バルト・ラザフォードはいつになく焦燥感に駆られていた。
「なぜだ……なぜ、コーデリアは真実を知っているのだ!」
バルトは冷静沈着で頭が切れる敏腕伯爵として社交界では有名だ。けれど、今はそれが嘘のように落ち着きを失っていた。
それもこれも、全部コーデリアのせいだ。あの日──去り際に、彼女が捨て台詞のように言い残した言葉が気になって仕方がないのである。
「クソッ……!」
バルトは忌々しさのあまり舌打ちをすると、乱暴に髪を掻き乱した。
「落ち着いて下さい。きっと、でたらめに違いありませんわ」
そんなバルトを諌める声が響く。妻であるヘレンだ。
よく見てみれば、彼女の瞳にも不安げな色が宿っていたが、それを見咎められないように必死に取り繕っていた。
「し、しかし……コーデリアは、明らかに儀式の真相について何かを知っているような口ぶりだったではないか! あの話は極秘中の極秘。それをあやつが知るなどあり得ぬことだろう!? それなのに、なぜ……!」
実際問題、あの儀式の真相が世間に知れたら一大事どころの騒ぎではない。
だからこそ、あの時は動揺してしまったのだ。
(あれほど、慎重に事を進めていたというのに! 一体どこで情報を仕入れてきたのだ!?)
「……まさか、誰かに漏らしたんじゃあるまいな?」
バルトはヘレンを一瞥した後、少し離れたところで気まずそうな表情で立っているクリフとビクトリアを見やった。
すると、二人は慌てて首を横に振る。
「滅相もございません、お父様! 決して、そのようなことは……」
クリフの狼狽じみた顔には冷や汗が伝っている。
ビクトリアも、同じようなものだった。
「それなら良いが……。もし、あの儀式のことを口外したのであれば、ただでは済まさんぞ」
バルトが鋭い眼光を向けると、二人は震え上がった。
儀式の真相を知ることは一族内のごく一部の人間のみに限られ、口外することは固く禁じられている。
散々念を押しておいたから、彼らが口を割ることはないはずなのだが……万が一ということも考えられる。
バルトは、日頃からビクトリアのことを目に入れても痛くないほど溺愛していた。
だから、彼女の前でこのような態度を取ることなんて滅多にない。それだけ、今回の一件を重大に受け止めているのである。
その実──ラザフォード家は、昔から悪魔召喚の儀式を行ってきた。
なぜなら、悪魔の力を借りて一族内から優秀な魔導士を輩出するためである。
ラザフォード家が先祖代々、歴史に名を馳せるほどの魔導士を輩出してきたのにはそういったからくりがあった。
バルトは、愛娘であるビクトリアを世界的に有名な魔導士に育て上げることを人生の目標としていた。
そのため、彼女には幼い頃から英才教育を施していたのだが、その甲斐あってか彼女は若くして上級魔法を習得するほどの才能を発揮した。
しかし、いくらビクトリアが優秀だと言えど、やはり限界があった。上には上がいるし、世界的に見れば大したことはない。
彼女を歴史に名を馳せるほどの魔導士にするためには、やはり先祖の教え通りに悪魔の力に頼るしかなかったのだ。
そして、バルトは先祖代々行ってきた悪魔召喚の儀式を決行した。
なんでも、呼び出した悪魔は一族の中から生贄を捧げる見返りとして願いを叶えてくれるのだという。
幸いにも、バルトには疎ましく思っている子供が一人いる。彼女──コーデリアならば、生贄として捧げたとしても全く心が傷まないし、寧ろ好都合だった。
だが、誤算が生じた。あれだけ綿密に準備してから挑んだ儀式が失敗に終わってしまったのである。これは、予想だにしていなかったことだ。
本来ならば、今頃ビクトリアは世界でも指折りの天才魔導士の仲間入りを果たせていたはずだ。けれど、現実はそうはならなかった。
バルトにとって、生贄としての役目すらまともに果たせないコーデリアは邸に置いておく価値もない存在だった。それどころか、不愉快極まりなかったのである。
そんな時、タイミング良くウルス公爵家から「コーデリアを娶りたい」という旨の手紙が届いたのだ。
しかも、有り難いことにラザフォード家への経済的援助を申し出てくれたのである。ちょうど新しい事業を始めたいと思っていたバルトにとっては、渡りに船だった。
これ程の好条件が揃った話もないだろう。そう思い、バルトは二つ返事で承諾した。こうして、今に至るわけだ。
「疑うなんてひどいわ、お父様! ビクトリアは、今までお父様の言いつけを破ったことは一度だってなかったのに……それなのに、どうして信じてくださらないの!?」
「ビ、ビクトリア……」
涙ながらに訴えかける愛娘の姿に、バルトの心は激しく痛んだ。
彼女の健気さに感化されたのだろうか。先程までの焦燥感が消え去ったように思える。
(そうだ。私は、一体何を考えていたのだろう? こんなに可愛い我が子を疑ってどうする)
バルトは胸の奥が熱くなるのを感じた。
「そ、そうだな……悪かった。つい気が動転してしまってな……すまない、ビクトリア」
「お父様……!」
ビクトリアは瞳を潤ませると、勢いよくバルトに抱きついた。
(コーデリア……一体何を企んでいるのか知らんが、お前の好きにはさせぬぞ)
バルトは決意を新たにすると、ビクトリアの頭を優しく撫でてやるのであった。
「なぜだ……なぜ、コーデリアは真実を知っているのだ!」
バルトは冷静沈着で頭が切れる敏腕伯爵として社交界では有名だ。けれど、今はそれが嘘のように落ち着きを失っていた。
それもこれも、全部コーデリアのせいだ。あの日──去り際に、彼女が捨て台詞のように言い残した言葉が気になって仕方がないのである。
「クソッ……!」
バルトは忌々しさのあまり舌打ちをすると、乱暴に髪を掻き乱した。
「落ち着いて下さい。きっと、でたらめに違いありませんわ」
そんなバルトを諌める声が響く。妻であるヘレンだ。
よく見てみれば、彼女の瞳にも不安げな色が宿っていたが、それを見咎められないように必死に取り繕っていた。
「し、しかし……コーデリアは、明らかに儀式の真相について何かを知っているような口ぶりだったではないか! あの話は極秘中の極秘。それをあやつが知るなどあり得ぬことだろう!? それなのに、なぜ……!」
実際問題、あの儀式の真相が世間に知れたら一大事どころの騒ぎではない。
だからこそ、あの時は動揺してしまったのだ。
(あれほど、慎重に事を進めていたというのに! 一体どこで情報を仕入れてきたのだ!?)
「……まさか、誰かに漏らしたんじゃあるまいな?」
バルトはヘレンを一瞥した後、少し離れたところで気まずそうな表情で立っているクリフとビクトリアを見やった。
すると、二人は慌てて首を横に振る。
「滅相もございません、お父様! 決して、そのようなことは……」
クリフの狼狽じみた顔には冷や汗が伝っている。
ビクトリアも、同じようなものだった。
「それなら良いが……。もし、あの儀式のことを口外したのであれば、ただでは済まさんぞ」
バルトが鋭い眼光を向けると、二人は震え上がった。
儀式の真相を知ることは一族内のごく一部の人間のみに限られ、口外することは固く禁じられている。
散々念を押しておいたから、彼らが口を割ることはないはずなのだが……万が一ということも考えられる。
バルトは、日頃からビクトリアのことを目に入れても痛くないほど溺愛していた。
だから、彼女の前でこのような態度を取ることなんて滅多にない。それだけ、今回の一件を重大に受け止めているのである。
その実──ラザフォード家は、昔から悪魔召喚の儀式を行ってきた。
なぜなら、悪魔の力を借りて一族内から優秀な魔導士を輩出するためである。
ラザフォード家が先祖代々、歴史に名を馳せるほどの魔導士を輩出してきたのにはそういったからくりがあった。
バルトは、愛娘であるビクトリアを世界的に有名な魔導士に育て上げることを人生の目標としていた。
そのため、彼女には幼い頃から英才教育を施していたのだが、その甲斐あってか彼女は若くして上級魔法を習得するほどの才能を発揮した。
しかし、いくらビクトリアが優秀だと言えど、やはり限界があった。上には上がいるし、世界的に見れば大したことはない。
彼女を歴史に名を馳せるほどの魔導士にするためには、やはり先祖の教え通りに悪魔の力に頼るしかなかったのだ。
そして、バルトは先祖代々行ってきた悪魔召喚の儀式を決行した。
なんでも、呼び出した悪魔は一族の中から生贄を捧げる見返りとして願いを叶えてくれるのだという。
幸いにも、バルトには疎ましく思っている子供が一人いる。彼女──コーデリアならば、生贄として捧げたとしても全く心が傷まないし、寧ろ好都合だった。
だが、誤算が生じた。あれだけ綿密に準備してから挑んだ儀式が失敗に終わってしまったのである。これは、予想だにしていなかったことだ。
本来ならば、今頃ビクトリアは世界でも指折りの天才魔導士の仲間入りを果たせていたはずだ。けれど、現実はそうはならなかった。
バルトにとって、生贄としての役目すらまともに果たせないコーデリアは邸に置いておく価値もない存在だった。それどころか、不愉快極まりなかったのである。
そんな時、タイミング良くウルス公爵家から「コーデリアを娶りたい」という旨の手紙が届いたのだ。
しかも、有り難いことにラザフォード家への経済的援助を申し出てくれたのである。ちょうど新しい事業を始めたいと思っていたバルトにとっては、渡りに船だった。
これ程の好条件が揃った話もないだろう。そう思い、バルトは二つ返事で承諾した。こうして、今に至るわけだ。
「疑うなんてひどいわ、お父様! ビクトリアは、今までお父様の言いつけを破ったことは一度だってなかったのに……それなのに、どうして信じてくださらないの!?」
「ビ、ビクトリア……」
涙ながらに訴えかける愛娘の姿に、バルトの心は激しく痛んだ。
彼女の健気さに感化されたのだろうか。先程までの焦燥感が消え去ったように思える。
(そうだ。私は、一体何を考えていたのだろう? こんなに可愛い我が子を疑ってどうする)
バルトは胸の奥が熱くなるのを感じた。
「そ、そうだな……悪かった。つい気が動転してしまってな……すまない、ビクトリア」
「お父様……!」
ビクトリアは瞳を潤ませると、勢いよくバルトに抱きついた。
(コーデリア……一体何を企んでいるのか知らんが、お前の好きにはさせぬぞ)
バルトは決意を新たにすると、ビクトリアの頭を優しく撫でてやるのであった。