あの日、夜瀬さんと海に行った日。
それ以来俺たちは話していない。
教室や廊下ですれ違っても何も言わず、目も合わさずにしていた。もう合わせられなかった。目が合うのが怖かった。もう描く気にもなれず、毎日のように無意識に見上げていた空が、気づけばあの日のことを考えながら意識的に見上げるようになった。
せっかく夜瀬さんのことを知って、仲良くなれたのに振り出しに戻る以前に戻れなくなっていた。
ちょっと開けたような俺の世界がまた暗い群青色へと塗り替えられていった。
俺は群青色以外の色に手を出さない方がいいのかな?
ある日のお昼休み。
いつものように楓とご飯を食べ終わり、休憩がてらスマホをいじっていた。
「なんか最近絵橙元気なくなーい?部活する日も減ったし」
「別に普通だよ。ちょっと気分じゃないだけだよ」
「そーなんね、ま、そーゆー時もあるよなー」
楓はずっと俺を気にかけてくれていた。そんな姿が俺には苦しく思えた。楓になら言ってみてもいいだろうか。
「あのさー楓」
「どうした?」
俺は意を決して、楓に今抱えている思いを言った。
「前にさ、俺、夜瀬さんにひどいこと言っちゃったんだよね......。でも本心じゃなくて、その場の俺の感情が先走って言っちゃったというか......。気づいたら手遅れになってた。夜瀬さん泣いてたんだよね......。ひどいやつだよな、俺。どうしたらいいんだろう......、俺もう夜瀬さんと話すことできないのかも」
初めて楓にこんな相談をした。
楓には俺がどんな風に映っているのだろう。
ひどいやつ......だろうか。
「絵橙」
いつになく真剣な声で俺の名前を呼んだ。
顔を上げると楓と目が合った。
「絵橙が夜瀬さんのことを本当に傷つけたかどうかは俺には分からない。それは夜瀬さんしか分からないことだ。俺は絵橙がひどいやつだとは一度も思ったことはない、今もだ。夜瀬さんともう一度向き合ってみるべきだと思う」
向き合う......。
「......俺には無理だ、できない」
もう、そんな資格は俺にはない。
彼女の好きなものを傷つけてしまったのかもしれない。
「よし、絵橙。俺に任せろ」
楓が立ってそう言った。
「......え?」
「絵橙が初めて俺にこんな相談をしてくれたんだ、俺に助けさせてくれ」
俺は楓にいつも助けてもらっているのに頼ってもいいのだろうか。
その時、
「絵橙!たまには俺を思いっきり頼れ!お前はもっと人に頼ってもいいし、話したいことは話していいんだよ!」
楓はまっすぐ俺を見てそう言った。
楓のこんな真剣な顔は絵を描いている時以外初めて見た。
こんなことを言ってくれるのは楓だけだ。
「ありがとう、ちょっと頼むよ」
「おう!」
俺は初めて誰かに相談し、頼った。
俺にはこんなにも頼もしい親友がいる。
ベッタリとした群青色の絵の具の中に、透き通るような水が少し注がれたような気がした。