「夜瀬楽空(よるせらら)。吹奏楽部でクラリネットをやってるの!よろしくね」
 クラリネットを胸の位置で掲げて彼女は言った。
 夜瀬さんだった......。
 「夜瀬さん......!よろしく」
 次の瞬間、彼女の口が開いた。
 「私も空好きなんだよね!よく見ちゃうの」
 空か......。
 俺も空は好きだ。
 「なんで好きなの?」
 俺は思わず彼女に聞いていた。
 「んー、話すと長くなるからもうちょっと仲良くなったら教えてあげる!」
 彼女は笑ってそう言った。

 なんだそれ。
 俺は仲良くなりたいなんて一言も言ってない。
 大雑把な人だな。いや、自由闊達(じゆうかったつ)な人とでもいうべきか。
 「ねえ白川くん」
 「ん?」
 「ずっと気になってたんだけど、白川くんの絵って青系の色ばっかりだよね。群青の絵というか......。なんか意味はあるの?」
 彼女は俺の方を見つめて言った。
 俺はヒヤっとした。
 悪気がないことはわかっている。
 今までこんな風に目の前で、このことについて聞かれたことはなかった。
 言葉に詰まりそうになったが、俺は平然を装い、いつものような口調で青色の絵の具を手にしながら言った。
 「青い空が1番好きだし、青色は心を落ち着かせてくれる色だから」
 俺は平気な顔で嘯いた(うそぶいた)。
 「うんうん!白川くんの青色すごくいい!」
 俺の、青色じゃないんだけど......。
 まあ別になんとも思ってないみたいでよかった。
 「私はねー、空だったらいつの時間も好きだけどなー。うーん......でもやっぱり昼間もいいけど、1番夕焼けの空が好きだなー、ほら!今の空のような茜色のね」
 彼女は外を指さしてそう言った。

 俺は彼女の指の動きに合わせて思わず外を見た。
 さっきぶりに見る景色だった。
 「わー、綺麗だね!特にあそこの赤とオレンジが混ざったところ」
 話を合わせるために、彼女の目線と指をさしている方向を見た。
 そして俺は、彼女の言葉に対してそれに沿うような言葉を言った。
 「うん、そうだね。あそこの赤とオレンジの色、綺麗だね」
 「でしょー!やっぱ夕焼けの空は心が落ち着くなー」
 落ち着けるわけがない。

 『かすなかコバルトブルー』
 『イエローオーカー』
 『ブラウンオーカー』
 『シルバーホワイト』

 青色、黄色、茶色、白色。

 俺には、この色しか目には映らなかった。