「ヒュームのことでしょうか……?」
私が尋ねると、ジェイドが頷く。
「ああ、その可能性は高い。だが、レオンがそいつを見たのは三年も前だ。時期的に、まだ鉱山内に魔物すら発生していない頃だが……」
そう言って、ジェイドは首を捻る。
「ヒュームというのは、以前ウルス領を襲撃したという魔物のことかい?」
「ええ。ですが、それ以前にヒュームの目撃情報は上がっておりません。ああ、いや……正確に言えば、五百年前に一度目撃されて以来、一度も姿を現していないはずなのです」
ジェイドはユリアンにそう説明すると、腕を組みながら考え込む。
「ということは……俺たちが気づかなかっただけで、実はヒュームはその頃から鉱山を棲み家にしていたのかもしれないな……」
ジェイドの言葉に、私は背筋が凍り付いた。同時に、ある考えが頭をよぎる。
「もしかして、なんですけど……レオンは、その魔物と遭遇したせいで獣化の病に罹ったのでは? 病気を発症させるために魔物がどういう手段をとったのかは分かりませんが、そう考えるのが妥当じゃないかと思います」
「確かに、その可能性は高いな」
ジェイドは私の言葉に頷くと、レオンのほうを見る。
「とりあえず……獣化の病の治療法に関しては、こっちでも色々調べてみるよ。それはそうと……エリオットは、今後どうしたい? 城に戻るか、それともこのまま公爵邸で暮らすか──ああ、勿論、ジェイドの許可が下りればの話だけれどね」
ユリアンがそう尋ねると、レオンは考え込むように俯いた。
『僕は……』
レオンはそう言ってしばらく考え込んだ後、口を開く。
『もう少しだけ、公爵邸にいたい。この姿の僕を、みんなが受け入れてくれるかどうか分からないし……』
「わかった。それなら、そうしよう。というわけで、ジェイド。悪いんだけど……もうしばらく、うちの弟を邸で匿ってくれないかな?」
ユリアンがそう尋ねると、ジェイドは目を瞬かせた。
確かに、レオンが城に戻るとなると、国民にも事情を説明をしなければいけなくなる。
それならば、獣化の病の治療法が見つかるまでウルス邸で匿っておいたほうが無難だろう。
(でも、王族であるレオンをウルス邸で引き続き預かるなんて……そんなこと、簡単に引き受けていいのかしら)
そんなことを考えながらジェイドのほうを見ると、彼も同じ懸念を抱いていたようで困ったような顔をしていた。
だが、やがて決意を固めたような表情で答えた。
「ええ、それは構いませんが……」
「よし、それじゃあ決まりだ。いいかい? エリオット。なるべく、失礼のないようにするんだよ」
「しかし、殿下。本当によろしいのですか? せっかく弟君と再会できたのに、また離れて暮らすなんて……」
「いいんだ。エリオットがそう望むのなら、僕はその意思を尊重するよ」
ユリアンはそう言いながら、レオンの頭を再び撫でる。
レオンは気持ち良さそうに目を細めると、小さく「ワン」と吠えた。
そんな二人のやり取りを見て、ふと私は重大なことに気づいた。
(レオンの正体は、実はこの国の第二王子だったのよね。ということは、今までと同じように接していたら失礼なのでは……?)
そう考えた私は、慌ててジェイドに耳打ちをする。
「あの、ジェイド様。レオン──いえ、エリオット様への接し方は今まで通りで構わないのでしょうか? 一応、王子様なわけだし……」
「ああ、そういえば……」
ジェイドはハッとすると、改まった様子でレオンのほうを見やる。
「エリオット様が第二王子であらせられるとは知らず……今まで数々のご無礼を働いたこと、どうかお許しください」
その様子を見て、私自身もレオンに対して失礼な態度をとってきたことを思い出し、慌てて頭を下げた。
「あ、あの……私も、今までエリオット様に対して失礼な物言いをしてしまい……大変、失礼致しました」
『二人とも気にしないで!』
レオンはそう言うと、ぶんぶんと首を横に振る。
『それに、僕はかしこまられるより今までみたいに普通に接してくれたほうが嬉しいな。呼び方も、今まで通りレオンでいいよ』
そんなレオンを横目で見ながら、ユリアンが口を開いた。
「まあ、エリオットもこう言っていることだし……今まで通りでいいんじゃないか?」
「……か、かしこまりました」
ジェイドはそう言って、恭しく頭を下げた。そんな彼に続くように、私も一礼する。
こうして、レオンの正体は一部の人を除いて伏せられることになったのだった。
「ところで、君たちはこれからどうする? まだ、舞踏会は始まったばかりだし、戻ってダンスの続きをするかい?」
ユリアンにそう尋ねられ、私とジェイドは顔を見合わせる。
「どうしましょうか?」
「そうだな……俺はコーディに合わせようと思う」
「私は……」
ジェイドの問いに、私は逡巡する。
正直、ダンスレッスンは突貫工事のようなものだったし、人前で踊るのはやはり恥ずかしい。
けれど、せっかくこうやってジェイドと踊れる機会ができたのだ。もう少しだけ、彼と一緒に踊りたいという気持ちもあった。
「そうですね。もう少し、踊りたいです」
「意外だな……てっきり『人前で踊るのは恥ずかしいからもういいです』と言うと思ったのに」
ジェイドは苦笑すると、「それじゃあ、ダンスホールに戻ろうか」と言いながら歩き出す。
「……だって、ジェイド様と一緒に踊れる機会なんて普段はあまりないじゃないですか」
聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、私はぼそりと呟く。
「ん?」
ジェイドは聞き取れなかったのか、振り返って不思議そうに首を傾げる。
「あ……いえ、なんでもありません!」
そんなやり取りをしていると、ユリアンが口を開いた。
「僕は、エリオットを別の部屋に連れて行ってからダンスホールに戻るよ。エリオット、おいで」
ユリアンがそう言うと、レオンは嬉しそうに尻尾を振りながら彼の元に駆け寄った。
『うん!』
「できるだけ、急いで戻るようにするよ。パーティの主役がいないんじゃ、せっかく足を運んでくれた参加者たちに申し訳ないからね」
ユリアンは片目を瞬かせながらそう言うと、扉の方に向かって歩き出す。私たちは頷くと、彼を追いかけた。
執務室を出て回廊を進んでいると、不意に中庭のほうから声が聞こえてきた。
「レオン……?」
見れば、ビクトリアが二人の令嬢を引き連れてこちらに向かってきていた。
そういえば、先ほど彼女が取り巻きたちと一緒にダンスホールから出て行くのを見た。
きっと、中庭で休憩でもしていたのだろう。
「ユリアン様……これは一体、どういうことですか? どうして、ユリアン様が私のペットを──レオンを連れて歩いているのですか?」
ビクトリアは、そう尋ねながらもユリアンに詰め寄った。
どうしよう。まさか、彼女と鉢合わせしてしまうなんて。そう思い、なんとか誤魔化そうと思案していると──私よりも先にユリアンが口を開いた。
「ちょうど良かった。ビクトリア、君に大事な話があるんだ」
「え……?」
質問に答えないどころか逆に「話をしよう」と言い出したユリアンに、ビクトリアは困惑した表情を浮かべる。
「いいから、聞いてくれ」
ユリアンはビクトリアをまっすぐ見据えると、ゆっくりと話を切り出した。
「君は、今までコーデリアに対して随分と非道な仕打ちをしてきたそうだね。それを聞いた時は、思わず自分の耳を疑ったよ」
「……! 一体、何のことでしょうか?」
突然そんなことを言われて驚いたのか、ビクトリアは目を白黒させる。
「それも、家族全員──いや、使用人も含めたら相当な人数で彼女を虐げていたそうじゃないか。そんな非道な行いをしておいて、よくもまあ清廉潔白な令嬢を演じていられるものだ」
「そ、それは……」
ビクトリアは目を泳がせながら、必死に言葉を探しているようだ。
しかし、そんな彼女に追い打ちをかけるようにユリアンは話を続けた。
私が尋ねると、ジェイドが頷く。
「ああ、その可能性は高い。だが、レオンがそいつを見たのは三年も前だ。時期的に、まだ鉱山内に魔物すら発生していない頃だが……」
そう言って、ジェイドは首を捻る。
「ヒュームというのは、以前ウルス領を襲撃したという魔物のことかい?」
「ええ。ですが、それ以前にヒュームの目撃情報は上がっておりません。ああ、いや……正確に言えば、五百年前に一度目撃されて以来、一度も姿を現していないはずなのです」
ジェイドはユリアンにそう説明すると、腕を組みながら考え込む。
「ということは……俺たちが気づかなかっただけで、実はヒュームはその頃から鉱山を棲み家にしていたのかもしれないな……」
ジェイドの言葉に、私は背筋が凍り付いた。同時に、ある考えが頭をよぎる。
「もしかして、なんですけど……レオンは、その魔物と遭遇したせいで獣化の病に罹ったのでは? 病気を発症させるために魔物がどういう手段をとったのかは分かりませんが、そう考えるのが妥当じゃないかと思います」
「確かに、その可能性は高いな」
ジェイドは私の言葉に頷くと、レオンのほうを見る。
「とりあえず……獣化の病の治療法に関しては、こっちでも色々調べてみるよ。それはそうと……エリオットは、今後どうしたい? 城に戻るか、それともこのまま公爵邸で暮らすか──ああ、勿論、ジェイドの許可が下りればの話だけれどね」
ユリアンがそう尋ねると、レオンは考え込むように俯いた。
『僕は……』
レオンはそう言ってしばらく考え込んだ後、口を開く。
『もう少しだけ、公爵邸にいたい。この姿の僕を、みんなが受け入れてくれるかどうか分からないし……』
「わかった。それなら、そうしよう。というわけで、ジェイド。悪いんだけど……もうしばらく、うちの弟を邸で匿ってくれないかな?」
ユリアンがそう尋ねると、ジェイドは目を瞬かせた。
確かに、レオンが城に戻るとなると、国民にも事情を説明をしなければいけなくなる。
それならば、獣化の病の治療法が見つかるまでウルス邸で匿っておいたほうが無難だろう。
(でも、王族であるレオンをウルス邸で引き続き預かるなんて……そんなこと、簡単に引き受けていいのかしら)
そんなことを考えながらジェイドのほうを見ると、彼も同じ懸念を抱いていたようで困ったような顔をしていた。
だが、やがて決意を固めたような表情で答えた。
「ええ、それは構いませんが……」
「よし、それじゃあ決まりだ。いいかい? エリオット。なるべく、失礼のないようにするんだよ」
「しかし、殿下。本当によろしいのですか? せっかく弟君と再会できたのに、また離れて暮らすなんて……」
「いいんだ。エリオットがそう望むのなら、僕はその意思を尊重するよ」
ユリアンはそう言いながら、レオンの頭を再び撫でる。
レオンは気持ち良さそうに目を細めると、小さく「ワン」と吠えた。
そんな二人のやり取りを見て、ふと私は重大なことに気づいた。
(レオンの正体は、実はこの国の第二王子だったのよね。ということは、今までと同じように接していたら失礼なのでは……?)
そう考えた私は、慌ててジェイドに耳打ちをする。
「あの、ジェイド様。レオン──いえ、エリオット様への接し方は今まで通りで構わないのでしょうか? 一応、王子様なわけだし……」
「ああ、そういえば……」
ジェイドはハッとすると、改まった様子でレオンのほうを見やる。
「エリオット様が第二王子であらせられるとは知らず……今まで数々のご無礼を働いたこと、どうかお許しください」
その様子を見て、私自身もレオンに対して失礼な態度をとってきたことを思い出し、慌てて頭を下げた。
「あ、あの……私も、今までエリオット様に対して失礼な物言いをしてしまい……大変、失礼致しました」
『二人とも気にしないで!』
レオンはそう言うと、ぶんぶんと首を横に振る。
『それに、僕はかしこまられるより今までみたいに普通に接してくれたほうが嬉しいな。呼び方も、今まで通りレオンでいいよ』
そんなレオンを横目で見ながら、ユリアンが口を開いた。
「まあ、エリオットもこう言っていることだし……今まで通りでいいんじゃないか?」
「……か、かしこまりました」
ジェイドはそう言って、恭しく頭を下げた。そんな彼に続くように、私も一礼する。
こうして、レオンの正体は一部の人を除いて伏せられることになったのだった。
「ところで、君たちはこれからどうする? まだ、舞踏会は始まったばかりだし、戻ってダンスの続きをするかい?」
ユリアンにそう尋ねられ、私とジェイドは顔を見合わせる。
「どうしましょうか?」
「そうだな……俺はコーディに合わせようと思う」
「私は……」
ジェイドの問いに、私は逡巡する。
正直、ダンスレッスンは突貫工事のようなものだったし、人前で踊るのはやはり恥ずかしい。
けれど、せっかくこうやってジェイドと踊れる機会ができたのだ。もう少しだけ、彼と一緒に踊りたいという気持ちもあった。
「そうですね。もう少し、踊りたいです」
「意外だな……てっきり『人前で踊るのは恥ずかしいからもういいです』と言うと思ったのに」
ジェイドは苦笑すると、「それじゃあ、ダンスホールに戻ろうか」と言いながら歩き出す。
「……だって、ジェイド様と一緒に踊れる機会なんて普段はあまりないじゃないですか」
聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、私はぼそりと呟く。
「ん?」
ジェイドは聞き取れなかったのか、振り返って不思議そうに首を傾げる。
「あ……いえ、なんでもありません!」
そんなやり取りをしていると、ユリアンが口を開いた。
「僕は、エリオットを別の部屋に連れて行ってからダンスホールに戻るよ。エリオット、おいで」
ユリアンがそう言うと、レオンは嬉しそうに尻尾を振りながら彼の元に駆け寄った。
『うん!』
「できるだけ、急いで戻るようにするよ。パーティの主役がいないんじゃ、せっかく足を運んでくれた参加者たちに申し訳ないからね」
ユリアンは片目を瞬かせながらそう言うと、扉の方に向かって歩き出す。私たちは頷くと、彼を追いかけた。
執務室を出て回廊を進んでいると、不意に中庭のほうから声が聞こえてきた。
「レオン……?」
見れば、ビクトリアが二人の令嬢を引き連れてこちらに向かってきていた。
そういえば、先ほど彼女が取り巻きたちと一緒にダンスホールから出て行くのを見た。
きっと、中庭で休憩でもしていたのだろう。
「ユリアン様……これは一体、どういうことですか? どうして、ユリアン様が私のペットを──レオンを連れて歩いているのですか?」
ビクトリアは、そう尋ねながらもユリアンに詰め寄った。
どうしよう。まさか、彼女と鉢合わせしてしまうなんて。そう思い、なんとか誤魔化そうと思案していると──私よりも先にユリアンが口を開いた。
「ちょうど良かった。ビクトリア、君に大事な話があるんだ」
「え……?」
質問に答えないどころか逆に「話をしよう」と言い出したユリアンに、ビクトリアは困惑した表情を浮かべる。
「いいから、聞いてくれ」
ユリアンはビクトリアをまっすぐ見据えると、ゆっくりと話を切り出した。
「君は、今までコーデリアに対して随分と非道な仕打ちをしてきたそうだね。それを聞いた時は、思わず自分の耳を疑ったよ」
「……! 一体、何のことでしょうか?」
突然そんなことを言われて驚いたのか、ビクトリアは目を白黒させる。
「それも、家族全員──いや、使用人も含めたら相当な人数で彼女を虐げていたそうじゃないか。そんな非道な行いをしておいて、よくもまあ清廉潔白な令嬢を演じていられるものだ」
「そ、それは……」
ビクトリアは目を泳がせながら、必死に言葉を探しているようだ。
しかし、そんな彼女に追い打ちをかけるようにユリアンは話を続けた。