後日。私たちはある人物に会うことになった。
 その人は、過去に私の祖先から手記を託されたという人物の末裔である。
 フランツという名の、元宮廷魔導士の青年だ。彼は、オリバーとエマの元同僚でもある。
 本当はジェイドと二人で会いに行く予定だったのだが、やはり知り合いが立ち会ったほうがいいだろうということで急遽オリバーとエマも同行することになった。

(以前、エマさんが言っていたわよね。「妙なことを言い残して退職していった同僚がいる」って……)

 恐らく、その人のことなのだろう。
 待ち合わせ場所は、オリバーの実家でもある喫茶店だ。
 私たちは早速店内に入ると、フランツの姿を捜す。すると、店の奥にあるテーブル席にそれらしき後ろ姿を見つけた。

「あの……」

 恐る恐る声を掛けると、その人物は驚いたように振り返った。

「フランツさん……ですよね?」

 私が尋ねると、フランツは「はい」と言いながら頷いた。
 顔色は悪く、随分とやつれているように見える。一体、何が彼をここまで追い詰めたのだろうか。
 オリバーとエマは、元同僚の変わり果てた姿に動揺している様子だった。
 重苦しい沈黙が落ちる。そんな中、先に口火を切ったのはフランツだった。

「到着して早々申し訳ないのですが……本題に入ってもよろしいでしょうか?」

 フランツはそう言うと、私たちを真っ直ぐと見据える。
 その視線には、どこか切実な思いが感じられた。

「ええ、お願いします」

 私は小さく頷く。すると、フランツは一瞬躊躇うような素振りを見せたが、やがて覚悟を決めたのか口を開いた。

「先日、ウルス公爵とオリバーには大体の事情はお話しました。なので……今日は補足も含め、私が知っていることを全てお話ししようと思います」

 フランツはそう言って、ゆっくりと息を吐き出した。
 そして、私たちに向かって深々と頭を下げる。

「まずは、皆さんに謝らなければいけないことがあります。私は……メルカ鉱山に異界へと繋がる門が開いていることを知りながら、見て見ぬふりをしました」

 フランツは、悲痛な面持ちでそう言った。

「怖かったんです。あの門を閉ざすことは、並大抵のことではありません。それができる人間も限られている。それに……注意喚起をしたところで信じてもらえるかどうか分かりませんでしたし、仮に信じてもらえたとしても、その後に待ち受けるであろう責任や重圧を思うと、恐ろしくて仕方がなかった。だから、私は見て見ぬふりをしたんです」

 フランツはそこまで言うと、自嘲した。
 彼の気持ちは痛いほど分かる。自分が同じ立場だったら、きっと同じように行動していたかもしれないから。

「本当に申し訳ありませんでした」

 フランツは再度、頭を下げた。

「……元々、私の祖先はラザフォード家とは浅からぬ縁がありまして、当時の当主とは頻繁に手紙のやり取りをする仲でした。そんなある日、彼はラザフォード家の長男から相談を持ちかけられたのです。『父が恐ろしい儀式を行おうとしている。こんな非道なことは今すぐ止めさせたいから手伝ってほしい』と」

 そう言って、フランツは遠い目をした。

「しかし、彼は『ラザフォード家の当主が言うことは絶対だ。逆らうことは許されない』という考えの持ち主でしたから……結局、その相談に応えずじまいだったそうです」

 フランツは目を伏せると、話を続けた。

「それからしばらくして、彼は『ラザフォード家の次男が失踪した』という話を耳にしたそうです。どうやら、その際生贄に選ばれたのは次男だったようですね」

 そこまで話を聞けば、手記を書いたのが誰なのか自ずと予想がついた。

「つまり、あの手記を書いたのは当時のラザフォード家の長男だったということですか?」

 私の問いにフランツは頷いた。

「ええ、そうです。結局、彼は弟を救うことができなかった。そればかりか、弟の失踪を隠蔽する手伝いまでさせられたようです」

 フランツは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、話を続けた。

「だから、せめてもの償いとして手記を書き残したのでしょう。その後、彼は人生のほとんどを研究に費やすようになったそうです」

「研究……? 一体、何の研究ですか?」

「獣化の病についての研究ですよ。彼は、ウルス領で奇病が流行っている原因がメルカ鉱山で発生した未知の魔物──ヒュームであることを突き止めたんです」

 フランツはそこまで言うと、黙って話を聞いていたジェイドに目配せした。
 すると、ジェイドは補足をするように口を開いた。

「以前、レオンが言っていただろう? 『メルカ鉱山の近くで変わった魔物に遭遇した』と。コーディが睨んでいた通り、その魔物は高確率でヒュームだ。恐らく、レオンはヒュームと遭遇した際、その個体が持つ病原体に感染したんだろう。俺たちは当初、獣化の病の発症原因は瘴気によるものだと結論づけていたが……それはとんだ思い違いだったようだ。本当は、ヒュームがあちこち飛び回っていたせいで空気中や土壌に病原体が持ち込まれていたことが原因だったんだ」

 ジェイドの話を聞いて、私は愕然とした。

「ということは……その当時、騒ぎになっていなかっただけで他にも発症者がいたということでしょうか?」

 私が尋ねると、ジェイドは首を横に振った。

「それは分からない。ただ、レオンのようにすぐに発症する者はほとんどいなかったんだろう。大多数は、潜伏期間を経て数年後に発症した……と考えるのが妥当だ」

 そこまで話を聞いたところで、私はある疑問を抱いた。

「でも……どうして、その頃からヒュームがいたんですか? ラザフォード家が儀式を行ったのは、もっと後のことですよね」

「それに関してだが……恐らく、バルトはその頃から儀式の予行演習を行っていたんだろう。勿論、生贄がいなければ儀式を行ったところで異界の門は開かない。だが、きっと何かの弾みで異界の門がほんの少し開いてしまったんだろうな。そして、その隙間を通り抜けて少しずつ異界の魔物たちが鉱山内に流入していた──というのが俺の推測だ」

 ジェイドの推測を聞いて、私は「なるほど」と頷く。
 しかし、まだ腑に落ちない点はあった。

「魔物たちは、ラスター鉱山でも発生していましたよね? ということは……その門は、他の鉱山にも存在するということでしょうか?」

「いや……恐らく、奴らは何か目的があってメルカ鉱山からラスター鉱山に移動したんだろう。基本的に、門は一つしか開かないはずだ」

「なるほど……そう考えると、合点がいきますね」

「もしかしたら、コーディが言っていた通りなのかもしれないな」

「え……?」

「以前、『あの魔物たちは、鉱石を餌にしているのかもしれない』と話していただろう?」

「そういえば……」

 ジェイドにそう言われ、ふとその時のことを思い浮かべる。

(もし本当にそうだとしたら、ラザフォード家はとんでもない過ちを犯してしまったことになるわね)

 何しろ、自分たちが代々行ってきた儀式のせいで未知の魔物(ヒューム)が異界から流れ込み、その魔物たちが持ち込んだ病原体が原因で『獣化の病』という奇病まで流行らせてしまったのだから。

「……今まで、私たちが遭遇した不可解な魔物たちの正体もきっとヒュームだったんでしょうね」

 とっくの昔に絶滅したはずの魔物や青い肌のゴブリン、レオンに瓜二つの魔物──それらの正体に関しても、全てヒュームだったと考えると腑に落ちる。
 異界の魔物なだけあって、その擬態能力の高さにはただ感心するしかない。私の意見に同意したのか、一同は深く頷いていた。

「あの……それで、肝心な治療法は見つかったんですか?」

 成り行きを見守っていたエマが、身を乗り出すように尋ねた。すると、フランツが口を開いた。

「手記にも書いてある通り、具体的な治療法は見つかっていません。ですが……この世界と異界を繋ぐ門さえ閉ざすことができれば瘴気も発生しないでしょうし、体内の病原体は自然と死滅するはずです。異界の病原体は、瘴気がない世界では生きられませんから」

 フランツはそう言い終えると、不意に黙り込む。
 やがて、彼は意を決したように顔を上げると懇願するように言った。

「どうか、お願いします。力をお貸しください。ウルス領に──いや、世界に平和を取り戻してくれませんか……?」

 フランツは私に向かって頭を下げた。その口調からは真摯な想いが感じられる。

「勿論です。元々、そのつもりであなたに会いに来たのですから」

 私が力強く頷くと、彼は感極まったように瞳を潤ませる。

「……! ありがとうございます!」

 一体、自分にどこまでのことが出来るのか──それは、やってみないと分からない。
 けれど、きっとこの世界から災厄を取り除いてみせる。そして、平和を取り戻そう。
 私は、改めてそう心に誓ったのだった。