そして、いよいよ舞踏会当日。
馬車に揺られながら、私は緊張のあまり身を固くしていた。
「そんなに固くなるな」
向かい側に座っているジェイドが声をかけてくる。
「すみません……」
深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとするが、なかなか上手くいかない。
「大丈夫だ。あれだけ練習したんだから、きっとうまくいく」
「そ、そうですよね……」
ジェイドに励まされ、私は苦笑しつつも頷いた。
(大丈夫……きっと上手くいく)
自分にそう言い聞かせていると、不意に馬車が停まった。
どうやら、王都に到着したようだ。
「さあ、着いたぞ」
ジェイドが手を差し伸べてくれる。私はその手を取りながら馬車から降りた。
周りを見渡せば、他の参加者と思しき貴族たちが城へ向かっている姿が目に入った。
ジェイドと共にしばらく歩いて、王城へと足を踏み入れると──目の前には、煌びやかな世界が広がっていた。
豪華なシャンデリアに照らされる大広間には、着飾った貴族たちが集まっており、あちこちで談笑している。
「すごい……」
私は思わず感嘆の声を漏らした。
同時に、ダンスでのミスは許されないと身が引き締まる。
そんなことを考えながらもジェイドと共に歩いていると、貴族たちの視線が一気に集まるのを感じた。
(うう……緊張する)
私は思わず俯いてしまう。すると、ジェイドは私の肩をぽん、と叩いた。
「大丈夫。堂々とするんだ」
「……っ! は、はい!」
私は慌てて顔を上げると、にっこりと笑う。そして、気を取り直して歩き出した。
ふと、こちらを見ている二人の令嬢がいることに気づく。
「ねえ。向こうにいるのって、コーデリアよね? ついに伯爵家から見限られて悪名高い猛獣公爵の元に嫁がされたと聞いていたけれど、本当だったのね」
「まあ、本当だわ。……でも、なんであの二人が舞踏会に招待されているのかしら?」
二人は、ビクトリアの友人たち──もとい、取り巻きだ。
彼女たちは、私とジェイドが舞踏会に招待されたことが不思議でならないらしい。
以前から、二人はビクトリアと一緒になって私の悪口を吹聴していた。つまり、私の悪評を広めた張本人たちである。
本人たちはひそひそ話をしているつもりなのだろうが、全て丸聞こえだった。
「ああいう連中の言うことは、気にしない方がいい。所詮、口だけが達者な者たちだ」
ジェイドが小声で話しかけてくる。
「そうですね……」
私たちは頷き合うと、再び歩き出す。
そして、二人の前を通り過ぎたその刹那。今度は意外な言葉が聞こえてくる。
「……ねえ、ちょっと待って。コーデリアって、あんなに綺麗だったかしら? 近くで見たら、以前とは別人みたいだったわよ」
「え、ええ……。肌は陶器のように滑らかだし、髪も艶があって、着ているドレスも悔しいけれど素敵だったわ……」
そんな会話が後ろから聞こえてきたような気がしたが、きっと何かの間違いだろうと自分に言い聞かせ歩を進める。
ダンスホールに足を踏み入れれば、そこには多くの人が集まっていた。
優雅な音楽と共に貴族たちの歓談する声が混ざり合い、まるでそれが一つの音楽のように感じられる。
(これが舞踏会……)
私は、思わず感嘆のため息を零す。
ずっと、憧れていた場所──それが今、自分の目の前にある。
あまりの煌びやかさに圧倒されていると、不意に声をかけられた。
「やあ、ジェイド。それに、隣にいるのはコーデリア……だよね? 来てくれて嬉しいよ」
慌てて振り向けば、そこにはユリアン王太子が立っていた。
「王太子殿下、ご無沙汰しております」
ジェイドがそう言って一礼したので、私も同じように頭を下げた。
「そんなに畏まらなくていいのに……」
ユリアンはそう言うと、気さくな様子でにっこりと微笑む。
「この度は、舞踏会にご招待いただきありがとうございます」
「いや、こちらこそ来てくれてありがとう。楽しんでいってくれると嬉しいよ」
ユリアンはそう言って微笑むと、他の参加者に挨拶をしなければならないからと言って去っていった。
(はぁ……緊張した)
私はほっと胸を撫で下ろす。
「コーディ、そろそろダンスが始まる時間だ」
「あ、はい!」
ジェイドの言葉に、私は頷く。
そして、彼のエスコートを受けながらホールの中央へと向かったのだった。
オーケストラの音楽に合わせて、男女ペアで踊るダンスが始まる。
私は緊張のあまり縮こまりかけていたが、ジェイドの巧みなリードによって次第に足が動き始めた。
周囲の参加者たちが優雅な足取りでダンスをする中、自分たちに視線が集まるのを感じる。
──そう、好奇の目を向けられているのだ。
それも無理はないだろう。巷では「猛獣公爵」と揶揄されているジェイドと、名家の生まれであるにも関わらず魔力に恵まれなかった、「忌み子」と蔑まれてきた私。
そんな二人がどういうわけか舞踏会に招待され、一緒に踊っているのだから。
けれど……今、この瞬間だけはそれが気にならなかった。
目の前にいる大切な存在──ジェイドが自分を認め、一緒に踊ってくれている。そのことが、何よりも嬉しかった。
「聞いたところによると……あの二人、ユリアン王太子から直々に舞踏会に招待されたらしいわよ」
「まあ、なんて図々しいのかしら! きっと、無理を言って招待してもらったに違いないわ」
「本当に、身の程知らずもいいところですわ!」
そんな声があちこちから聞こえてくるが、私は聞こえないふりをしてひたすらステップを踏み続けた。
しかし──そんな中、異変が起こった。ジェイドが、突然動きを止めたのだ。ダンスを中断した彼を見て、私は首を傾げる。
「ジェイド様……?」
名前を呼びながら顔を覗き込むと、彼は苦しそうな表情を浮かべていた。
「……すまない、コーディ」
ジェイドはそう言うと、俯いてしまう。
「ジェイド様……? 大丈夫ですか?」
ジェイドの顔を覗き込むと、彼は額に汗を滲ませていた。
呼吸も荒くなっており、明らかに様子がおかしいことに気づく。そこで私はハッとした。
(もしかして……これは、人の姿に戻る前兆なのでは……?)
実際にジェイドが人の姿に戻った瞬間は一度しか見たことがないけれど、それでも彼の様子から察することはできた。
「とりあえず、少し休みましょう」
そう言って、私はジェイドをダンスホールから連れ出そうとする。
だが、次の瞬間。辺りが眩い光に包まれ、どよめきが起こった。
しばらくして、ゆっくりと目を開けると──そこには、人間に戻ったジェイドがいた。
(間に合わなかった……!)
突然、ジェイドが猛獣から人の姿へと変わったことでその場は騒然とする。
だが、その声は私の予想に反したものだった。
「う、嘘でしょ……? あれが、あの公爵の本当の姿なの……?」
「まさか、あんなに美しい方だったなんて……」
「信じられない……」
ジェイドの本来の姿を見た周りの女性たちからは、黄色い声が上がり始める。
先ほど、私たちの陰口を叩いていた令嬢たちも驚きのあまり言葉を失っていた。
そんな二人の後ろに、ふと見覚えのある美しい令嬢の姿があることに気づく。
(あれは……ビクトリア……?)
ビクトリアは、瞬きもせずこちらを睨みつけていた。
その表情は、明らかに憎悪に満ちている。ビクトリアはジェイドに釘付けになっている令嬢たちに声をかけると、彼女たちを連れてどこかへと歩いて行ってしまった。
(やっぱり、ビクトリアは気づいているんだ。……私が密かにレオンを匿っていることを)
遠ざかっていくビクトリアを見つめながら、私は心の中で呟く。
そんなことを考えていると、人間の姿に戻ったジェイドが他の参加者たちに説明を始めた。
「驚かせてしまって申し訳ありません。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、私は獣化の病という奇病を患っております。そのため、普段は獣の姿をしていますが、時折こうして人の姿に戻ることがあるのです」
ジェイドがそう言うと、再びどよめきが起こる。だが、彼は構わず言葉を続けた。
「皆様のダンスを中断してしまったこと、深くお詫び申し上げます。どうか、私のことはお気になさらず、引き続き舞踏会をお楽しみください」
ジェイドはそう言って頭を下げた。
「そう言われましても……違う意味で気になってしまいますわ」
「私もですわ。あんなに美しい方、今まで見たことがありませんもの」
「是非、お話を伺いたいですわ」
周囲からは、そんな声が聞こえてくる。
ジェイドは困ったように微笑むと、私の手を取って言った。
「少し、静かな場所で休もうか」
そして、私たちはそそくさとダンスホールを後にしたのだった。
馬車に揺られながら、私は緊張のあまり身を固くしていた。
「そんなに固くなるな」
向かい側に座っているジェイドが声をかけてくる。
「すみません……」
深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとするが、なかなか上手くいかない。
「大丈夫だ。あれだけ練習したんだから、きっとうまくいく」
「そ、そうですよね……」
ジェイドに励まされ、私は苦笑しつつも頷いた。
(大丈夫……きっと上手くいく)
自分にそう言い聞かせていると、不意に馬車が停まった。
どうやら、王都に到着したようだ。
「さあ、着いたぞ」
ジェイドが手を差し伸べてくれる。私はその手を取りながら馬車から降りた。
周りを見渡せば、他の参加者と思しき貴族たちが城へ向かっている姿が目に入った。
ジェイドと共にしばらく歩いて、王城へと足を踏み入れると──目の前には、煌びやかな世界が広がっていた。
豪華なシャンデリアに照らされる大広間には、着飾った貴族たちが集まっており、あちこちで談笑している。
「すごい……」
私は思わず感嘆の声を漏らした。
同時に、ダンスでのミスは許されないと身が引き締まる。
そんなことを考えながらもジェイドと共に歩いていると、貴族たちの視線が一気に集まるのを感じた。
(うう……緊張する)
私は思わず俯いてしまう。すると、ジェイドは私の肩をぽん、と叩いた。
「大丈夫。堂々とするんだ」
「……っ! は、はい!」
私は慌てて顔を上げると、にっこりと笑う。そして、気を取り直して歩き出した。
ふと、こちらを見ている二人の令嬢がいることに気づく。
「ねえ。向こうにいるのって、コーデリアよね? ついに伯爵家から見限られて悪名高い猛獣公爵の元に嫁がされたと聞いていたけれど、本当だったのね」
「まあ、本当だわ。……でも、なんであの二人が舞踏会に招待されているのかしら?」
二人は、ビクトリアの友人たち──もとい、取り巻きだ。
彼女たちは、私とジェイドが舞踏会に招待されたことが不思議でならないらしい。
以前から、二人はビクトリアと一緒になって私の悪口を吹聴していた。つまり、私の悪評を広めた張本人たちである。
本人たちはひそひそ話をしているつもりなのだろうが、全て丸聞こえだった。
「ああいう連中の言うことは、気にしない方がいい。所詮、口だけが達者な者たちだ」
ジェイドが小声で話しかけてくる。
「そうですね……」
私たちは頷き合うと、再び歩き出す。
そして、二人の前を通り過ぎたその刹那。今度は意外な言葉が聞こえてくる。
「……ねえ、ちょっと待って。コーデリアって、あんなに綺麗だったかしら? 近くで見たら、以前とは別人みたいだったわよ」
「え、ええ……。肌は陶器のように滑らかだし、髪も艶があって、着ているドレスも悔しいけれど素敵だったわ……」
そんな会話が後ろから聞こえてきたような気がしたが、きっと何かの間違いだろうと自分に言い聞かせ歩を進める。
ダンスホールに足を踏み入れれば、そこには多くの人が集まっていた。
優雅な音楽と共に貴族たちの歓談する声が混ざり合い、まるでそれが一つの音楽のように感じられる。
(これが舞踏会……)
私は、思わず感嘆のため息を零す。
ずっと、憧れていた場所──それが今、自分の目の前にある。
あまりの煌びやかさに圧倒されていると、不意に声をかけられた。
「やあ、ジェイド。それに、隣にいるのはコーデリア……だよね? 来てくれて嬉しいよ」
慌てて振り向けば、そこにはユリアン王太子が立っていた。
「王太子殿下、ご無沙汰しております」
ジェイドがそう言って一礼したので、私も同じように頭を下げた。
「そんなに畏まらなくていいのに……」
ユリアンはそう言うと、気さくな様子でにっこりと微笑む。
「この度は、舞踏会にご招待いただきありがとうございます」
「いや、こちらこそ来てくれてありがとう。楽しんでいってくれると嬉しいよ」
ユリアンはそう言って微笑むと、他の参加者に挨拶をしなければならないからと言って去っていった。
(はぁ……緊張した)
私はほっと胸を撫で下ろす。
「コーディ、そろそろダンスが始まる時間だ」
「あ、はい!」
ジェイドの言葉に、私は頷く。
そして、彼のエスコートを受けながらホールの中央へと向かったのだった。
オーケストラの音楽に合わせて、男女ペアで踊るダンスが始まる。
私は緊張のあまり縮こまりかけていたが、ジェイドの巧みなリードによって次第に足が動き始めた。
周囲の参加者たちが優雅な足取りでダンスをする中、自分たちに視線が集まるのを感じる。
──そう、好奇の目を向けられているのだ。
それも無理はないだろう。巷では「猛獣公爵」と揶揄されているジェイドと、名家の生まれであるにも関わらず魔力に恵まれなかった、「忌み子」と蔑まれてきた私。
そんな二人がどういうわけか舞踏会に招待され、一緒に踊っているのだから。
けれど……今、この瞬間だけはそれが気にならなかった。
目の前にいる大切な存在──ジェイドが自分を認め、一緒に踊ってくれている。そのことが、何よりも嬉しかった。
「聞いたところによると……あの二人、ユリアン王太子から直々に舞踏会に招待されたらしいわよ」
「まあ、なんて図々しいのかしら! きっと、無理を言って招待してもらったに違いないわ」
「本当に、身の程知らずもいいところですわ!」
そんな声があちこちから聞こえてくるが、私は聞こえないふりをしてひたすらステップを踏み続けた。
しかし──そんな中、異変が起こった。ジェイドが、突然動きを止めたのだ。ダンスを中断した彼を見て、私は首を傾げる。
「ジェイド様……?」
名前を呼びながら顔を覗き込むと、彼は苦しそうな表情を浮かべていた。
「……すまない、コーディ」
ジェイドはそう言うと、俯いてしまう。
「ジェイド様……? 大丈夫ですか?」
ジェイドの顔を覗き込むと、彼は額に汗を滲ませていた。
呼吸も荒くなっており、明らかに様子がおかしいことに気づく。そこで私はハッとした。
(もしかして……これは、人の姿に戻る前兆なのでは……?)
実際にジェイドが人の姿に戻った瞬間は一度しか見たことがないけれど、それでも彼の様子から察することはできた。
「とりあえず、少し休みましょう」
そう言って、私はジェイドをダンスホールから連れ出そうとする。
だが、次の瞬間。辺りが眩い光に包まれ、どよめきが起こった。
しばらくして、ゆっくりと目を開けると──そこには、人間に戻ったジェイドがいた。
(間に合わなかった……!)
突然、ジェイドが猛獣から人の姿へと変わったことでその場は騒然とする。
だが、その声は私の予想に反したものだった。
「う、嘘でしょ……? あれが、あの公爵の本当の姿なの……?」
「まさか、あんなに美しい方だったなんて……」
「信じられない……」
ジェイドの本来の姿を見た周りの女性たちからは、黄色い声が上がり始める。
先ほど、私たちの陰口を叩いていた令嬢たちも驚きのあまり言葉を失っていた。
そんな二人の後ろに、ふと見覚えのある美しい令嬢の姿があることに気づく。
(あれは……ビクトリア……?)
ビクトリアは、瞬きもせずこちらを睨みつけていた。
その表情は、明らかに憎悪に満ちている。ビクトリアはジェイドに釘付けになっている令嬢たちに声をかけると、彼女たちを連れてどこかへと歩いて行ってしまった。
(やっぱり、ビクトリアは気づいているんだ。……私が密かにレオンを匿っていることを)
遠ざかっていくビクトリアを見つめながら、私は心の中で呟く。
そんなことを考えていると、人間の姿に戻ったジェイドが他の参加者たちに説明を始めた。
「驚かせてしまって申し訳ありません。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、私は獣化の病という奇病を患っております。そのため、普段は獣の姿をしていますが、時折こうして人の姿に戻ることがあるのです」
ジェイドがそう言うと、再びどよめきが起こる。だが、彼は構わず言葉を続けた。
「皆様のダンスを中断してしまったこと、深くお詫び申し上げます。どうか、私のことはお気になさらず、引き続き舞踏会をお楽しみください」
ジェイドはそう言って頭を下げた。
「そう言われましても……違う意味で気になってしまいますわ」
「私もですわ。あんなに美しい方、今まで見たことがありませんもの」
「是非、お話を伺いたいですわ」
周囲からは、そんな声が聞こえてくる。
ジェイドは困ったように微笑むと、私の手を取って言った。
「少し、静かな場所で休もうか」
そして、私たちはそそくさとダンスホールを後にしたのだった。