「よかった。間に合った」
俺はスマホの時間と、まばらだが校門を歩いている人を見て安心した。
靴箱に行き、お母さんが綺麗に洗ってくれた上靴と履き替える。
今日は久しぶりに友達と会う始業式ということもあり、俺の周りは明るい声で賑わっていた。
あー、ちょっと緊張してきた。
高校生最後の年ということ。
そして進路もそうだけど、これから発表されるクラス替え。
この緊張はいまだにかき消すことはできない。
登校してきた人は去年のクラスに荷物を置き、そこから各自体育館に移動をしてそのクラスごと座る。
これは春休み前に分けられたプリントに書いてあった。俺はそれをちゃんと覚えていた。ひと足先に3年生の教室に行くのは、さすがに恥ずかしいと思ったからだ。
俺は時計を見た。
あと5分で始業式が始まる。
急いで去年のクラスに向かった。
廊下を軽く走っている俺は、去年のクラスに行くのがなんとなくワクワクしていた。
久しぶりにみんなと顔を合わせる。髪型や身長、そして顔つき。春休みでどう変わっているのか、変わっている人はいるのか。
そんなことを考え、思わず口角が上がる。
勢いよく教室に入った。
しかし、教室に着くと荷物は机に置いてあるがもう誰もいなかった。
まじか、もうみんな行ってしまった。
俺は荷物を机の上に放り投げ、体育館へと急いだ。
もうほとんどの生徒が体育館へと行ってしまった。
「タタタタタッ」静かな廊下に俺の走る音だけが響く。
こうやって廊下を思いっきり走れるのは、時間ギリギリの人にとって小さな醍醐味である。
まだ始まってない、よかった。
体育館はたくさんの生徒の声で響き渡っていた。
中に入ると、右の方には吹奏楽部の人が座っていた。
最後の確認だろうか......。なんの音か分からないが、一斉に音を出していた。
あまり気にしてこなかったが、始業式の入退場では毎年吹奏楽部が演奏をしていた。
入場では新しい先生たちに向けて。そして退場では新しい教室に向かう俺たちへ。
前の方を見ると、見覚えのある子がいた。
「あ......あの子」
先ほど俺とぶつかった彼女は、1番前の列の1番右側に座り、チラチラと周りを確認しながら楽器を吹いていた。
あれはたしか......クラリネット......か?いや、違うか?
彼女が持っていた黒い楽器は、音楽の教科書で見たことがあった。
始業式のこの演奏のためだけに朝あんなに急いでいたのか。朝っぱらから大変だな。
彼女は今朝の焦っている姿とは違い、冷静な様子だった。
何年生なんだろう。
俺はちょっと背伸びをして、椅子の隙間から上靴の色を見る。
あれは......黄色か。
俺と一緒の黄色の上靴ということは同じ3年生だったのか。
「白川、もう着席しろよ」
「あー、はい」
後ろから去年の担任が声をかけた。
もう始業式が始まる時間だったらしい。
俺が席に着くと同時に、入場の演奏が体育館いっぱいに鳴り響いていた。
今日の始業式に相応しい晴々とした行進曲だった。