最初手伝ってもらってもいいかな?......1番最初に描いた絵を夜瀬さんに見せたいんだ」
本当は、夜瀬さんに見せることを楓に伝えるか迷ったが、俺を変えてくれた1人として言いたかった。
「いいに決まってるだろ!任せろ!ちなみに見せるのはあーあのー......ちょっと待って」
楓はそう言ってスマホを見た。
「あ、そうそう、前に桜さんから教えてもらったんだ!夜瀬さんの誕生日、11月1日だって!その日に見せてあげなよ!あと1ヶ月あるからまだ間に合う、大丈夫だ」
「11月1日か......。1ヶ月......、うん!そこまでに仕上がるように頑張るしかないな。ありがとう、楓!」
「おう!今度俺にもなんか描けよ〜」
楓はそう言って、俺のお弁当から玉子焼きを奪った。
「おい!玉子焼き!」
「美味しそうだったからつい!はい、俺のサンドイッチあげるよ!......あ、意外と時間ないぞ!急いで食べるぞー」
いつも通りの楓だった。
楓に続いて、俺も急いで食べ始めた。
俺の親友は、俺以上に俺のことを分かっていた。
すごく嬉しかった。
群青の世界に新しい色が生まれた気がした。