夏休みが始まって何日か経った。
 時計を見ると、
 「12:03」
 俺は、桜さんから貰ったチケットを何回も手に取り、日時を確認していた。
 今日は8月1日、日曜日。
 そう、吹奏楽部の夏の演奏会。
 えっと13:30から開演で、13:00から開場だからもうそろそろ出るか。
 家の中を転ばない程度に駆け回り、エアコンや電気、ガスや窓を確認した。
 「行ってきます」
 ドアを開けると眩しい太陽が顔を出した。
 両親は日帰りの出張へと朝急いで出て行ったから、鍵を閉めていつもとは逆の方向へと足を向けた。

 学校とは真反対にある海が見える文化会館の大ホール。俺は歩いて会場へと向かった。
 正直不安でたまらなかった。
 昨日までは彼女の音楽を聞ける、大丈夫という気持ちだったが、いざとなると彼女に合わせる顔がないと思ってしまう。
 なに弱気になってるんだ俺。
 「ペチッ」
 俺は自分の頬を両手で軽く叩いた。
 彼女とちゃんと向き合ってまた話せるようになりたい。
 そうだ!
 俺は立ち止まり、ポケットからスマホを出した。
 「えっと桜美凪さんっと」
 桜さんのアイコンを押した。
 桜さんと夏休み前に話した日、部活に行こうと廊下を走り出そうとしていた彼女に俺は、「連絡先を交換したい」と伝えた。
 なんとあっさりOKをもらえた。
 「何かあったらまた連絡するかも」と伝えると、「演奏会の当日は13:00くらいまでスマホが触れるからもしなんかあれば連絡して大丈夫だよ!」と言ってくれた。
 俺はその言葉に甘えて、メッセージを送った。
 〈♪桜さん、忙しいのにごめんね。今、会場に向かってます。それで一つお願いがあるんだ。演奏会が終わった後、夜瀬さんに海岸沿いの青いベンチに来てほしいって伝えてくれないかな?〉
 送信っと。
 今日行く会場の横の海岸沿いには、カラフルな色のベンチがある。
 小学生の時に行って、見たことがあるからかすかに覚えている。申し訳ないが、青いベンチが俺にとって1番分かりやすいからそうした。
 〈♪ピコン〉
 スマホを見るとすぐに返信が来た。
 《♪了解!楽空には伝えておくね!15:20くらいに終わってそれからそっちに行けると思うよ!でも学校に帰る時間が16:00前後になってるからそれまでだと思うけど...!》
 〈♪了解。桜さんありがとう〉
 俺は再び歩き出した。

 雲ひとつない青空と、かすかに聞こえてくる波の音が俺の背中を押していた。