〈♪俺は夜瀬さんの方に話をしてみるよ〉
 《♪じゃあわたしは白川くんをどうにかして来てもらえるよう説得するよ!》
 〈♪2人のためにもできるところまでやってみよう〉
 《♪うん、やろう!夏休みまでに!》


『楓と楽空』


 月曜日。
 夏休みまであと5日。
 俺、鈴宮楓には果たさなければならないミッションがあった。
 「さようならー」
 いつもなら誰よりも帰る俺だが、今日は違う。
 「楓今日どうしたん?いつも早く帰んじゃん!」
 隣の席の山本がそう言った。
 「ちょっと今日は居残りなんだよ」
 「何したんだよ楓!その校則ギリギリの髪の毛か〜」
 「違うわ!!」
 「じゃあ頑張れよ〜」
 山本は笑いながらそう言って帰っていった。
 「楓、居残りなの?どうした?」
 絵橙が振り向いて聞いてきた。
 「いや、大したことじゃないよ、すぐ終わるし!絵橙、気をつけて帰れよ!!」
 「お、おう」
 そう言って絵橙を教室のドアの外まで見送った。
 絵橙まじで元気ないなー。早くどうにかしてやらないと......俺たちで。
 そして俺は3階の教室へと向かって勢いよく走り出した。


 階段上がり、向かって左奥の教室。
 チラッと様子を見ると、長く綺麗な黒い髪を一つに結んだ、外を見つめている彼女がいた。よし、
 「お待たせ、夜瀬さん」
 彼女は振り返った。
 「鈴宮くん!美凪からで鈴宮くんが話したいことがあるって言うからここに行くよう言われたんだけど......」
 「そうそう!ちょっと相談があって......」
 「相談??」
 「絵橙のことで......」
 「ああ、白川くん......」
 彼女は目線を下に落とした。
 「詳しくは聞いてないんだけどさ、......絵橙はそんなひどいことを言うやつじゃないから。楓なりに抱えているものの、伝え方が分からなかっただけだと思う」
 夜瀬さんは下を向いたままだった。
 一息ついて俺はまた話した。
 「俺さ、中学校の時、女みたいな名前でいじめられてたんだ。俺、悔しかったけど言い返せなかった。でもその時、絵橙が助けてくれたんだ。親が必死に考えた名前を簡単にバカにするな!って。そのありがたさが分かんないのか!って。その時の絵橙がかっこよくてさ、その時思ったんだ。絵橙は自分の名前を大切にして生きている。俺も、自分の名前をもっと大切にしようって。だからさ、絵橙はたぶんまだ夜瀬さんには伝えられてない事情があって君を傷つけてしまったと思う。もう一度、絵橙とちゃんと向き合ってくれないかな......」
 伝えたいことは伝えられた。
 夜瀬さんを見た。
 彼女は静かに何度も頷いていた。
 「うん......。分かってるよ。白川くんはそんなこと言う人じゃないって、思う人じゃないって。でもね、なんか言われた言葉を聞いてそうなのかもしれないなーとか思っちゃったの。でもわたしも白川くんはひどいことは絶対に言わない人だと思う。......何か事情が合ったんだよね。だってあんなに繊細で綺麗な絵を描くんだから。......でもわたし、白川くんが大切に描いている青色を否定してしまったかもしれない。ひどいのはわたしの方だよ......何にも白川くんの抱えている気持ちを考えずに聞いてしまったの......」
 彼女の声はどんどんか細くなっていった。
 夜瀬さんは自分自身が絵橙を傷つけた、と言っている。
 俺はひと呼吸し、夜瀬さんの方を見て言った。
 「絵橙はきっと、夜瀬さんにいつか本当の自分を見せてくれると思うよ。その日までどうか待っててあげてくれないかな......。絵橙の色には、絵橙だけにしか分からない色の意味があると思うんだ。大丈夫。絵橙は夜瀬さんのこと大切に思ってるよ、俺は幼馴染みで親友だから絵橙のことは誰よりも分かってる!信じて」
 すると、彼女はゆっくりと顔を上げた。
 「白川くんには鈴宮くんっていう頼もしい人がいるんだね...うん、もちろんだよ。いくらでも待つよ、わたし。......白川くんのために」
 彼女の顔は絵橙を信じている、という表情だった。


 もう大丈夫だよ、絵橙。
 俺は、彼女が涙を我慢しながらも絵橙を想っているそんな姿を見て確信した。