彼女は目をつぶった。
何かを思い出すかのように。
そしてゆっくりと目を開け、彼女の柔らかい指が音を奏で始めた。
〈ソーレソシソーファミレーレミシー・・・〉
音が鳴った刹那、彼女の音楽が俺の世界に入り込んできた。
心地の良い音が重なり合っていた。
彼女が言っていた、レとソとシを中心として音楽は成り立っていた。
左手が織りなす伴奏が、空と海を上手く調和させているかのようで、自然と自分が描いたあの絵が浮かんできた。
あんな青ばかりの絵がこんなにも雄大で、美しいなんて俺は気づかなかった。
彼女は愛おしそうに鍵盤を見つめながら、時に目をつぶり何かを思い出すかのように弾いていた。
彼女が見ている世界はどんな色だろう。
俺は彼女を見てそう感じた。
〈ソー〉〈ソー〉
両手の〈ソ〉のオクターブで音楽は終わった。
彼女の顔を見た。
彼女の奏でるピアノには、遠く、一途な誰かへの想いがあったような気がした。
表情を見て、俺はそう感じた。
「白川くん?」
「ふえ?!」
「大丈夫??」
「......うん......大丈夫、ごめん」
声を掛けられ気がつくと、驚くと同時に見入ってしまった。
彼女の白く綺麗な顔が近くにあった。
完全に彼女がつくる音楽に飲み込まれていたのだ。
「ごめん!言葉が出ないくらいに素晴らしかったんだ......。夜瀬さんは本当にすごいよ!俺なんかの絵でピアノを弾いてくれてありがとう」
そう言うと、彼女は立ち上がった。
「ううん、こちらこそありがとう!正直なところ、白川くんに変に思われないか心配だったんだ。でも今日の白川くんいつもと違ってて、なんというか意外としっかり意見を持ってて色々聞くことができてよかった!」
彼女は俺と出会ってから今、1番いい笑顔を見せた。
思わずその笑顔にドキッとしてしまった。
いやまて、いつもと違っていた......?俺が?
口には出さなかったが、ちょっと恥ずかしい気持ちになった。
そういえば楓が言ってたな。話す人が増えると色々と知ることができる、と。
お互いに新しい一面を知ることができた、ということか。
悪い感じはしなかった。