ふと、背後から誰かが私たちを呼び止める声がした。
振り返ると、慌てて走ってくるユリアンの姿があった。
その輝くような金髪が乱れることを気にする様子もなく、彼は私たちの元に駆け寄る。
「……申し訳ございません。ご無礼をお許しください、殿下」
ジェイドはそう言うと、深々と頭を下げた。
「大丈夫だよ、気にしないでくれ。それに、別に出て行く必要はなかったと思うよ。僕がうまくフォローするから、そのままダンスを続けてくれても良かったのに……」
ユリアンは眉尻を下げつつも、そう言った。
(相変わらず、ユリアン様はお優しい方ね……)
私はそんなことを思いながら、ちらりとジェイドの様子を窺う。
自分のせいでダンスを中断させてしまったことに責任を感じているのか、彼は浮かない顔をしていた。
「いえ……これ以上、殿下のお手を煩わせるわけには参りません」
ジェイドはそう言うと、再び頭を下げる。
そんな彼を見て、ユリアンは苦笑した。
「本当に君は真面目だね」
(確かに……)
私は、ユリアンの言葉に心の中で同意する。
「そうだ、今からちょっと付き合ってくれないかな? 以前も言ったと思うけど、コーデリアの発明品について色々と話を聞きたいんだ」
「え? 今から、ですか……?」
尋ね返すと、ユリアンはにこにこと微笑みながら頷く。
「ああ。……コーデリア。君の発明は本当に画期的だ。僕は、君の才能を買っている。だから、ぜひとも話を聞かせてほしい」
「……! 身に余る光栄でございます」
領民たちのことを思ってしたことだが、まさかユリアンがそこまで高く評価しているとは思わなかった。
内心驚きつつ、私は恭しく礼をする。
「立ち話も何だし、場所を変えようか。とりあえず、僕が普段使っている執務室に行こう。あそこなら、誰にも邪魔されないから」
私たちはユリアンの後に続いて、城の奥へと進んでいった。
「さあ、入って」
ユリアンはそう言うと、執務室の扉を開いた。
中には豪華な調度品が置かれており、見るからに高そうなものばかりだった。
(すごい……)
私は心の中で呟くと、部屋の中へと足を踏み入れる。
すぐにソファに腰掛けるよう促されたので、私とジェイドは一礼してから腰掛ける。
ユリアンは向かい側の席に座ると、おもむろに口を開いた。
「じゃあ、早速聞かせてもらおうかな」
ユリアンがそう言ったので、私は緊張しつつも自身が発明してきた魔導具について説明を始めた。
話しているうちについ熱が入りすぎてしまったが、ユリアンは真剣な表情で私の話を聞いてくれていた。
「……なるほど。噂に聞いていた通り、すごいね。特に、治癒石は様々な医療現場で役立ちそうだ」
一通り話を終えると、ユリアンはそう言って頷いた。その表情はとても満足そうだ。
「いえ、そんな……恐縮です」
褒められて嬉しい反面、恐れ多いので私は慌てて首を横に振る。
「さっきも言ったけど、僕は君の発明品に可能性を感じているんだ。どうだろう? 君のその力をより多くの人々のために役立ててみる気はないかな?」
「え……?」
ユリアンの提案を聞いて、私は目を瞬かせる。
「僕は、君ほどの才女を埋もれさせたままでいるのは勿体無いと思っている。ぜひ、君が作った発明品を多くの人たちに使ってもらえるような仕組みを作りたいんだ」
(これって……つまり、スカウトなのかしら?)
まさか王太子直々にお声掛けをいただくとは思わず、私は戸惑っていた。
「勿論、君が発明品を世に出したくないというのであれば無理強いはしない。でも、もし発明品をもっと多くの人に届けたいという気持ちがあるなら……できる限り、力になりたいんだ」
ユリアンはそう言って、私を見つめる。そんな彼の瞳には強い光が宿っていた。
彼は私が思っている以上に、常日頃から国民のことを思って行動しているようだ。
「ジェイド。君はどう思う? 彼女の才能をこのまま眠らせておくのは勿体ないと思わないか?」
ユリアンは今度はジェイドに問いかけた。ジェイドは少し考える素振りを見せた後、口を開く。
「そうですね……彼女の発明品が有益であることは間違いありません。ただ、彼女がどうしたいかが一番重要です」
ジェイドはそう言うと、私の方を見る。
彼の視線を受けて、私は思わず俯いた。
(私がどうしたいか……か)
そんなの、決まっている。
私は──
「私は、今まであまり自分に自信が持てずにいました。ご存知の通り、生まれた時から魔力に恵まれませんでしたし、それは今でも変わりません。でも、こんな風に殿下やジェイド様に認めていただけてすごく嬉しくて……もっと、色々な人に私の発明品を使ってもらいたいと思いました」
私は顔を上げて、真っ直ぐにユリアンを見つめた。
「だから──私、もっと沢山の人に発明品を届けたいです。そのためには、殿下のお力添えが必要だと思っています。ご協力いただけますか?」
「そうか……! ああ、勿論協力させてもらうよ。今後とも、よろしく頼むよ。コーデリア」
ユリアンは嬉しそうに微笑むと、右手を差し出してきた。私はその手をしっかりと握り返し、彼と握手を交わす。
(まさか、私が王太子と手を取り合う日が来るなんて……人生って本当に何が起こるか分からないものね)
そんなことを思いながらも、私は不思議と高揚感を覚えていた。
不意に、荒々しくドアがノックされた。私たち三人は顔を見合わせる。
「失礼いたします!」
そう言って、使用人と思しき男性が慌てた様子で部屋に入ってきた。
「どうしたんだい?」
ユリアンが尋ねると、使用人は息を整えてから口を開いた。
「そ、それが……実は城門付近に犬が一匹迷い込んだらしく、門番が手を焼いているとの報告が上がりまして……」
「犬……?」
ユリアンは怪訝そうな顔で首を傾げる。
「近くに飼い主はいないのか? 迷い犬なら、早く飼い主を捜してあげないと……」
「いえ、その……どうやら、普通の迷い犬ではないようなのです。というのも、その犬は王族の証である金と青のオッドアイを持っているとかで……」
使用人の言葉を聞いた瞬間、ユリアンの表情が強張ったように見えた。
「なんだって……? その色の目を持っているのは、王家の一員かその親戚のみのはず。ましてや、犬がそれを持っているはずが……」
ユリアンが信じられないといった様子で呟くと、使用人がさらに言葉を続けた。
「もしかしたら、あの犬は失踪したエリオット様と何か関係があるのでは──」
「……! まさか、そんな……」
(エリオット……?)
私は首を傾げる。ユリアンと使用人の様子を見るに、どうやら非常に重要な人物らしい。
「でも、そんなことがあり得るのだろうか……」
ユリアンは明らかに動揺していた。額からは汗が滲んでいる。
「あの、殿下。エリオット様というのは一体どなたでしょうか……?」
私は思い切ってユリアンに尋ねた。
「──エリオットは、僕の弟だよ」
「……!」
私は驚きのあまり言葉を失った。
そういえば、以前、噂で第二王子が行方不明になったと聞いたことがある気がする。
私は実家では新聞やゴシップ誌を読むことすら制限されていたから、世の中の出来事には疎かった。
そんな私でも知っているくらい、第二王子の失踪事件は世間を賑わせたのだ。
(でも、ちょっと待って……その犬って……)
一瞬、脳裏にある考えがよぎった。それは隣にいるジェイドも同じだったようで、僅かに眉を寄せている。
「ジェイド様。……私、なんだか嫌な予感がします」
「……ああ、俺もちょうど同じことを考えていたところだ」
ジェイドはそう言うと、険しい表情で頷いた。
恐らく、彼もその犬が「レオン」だと睨んでいるのだろう。一体、彼がどうやって王都に辿り着いたのかは分からない。
しかし、「金と青のオッドアイを持っている犬」となると、やはり彼しか思い当たらないのだ。
振り返ると、慌てて走ってくるユリアンの姿があった。
その輝くような金髪が乱れることを気にする様子もなく、彼は私たちの元に駆け寄る。
「……申し訳ございません。ご無礼をお許しください、殿下」
ジェイドはそう言うと、深々と頭を下げた。
「大丈夫だよ、気にしないでくれ。それに、別に出て行く必要はなかったと思うよ。僕がうまくフォローするから、そのままダンスを続けてくれても良かったのに……」
ユリアンは眉尻を下げつつも、そう言った。
(相変わらず、ユリアン様はお優しい方ね……)
私はそんなことを思いながら、ちらりとジェイドの様子を窺う。
自分のせいでダンスを中断させてしまったことに責任を感じているのか、彼は浮かない顔をしていた。
「いえ……これ以上、殿下のお手を煩わせるわけには参りません」
ジェイドはそう言うと、再び頭を下げる。
そんな彼を見て、ユリアンは苦笑した。
「本当に君は真面目だね」
(確かに……)
私は、ユリアンの言葉に心の中で同意する。
「そうだ、今からちょっと付き合ってくれないかな? 以前も言ったと思うけど、コーデリアの発明品について色々と話を聞きたいんだ」
「え? 今から、ですか……?」
尋ね返すと、ユリアンはにこにこと微笑みながら頷く。
「ああ。……コーデリア。君の発明は本当に画期的だ。僕は、君の才能を買っている。だから、ぜひとも話を聞かせてほしい」
「……! 身に余る光栄でございます」
領民たちのことを思ってしたことだが、まさかユリアンがそこまで高く評価しているとは思わなかった。
内心驚きつつ、私は恭しく礼をする。
「立ち話も何だし、場所を変えようか。とりあえず、僕が普段使っている執務室に行こう。あそこなら、誰にも邪魔されないから」
私たちはユリアンの後に続いて、城の奥へと進んでいった。
「さあ、入って」
ユリアンはそう言うと、執務室の扉を開いた。
中には豪華な調度品が置かれており、見るからに高そうなものばかりだった。
(すごい……)
私は心の中で呟くと、部屋の中へと足を踏み入れる。
すぐにソファに腰掛けるよう促されたので、私とジェイドは一礼してから腰掛ける。
ユリアンは向かい側の席に座ると、おもむろに口を開いた。
「じゃあ、早速聞かせてもらおうかな」
ユリアンがそう言ったので、私は緊張しつつも自身が発明してきた魔導具について説明を始めた。
話しているうちについ熱が入りすぎてしまったが、ユリアンは真剣な表情で私の話を聞いてくれていた。
「……なるほど。噂に聞いていた通り、すごいね。特に、治癒石は様々な医療現場で役立ちそうだ」
一通り話を終えると、ユリアンはそう言って頷いた。その表情はとても満足そうだ。
「いえ、そんな……恐縮です」
褒められて嬉しい反面、恐れ多いので私は慌てて首を横に振る。
「さっきも言ったけど、僕は君の発明品に可能性を感じているんだ。どうだろう? 君のその力をより多くの人々のために役立ててみる気はないかな?」
「え……?」
ユリアンの提案を聞いて、私は目を瞬かせる。
「僕は、君ほどの才女を埋もれさせたままでいるのは勿体無いと思っている。ぜひ、君が作った発明品を多くの人たちに使ってもらえるような仕組みを作りたいんだ」
(これって……つまり、スカウトなのかしら?)
まさか王太子直々にお声掛けをいただくとは思わず、私は戸惑っていた。
「勿論、君が発明品を世に出したくないというのであれば無理強いはしない。でも、もし発明品をもっと多くの人に届けたいという気持ちがあるなら……できる限り、力になりたいんだ」
ユリアンはそう言って、私を見つめる。そんな彼の瞳には強い光が宿っていた。
彼は私が思っている以上に、常日頃から国民のことを思って行動しているようだ。
「ジェイド。君はどう思う? 彼女の才能をこのまま眠らせておくのは勿体ないと思わないか?」
ユリアンは今度はジェイドに問いかけた。ジェイドは少し考える素振りを見せた後、口を開く。
「そうですね……彼女の発明品が有益であることは間違いありません。ただ、彼女がどうしたいかが一番重要です」
ジェイドはそう言うと、私の方を見る。
彼の視線を受けて、私は思わず俯いた。
(私がどうしたいか……か)
そんなの、決まっている。
私は──
「私は、今まであまり自分に自信が持てずにいました。ご存知の通り、生まれた時から魔力に恵まれませんでしたし、それは今でも変わりません。でも、こんな風に殿下やジェイド様に認めていただけてすごく嬉しくて……もっと、色々な人に私の発明品を使ってもらいたいと思いました」
私は顔を上げて、真っ直ぐにユリアンを見つめた。
「だから──私、もっと沢山の人に発明品を届けたいです。そのためには、殿下のお力添えが必要だと思っています。ご協力いただけますか?」
「そうか……! ああ、勿論協力させてもらうよ。今後とも、よろしく頼むよ。コーデリア」
ユリアンは嬉しそうに微笑むと、右手を差し出してきた。私はその手をしっかりと握り返し、彼と握手を交わす。
(まさか、私が王太子と手を取り合う日が来るなんて……人生って本当に何が起こるか分からないものね)
そんなことを思いながらも、私は不思議と高揚感を覚えていた。
不意に、荒々しくドアがノックされた。私たち三人は顔を見合わせる。
「失礼いたします!」
そう言って、使用人と思しき男性が慌てた様子で部屋に入ってきた。
「どうしたんだい?」
ユリアンが尋ねると、使用人は息を整えてから口を開いた。
「そ、それが……実は城門付近に犬が一匹迷い込んだらしく、門番が手を焼いているとの報告が上がりまして……」
「犬……?」
ユリアンは怪訝そうな顔で首を傾げる。
「近くに飼い主はいないのか? 迷い犬なら、早く飼い主を捜してあげないと……」
「いえ、その……どうやら、普通の迷い犬ではないようなのです。というのも、その犬は王族の証である金と青のオッドアイを持っているとかで……」
使用人の言葉を聞いた瞬間、ユリアンの表情が強張ったように見えた。
「なんだって……? その色の目を持っているのは、王家の一員かその親戚のみのはず。ましてや、犬がそれを持っているはずが……」
ユリアンが信じられないといった様子で呟くと、使用人がさらに言葉を続けた。
「もしかしたら、あの犬は失踪したエリオット様と何か関係があるのでは──」
「……! まさか、そんな……」
(エリオット……?)
私は首を傾げる。ユリアンと使用人の様子を見るに、どうやら非常に重要な人物らしい。
「でも、そんなことがあり得るのだろうか……」
ユリアンは明らかに動揺していた。額からは汗が滲んでいる。
「あの、殿下。エリオット様というのは一体どなたでしょうか……?」
私は思い切ってユリアンに尋ねた。
「──エリオットは、僕の弟だよ」
「……!」
私は驚きのあまり言葉を失った。
そういえば、以前、噂で第二王子が行方不明になったと聞いたことがある気がする。
私は実家では新聞やゴシップ誌を読むことすら制限されていたから、世の中の出来事には疎かった。
そんな私でも知っているくらい、第二王子の失踪事件は世間を賑わせたのだ。
(でも、ちょっと待って……その犬って……)
一瞬、脳裏にある考えがよぎった。それは隣にいるジェイドも同じだったようで、僅かに眉を寄せている。
「ジェイド様。……私、なんだか嫌な予感がします」
「……ああ、俺もちょうど同じことを考えていたところだ」
ジェイドはそう言うと、険しい表情で頷いた。
恐らく、彼もその犬が「レオン」だと睨んでいるのだろう。一体、彼がどうやって王都に辿り着いたのかは分からない。
しかし、「金と青のオッドアイを持っている犬」となると、やはり彼しか思い当たらないのだ。