「え……?」

 何が起こったのか分からず暗闇の中で呆然としていると、サラの取り乱したような声が聞こえてくる。

「申し訳ありません! すぐにランタンを持って参りますので、少々お待ちを……!」

 そんな声と共にパタパタと慌ただしく走っていく音が聞こえたので、とりあえずそのまま待つことにした。
 そして、数分後。サラが「遅くなってすみません」と言いながら戻ってきた。
 確か、ランタンを持ってくると言っていたはずだが……なぜか、部屋は一向に明るくならない。

「あの……どうかしたんですか? サラさん」

 不思議に思って尋ねると、サラは申し訳なさそうな声で言った。

「申し訳ありません。ランタンに火が灯らないのです……」

「どういうことですか?」

「瘴気の影響です。今日は一段と瘴気が濃いようでして……そのせいで、火がつきにくいようです」

 それを聞いて、私は愕然としてしまう。

「もしかして、突然照明が消えてしまったのも瘴気のせいなんですか?」

「ええ……実は、鉱山から流れ込んでくる瘴気の量が多い日は、この辺り一帯の照明が消えてしまうことも珍しくないのです。数時間後には復旧すると思うのですが……」

「そうなんですね……」

「ご不便をおかけしてしまい、申し訳ありません」

「そんな……サラさんのせいじゃないんですから、気にしないでください」

 そう返したものの、暗い部屋の中にいると徐々に不安な気持ちが高まっていく。

(何か、灯りになるものはないかしら……)

 しばらく考え込んだ後、あることに気がついた。

(そうだ、これがあった!)

 私は首から下げているロケットペンダントを開くと、その中に入っていた石を取り出した。これは以前、魔道具屋で購入した光る鉱石だ。
 実家では虐待を受けていたため、明かりのない真っ暗な部屋に一晩中閉じ込められることなんて日常茶飯事だった。
 だから、私は日頃からこの石をお守り代わりに肌身離さず持ち歩いているのである。

(これを照明の代わりにできないかしら?)

「あの……サラさん。この石をランタンの中に入れてもらえませんか?」

「え?」

 サラは一瞬戸惑ったような声を上げたが、すぐに私の意図を察してくれたようだ。
 魔蛍石を受け取ると、言われた通りにランタンの中へと入れる。
 すると―――

「すごい……十分過ぎるほど明るいです!」

 ランタンは幻想的な緑色の光を放ちながら、その周囲を照らし始めた。
 これなら、暗闇でも手元を確認することができるだろう。

「それにしても、この石は一体……」

 サラは興味深げに石を観察している。
 この石は『魔蛍石(まけいせき)』と呼ばれている。以前読んだ本には、『魔蛍石とは、大気中のマナに反応し淡く輝きを放つ性質を持っている鉱物である』と書かれていた。
 詳しい産出場所などについては書いていなかったが、恐らくは一部の鉱山でしか採掘されていない鉱石なのではないかと思っている。

「魔蛍石と言うらしいです。以前、魔導具屋で買ったんですよ」

「魔蛍石……? それなら、私も何度か見たことがあります! でも、どれもぼんやりとしか光っていなかったような……。こんなに強い光を放つ魔蛍石を見たのは初めてです」

 サラは感心したように言った。

「ああ、それは多分磨き方の問題だと思います。研磨の仕方を変えれば、どの魔蛍石もこれぐらい発光しますよ」

 私がそう返すと、サラは目を丸くしていた。

「そ、そうなんですか?」

「ええ。実は、磨き方にコツがあるんです」

 そのコツとは──自身の魔力を流し込みながら石を研磨することだ。
 とはいえ、ただ闇雲に磨いても駄目だ。魔力量を調節しないと本来の効果を発揮しないのである。
 私自身が持っている魔力は微々たるものだが、それでも全くないわけではない。だからこそ、魔力を流し込みすぎて失敗することが少ないのかもしれない。
 磨き方のコツについて一通り説明し終えると、サラは驚いた様子で口を開いた。

「なるほど……そんな方法があったとは知りませんでした」

「とりあえず、これでなんとかなりましたね」

 ほっと胸をなで下ろしていると、不意に自分たちを呼ぶ声が聞こえてくる。

「コーデリア! サラ! 大丈夫か!?」

 ジェイドの声だ。もしかしたら、私たちの身を案じて駆けつけてくれたのだろうか。
 そう思っていると、血相を変えたジェイドとアランが部屋に飛び込んできた。

「二人とも、大丈夫か!?」

「ええ、この通り。なんでもありませんよ」

 そう返すと、ジェイドは安堵の表情を浮かべる。

「そうか、良かった。既に、サラから説明を受けているかもしれないが……この地域では、瘴気の影響で照明が消えてしまうことがしばしばあるんだ。最初から、それを説明しておけば良かったな。うっかりしていた」

「いえ、気にしないでください。それより……わざわざ様子を見に来てくださってありがとうございます」

 お礼を言うと、ジェイドは「無事なら何よりだ」と返した。
 ふと、彼は何かに気づいた様子でサラが持っているランタンに視線を移す。
 恐らく、煌々と光る魔蛍石のことが気になっているのだろう。

「これは……一体、どうなっているんだ?」

 ジェイドはしげしげと魔蛍石が入ったランタンを眺めている。

「魔蛍石ですよ」

 そう言うと、彼は首を傾げた。

「魔蛍石……? だが、魔蛍石と言えば弱い光しか発しないことで有名じゃないか。なのに、どうしてこんなに強い光を放っているんだ……?」

 怪訝な面持ちをしているジェイドに、私は事情を説明することにした。
 先程サラにしたのと同じ内容の説明を終えると、彼は納得したように頷く。

「そういうことだったのか……」

 ジェイドが目を見張っている隣で、アランがぽつりと呟いた。

「とても幻想的ですね……なんだか、夢の世界に迷い込んだみたいです」

「ふむ……」

 ジェイドは何かを考え込むような仕草を見せた後、おもむろに口を開く。

「コーデリア。君は一体……」

 何やら言い淀んだジェイドを見て、私は首を傾げる。

「え……? どうしたんですか?」

「ああ、いや……なんでもないよ」

 尋ねると、ジェイドは首を横に振った。

「少し驚いただけだ。まさか、君が魔蛍石を加工する術を持っていたとは思わなかったから」

 尋ねると、ジェイドは何やら誤魔化した様子で答えた。
 そんな彼を見て、私はますます首を傾げてしまった。