5月に入って2週目の月曜日。
彼女との約束の日。
これから夜瀬さんと会うことは楓には言っていない。
たとえ幼馴染みで親友でも、少し恥ずかしい気がして言わなかった。
音楽室、というよりかは部室か。
半透明のガラス窓からうっすらと中の様子が見えた。
俺はスマホで時計を確認した。「15:29」
今ドアを開けた。
ドアは鍵がかかっていなかった。夜瀬さんが開けてくれていたのだろう。
たくさんの椅子に楽器をしまう箱。
大きさの違う太鼓に、あれはたしか、木琴と鉄琴か?
教科書で見たことある楽器もあれば、初めて見るような楽器が置いてあった。
そして中央にはドラムが置かれてあった。
ドラムはよく好きなバンドやテレビでも見かけるから自然と目に入った。
すると、
「ちょっとクラリネット片付けるから待ってて!」
聞こえた声の方に目を向けると、彼女は椅子の上に置いていた箱の中に慌ててクラリネットをしまっていた。
「え、しまっちゃうの?聞いてほしいってクラリネットの演奏とかじゃなくて?」
「違うよー!私が白川くんに聞いてほしいのは、あ!れ!」
彼女は指差したのは誰もが知っているピアノだった。
でもなぜピアノなんだろう、クラリネット以外でもピアノも練習するよう言われているのだろうか。
俺はピアノの方へと近づき、床に鞄を置いた。
彼女はクラリネットをしまうと、たくさん置いてある椅子の間を慣れた動きで華麗に避けていき、ピアノの蓋を開けて椅子に座った。
そして俺はピアノの横へ行き、鍵盤が見える位置に移動した。
何を弾くのかと思ったが、彼女は鍵盤の上に指を乗せなかった。
そう、彼女は一音も弾かずに話し始めた。
「私さ、クラリネットも好きだけど、それよりもピアノの方が好きなんだよね」
「え、そうなの??」
俺は驚いたと同時に、どうして?という疑問を浮かべた。
すると、俺の方から聞かずとも彼女の口がすぐに答えを教えてくれた。
「ピアノの方がさ、自分で色んな音を重ねられるから好きなの。それでね、私の進路と夢の話を聞いてくれないかな?」
彼女は首を傾げながらまっすぐ俺の目を見て言った。
誰かとこんな風に近くで目を合わせたのはいつぶりだろう。
静かな音楽室。
不思議と彼女についてもっと知りたいと思った。