『美凪と絵橙』
夏休みまであと1日。
夏休み前の最終日の今日は、午前中で終わるという嬉しい日。
でも午後は部活があるから関係ない。
わたし、桜美凪はある人に今日伝えなくてはいけないことがある。
大丈夫、あの2人のために。
帰りの挨拶が終わった。
よし、
「美凪、部室行ってご飯食べよう」
「え、あーうん!ちょっとすぐ行くから先に行っててくれる?」
「分かった、待ってるね」
楽空はそう言って部室へと向かって行った。
最近楽空は元気がない。
なぜかは分かっている。前に部活帰りの時に話してくれた。女の子同士って意外と相談し合うんだよね、私たちだけかな?
楽空はわたしに相談した時、涙を流した顔は見せまいと、必死に我慢しながら話した。そんな姿を見て、わたしにできることはないかと考えた。そして塾が一緒で最近よく話す、白川くんと仲がいい鈴宮くんに連絡をとった。2人にもう一度向き合うチャンスをあげたい。
その思いは一緒だった。
「白川くん!」
「え?......なに?」
「ちょっと来て!」
わたしはその思いを届けにきた。
なんだなんだ??
桜さんはそう言って、俺の腕を強く引っ張って教室を出た。なんで桜さんが俺なんかを呼ぶんだ?
俺は分からないまま桜さんに引っ張られ走った。
3階に着いて1番左奥の教室。そこへと入った。
「あ、ごめんね、腕引っ張っちゃって」
「いや、大丈夫......」
彼女は俺の腕を強く握っていた。桜さんって意外と力が強いのかな?本人には言っちゃいけないような気がするから言わないけど、そう感じた。
「今日は伝えたいことがあって」
「伝えたい......こと?」
「そう、楽空のことで」
夜瀬さん......のことか。
どうせ俺は悪口でも言われるんだろう。桜さんの友達を傷つけてしまったんだから。そう思った。
「楽空はね、かっこいいしすっごい努力家なの」
「え......?」
桜さんは自分の手を強く握りしめて言った。
「今年の吹奏楽部3年生、わたしと楽空の2人しかいないじゃん。わたしはパーカッションっていう打楽器、楽空はクラリネットっていう管楽器。わたしは吹く楽器じゃないから音色とか音程とかあんまり分からないんだよね。楽空が前に立って練習を仕切ったり、練習メニュー考えたり、部活を引っ張ってる。自分がやらなきゃっていう思いが人一倍強くて、自主練だってたくさんしてる。1人で見えないところで努力してるの」
彼女は人が見えないところで、多くの時間を使って努力をしていた。それは薄々分かっていたが、俺はそれを一瞬で傷つけてしまった。何やってるんだ俺は。
「それでね、白川くん」
「え......?」
桜さんは俺の方を見た。
「楽空はね、白川くんの絵のことをいつも楽しそうに話すの。わたしはあの時しか見たことなかったから分からなかったけど、白川くんのあの青い絵を見た後、部室に戻った時、クラリネットで聞いたことがない曲を吹いてたの。すごく綺麗だった。あれは白川くんに向けた音じゃないかなって思ったの」
彼女は俺の絵を見た後、本当に音で表現してくれていたのか。ピアノだけではなくクラリネットでも。
彼女は、俺の色に音を重ねてくれていた。
すると桜さんは、ポケットから何かを取り出した。
「白川くんこれ」
「......ん?」
これはチケット......か?
そこには音符や楽器のイラストが描かれていた。
「8月1日の日曜日、夏の演奏会があるの!白川くんに来てほしい。私たちの演奏、ううん......楽空の音を聞きに来てほしい!」
桜さんの大きな目がますます開いた。そして笑った。
「もちろんわたしのドラムもね!じゃあわたし部活行かないとだから!絶対来てよ!じゃ!」
桜さんはそう言ってドアの方へと向かった。
俺はもう一度彼女と向き合ってみたい。
そして彼女の音をまた聞きたい。
彼女に俺の思いを話してみたい。
ありがとう桜さん、楓。
「桜さん!教えてもらいたいことがあるんだけど!」
俺はスマホを持ちながら、廊下を走っていく寸前の桜さんを呼び止めた。
わたしは部室のドアを開けた。
「お待たせ楽空!!」
「遅いよ美凪ー!先に食べちゃったよ!」
「ごめんごめん!」
「早く食べなよー、わたしちょっとクラ(クラリネット)出してくるね」
「うん」
楽空はそう言って楽器の倉庫へと向かった。
楽空、もう大丈夫だよ。
部活に行こうとしたが、白川くんに呼ばれて振り返った。
わたしは白川くんの顔を見た。
わたしにはそれが誰かを想い、何かを決心した顔に見えたから。