今日は高校生最後の始業式だ。
 俺は慌ててスマホで時間を確認した。
 「7:59」
 あと、1分。やばい。

 俺は急いでブレザーを着て階段を勢いよく降りる。
 さすがに高校3年生にもなって、しかも始業式という始まりの日に遅刻はしたくない。
 玄関に座ってその隣にリュックを置いた。
 あれ?ローファーがない。
 どこだ?
 いつもなら置いてあるのに...。
 ......ああ、ここか。
 春休みという長い休みがあったからなのか、靴箱を開けるとちゃんとローファーがしまってあった。
 取り出すと綺麗になっていた。
 お母さんか。

 俺はローファーに足を入れて立ち上がった。
 久しぶりにローファーを履くと、なんだか身が引き締まる思いになる。
 俺は、鏡を見ながら服装は変ではないか、髪型は大丈夫かと、ブレザーと髪の毛を触りながら容姿を確認してリュックを背負った。
 ガチャ。
 するとリビングのドアが開いた。
 お母さんとお父さんが俺の方まで駆け寄って来た。
 「絵橙(えりと)!行ってらっしゃい!気をつけてね!」
 「絵橙頑張れよー!」
 「おう、行ってきます!」
 ただの始業式なのに、なぜだか入学式みたいに思われている。
 俺の両親はいつもこうやって時間があるときは見送ってくれる。
 高校3年生にもなって恥ずかしく感じるが、俺はその両親の優しさに甘え、嬉しさを感じていた。
 そしてお母さんがいつも言ってる、「気をつけてね!」には、俺にしか分からない意味がある。
 さすがにもう大丈夫なのに。



 また新たな春が始まる。
 暖かく心地の良い日差しがしっとりと降り注ぐ。
 白川絵橙(しらかわえりと)は空を見上げる。
 雲ひとつない青い空とともに、たくさんの桜に目を奪われながら桜の花びらが散る道を歩く。

 「おっと」
 止まれ......か。

 信号を見て止まり、色が変わるのを待つ。
 俺は再び空を見上げた。
 
『バディターブルー』

 今日の空はそんな感じの色をしていた。
 空を見ると、今日の緊張を吸い込んでくれそうな気がする。
 「すうーはあー」大きく息を吸って吐く。
 周りに誰もいないことを確認して「んあー」と声を出しながら、これでもかと思うくらいの手を上げて伸びをした。
 スマホを見たらもう15分前。
 「やばい、急がないと」

 『青』
 信号の色が変わったと同時に、俺は学校へと急いだ。
 だがその瞬間、後ろから誰かが走ってきて俺の肩にぶつかった。
 「いてっ」
 俺は少し前のめりになったが、なんとか転ばずに済んだ。
 「ごめんなさい!!大丈夫ですか?!」
 声を聞き、咄嗟に振り返った。
 そこには同じ高校の制服を着た女の子が心配そうに俺を見つめていた。
 黒く長い髪を後ろで一つに結び、春の暖かな風がそれを揺らしていた。
 今日は始業式だけなのに何でよくも分からない黒い鞄を肩から下げているんだ?これは楽器......か?
 彼女が「ああ!」と声を出した。
 すると彼女は俺の手を引いて、急いで横断歩道を渡った。彼女の細い指が俺の手を握っていた。
 「危なかったー。もうすぐ赤になりそうだったよ」
 そう言って彼女は俺の手を離した。
 こんな風に女の子から手を握られることはなかったので俺の手は固まった。
 すると彼女は、スマホをポケットから取り出した。
 「本当ごめんなさい!わ!やばいもう行かないと!じゃあ!」
 俺も遅刻ギリギリかもしれないのに、彼女は俺以上に焦っていた。
 「大丈夫です。俺の方こそすいません」
 って、え?
 この言葉を言った頃には彼女はもういなかった。
 前を見ると彼女は、桜が散る道を勢いよく走って行った。俺は、そんな彼女の後ろ姿を見ていた。
 重そうな荷物なのによく走れるなーって、
 「俺もやばいじゃん!」
 俺も勢いよく学校へと走って行った。