まって......さっき......仲良くなりたい、って言ってなかったか..?
 こんな俺と仲良くなりたいなんて夜瀬さんは変わっている。

 何を聞かれるのだろう......。
 俺はますます不安になった。
 
 目線を下に落とすと、
 「白川くんは進路とかって決めた?」
 「っんん?え?進路?」
 俺はどっから出たのかも分からないような変な声を出してそう言った。
 それと同時に、至って普通の会話だったから思わず顔を上げてしまった。
 彼女はそんな俺の焦り具合を見たからなのか、少し笑っていた。

 『進路』
 俺は高校に入ってからはもう決めていた。
 さっきの焦りが落ち着くよう、ひと呼吸おいて話した。
 「絵を描くことが好きだから、やっぱり美術の勉強ができる大学に行って、いつか自分の個展とかやれたらいいなー」
 そう言った瞬間、窓から心地よい風が入ってきた。

 うわ、恥ずかしい......!

 進路って言ってたのにその後の夢まで言ってしまった。
 俺はなんで夜瀬さんにこんな話をしているんだ。
 見ていなくとも、自分の顔が赤く熱くなったのが分かった。
 風が頬に触れて早く鎮めてくれるのを願う。
 すると彼女は、
 「そうなんだ!素敵な夢だね!教えてくれてありがとう!」
 彼女は嬉しそうに、そして少々俯き(うつむき)気味にそう言った。

 そんな彼女を見て俺は思った。
 まだ彼女と初めて話してから数日しか経っていないのに、どこか今日の彼女はいつもとは違い、落ち着いているように見えた。

 そして青空とともに見た彼女の横顔は、綺麗だった。
 全体から見るとすらっとして大人っぽい。
 
 そうか......。
 いつもの彼女は、本当の自分を取り繕っているかのように明るく振る舞っていたのか。
 

 俺は今日、彼女の新たな一面を知った。
 なぜだか分からないがそう感じた。

 「ねえ、再来週の月曜日また話せないかな?っていうか聞いてほしいことがあって!」
 「え、再来週?」
 「そう、えーっと5月に入って2週目の月曜日。ちょっと来週はやることがあって......だから、部活がない再来週のこの日がいいの」
 彼女は俺の目を見てそう言った。
 そんなに俺に話したい、いや聞いてほしいことがあるのか。
 彼女の目を見ると、「お願い!」という声が聞こえてきそうな気がした。
 「いいよ。俺も月曜日は部活やらなくて空いてるから」
 「本当?!ありがとう!!じゃあ再来週の月曜日の......えーっと、15:30に第二音楽室に来て!待ってるから!」
 「分かった。でもなんで第二音楽室なの?」
 この学校には第一音楽室と第二音楽室がある。
 第二音楽室は部活で使っているのか?
 「えっとね、第二じゃないとね鍵借りられないから」
 彼女は柔らかな笑顔でそう言った。
 そういうことか。部員だから第二音楽室は借りられるってことか。
 でも話すだけなのにそこに行く必要はあるのか?
 そんなことを考えていたけれど、口にはしなかった。
 「じゃあよろしくね!......あ、今日はありがとう!話せてよかった!また再来週に!忘れないでよ!!」
 「ッフ、分かったよ。じゃあ頑張って」
 「うん!バイバーイ」
 彼女はクラリネット片手に手を振った。
 彼女の見開く目と必死さにちょっと笑ってしまった。

 俺は立って教室の扉へと向かった。
 〈ラレレー・・・〉
 彼女の透き通るようなクラリネットの音が響いた。
 思わず振り返る。

 一本の筆のように姿勢がよく綺麗だった。
 音に合わせて動く、彼女の一つに結んである黒い綺麗な髪の毛が揺れていた。
 再来週はどんな話が聞けるのだろう。いや、演奏か?
 俺はそんなことを考えながら歩き始めた。


 『少し縮まった距離』
 あとどのくらいになったら彼女に本当の自分を見せられるのだろう。