ひと段落ついたところで時計を見た。
 「17:59」
 もう18時近い。手を洗ってくるか。
 俺はゆっくりと席を立ち、教室を出た。
 この時間になると、教室に残っている人はほとんどいない。人もまばらで、吹奏楽部の練習している音が学校中に響いている。

 水道で手の汚れを落としながら、独り言を言うかのように心の中で喋る。
 楓がいない分、話す人がいないとどうしても描くのに集中して帰るのが遅くなっちゃうな。
 あとあんまり遅いと、お母さんとお父さんが心配してしまう。世間でいうと過保護というのかな?

 色覚障害と分かってから今日まで、両親は俺に気を遣っているのは目に見えている。

 トマト
 いちご
 りんご
 そして色彩豊かな絵本

 食べ物に限らず、赤色や橙色など明るい色を俺にあまり見せないようにしていた。
 そう、お弁当に入っていたトマトは黄色。
 赤いトマトを最後に見たのは小学生。

 俺の色はそこで制限されたんだ。
 
 両親は絵本を制作している時も、俺が赤色と橙色を使っている、と気づかぬよう見せないように隠したりと工夫していた。
 気遣ってくれているのは分かっているが、それを見て俺は時々辛くなる。


 『本当はたくさんの色を使って絵を描きたい』
 『この心から掬い上げた思いを誰かに話してみたい』

 いつからだろうか......。
 そんな思いに、いつしか俺は駆られてしまった。
 こんなことを誰かに話せる日は来るのだろうか?
 聞いてほしいが少し怖いようにも感じる。

 手を洗い終わると、こんなことをこの数分で考えていたことに驚いた。
 廊下を歩いている時に、窓から海と空が見えた。
 その瞬間、驚きはすぐに消え去り、心が切なくなった。