一週間後。
 私たちは、食堂を会議室代わりにしてメルカ鉱山での調査結果をまとめた書類を広げていた。

「こちらが報告書になります」

 そう言って、オリバーがジェイドに書類を差し出す。
 報告書の内容は、主にオリバーとエマがメルカ鉱山に行って見てきたものに関する事柄──その諸々のようだ。
 一通り目を通したジェイドは、険しい表情を浮かべながら問いかけた。

「──つまり、鉱山のどこかから魔物が自然発生している可能性があると?」

「はい。まずはその確証が得られないと、鉱山の採掘許可を出すことは難しいかと」

 オリバーは申し訳なさそうにそう言った。
 もし本当にメルカ鉱山で魔物が自然発生しているのであれば、由々しき事態だ。一刻も早く対策を講じなければならない。
 ジェイドは静かに頷くと、「分かった」と答えた。

「それから、例の魔物についてですが……」

 オリバーはそう言って、ジェイドの前に古びた本を置く。

「これは……」

「先日、王都から送られてきた書物です。今から五百年前──今回の襲撃事件と同じように、メルカ鉱山で自然発生したと思しき魔物達が街を襲ったという記録が残っているんです」

 オリバーはそう言いながらページをめくる。そこには、今オリバーが言ったことと同様の文章が書かれていた。
 そして、驚いたのがその本に載っている挿絵である。なぜなら、その姿はあの時見た未知の魔物そのものだったからだ。

「人々は、その時現れた未知の魔物をヒュームと呼んでいたそうです」

「なるほど。五百年前、か……」

 ジェイドはそう呟くと、考え込むように腕を組んだ。
 そして、何かに気づいたようにハッと顔を上げる。

「待てよ……確か、同時期に獣化の病と似たような症例の患者がいたという記録が別の文献に残っていたな。オリバー、君も知っているだろう?」

「はい。時期的には、ヒュームによる襲撃があった直後のようですね」

 オリバーはそう言って頷く。
 そういえば、以前ジェイドがそんな話をしていた記憶がある。
 つまり、そのヒュームという魔物は獣化の病と何かしら関係があるということだろうか。

「もしかしたら、獣化の病と何か関連があるかもしれないな。……とにかく、この件に関してはもう少し詳しく調査する必要があるな。オリバー、エマ。君たちにはメルカ鉱山での調査を引き続き行ってもらいたい」

「承知致しました」

「お任せ下さい」

 オリバーとエマは、そう言って強く頷く。
 一先ず、ヒュームという魔物が獣化の病と何か関連性がありそうだということが分かっただけでも大きな進歩だ。
 このまま順調に調査が進めば、真相を突き止めることができるかもしれない。
 会議を終えた私たちは、それぞれの仕事に戻ることにした。
 私とエマは、いつも通り怪我人の治療を行うために街の診療所へと向かう。

「そういえば、院長先生の怪我の具合なんですが……大分、良くなってきているみたいです。完治はもう少し先になりそうですが、仕事に復帰できる日も近いかもしれません」

 道中、エマが嬉しそうにそう話す。
 私たちが手伝いをしている診療所の院長はヒュームの襲撃事件の際、重症を負ってしまった。
 そのため、王都の医療機関で専門的な治療を受けていたようだが、ようやく完治する目処が立ったらしい。

「それは良かったです。院長先生が戻ってくるまで、私たちで何とか頑張りましょう」

「ええ」

 私たちは、強く頷き合う。

「ここまで何とかやってこれたのは、コーデリア様のお陰です。本当にありがとうございます」

 エマはそう言って立ち止まると、深々とお辞儀をする。

「いえ……そんな、大げさですよ。私は、エマさんみたいに治癒魔法を使えません。だから、自分ができることをしただけです。それに……エマさんだって、いつも頑張っているじゃないですか」

 私がそう言うと、エマは「そんな……」と謙遜するように小さく手を振る。

「私なんてまだまだです……もっと頑張らないといけませんから」

 そう言って、エマは再び歩き始める。その横顔からは、強い決意のようなものが感じられた。

「あ、そうだ」

 私はそう呟くと、コートのポケットから指輪を取り出した。
 これは先日、クレイグの店で買った宝石を指輪にして加工したものだ。
 ──恐らく、エマはオリバーのことが好きなのだ。恋愛に疎いせいか、私はそのことに気づくのに時間が掛かってしまったが……。
 恋の後押しになるかどうかは分からないが、私はエマに指輪を手渡すことにした。

「エマさん、ちょっと手を出してくれませんか?」

「……?」

 エマは言葉の意図が分からないのか首を傾げつつも、言われた通り右手を前に出す。
 私は彼女の手のひらの上に指輪を一つ置いた。

「はい」

「これは……?」

「ええと……恋愛成就のお守りみたいなものです」

 上手い言葉が見つからず、随分とたどたどしい言い方になってしまった。

「これを私に?」

 エマは不思議そうに首を傾げる。

「はい。その、勘違いかもしれませんが、エマさんってオリバーさんのこと──」

 そこまで言いかけると、エマは「わー!」と慌てた様子で私の口を塞ぐ。
 そして、これ以上言うなと言わんばかりに首を横に振った。
 どうやら、図星だったようだ。私が頷くと、やっと手を離される。
 エマは少し顔を赤くしながら、私に向き直る。

「絶対、内緒ですからねっ! 誰にも言わないでくださいよ!?」

「も、勿論です……」

 私がこくこくと頷くと、エマは深い溜め息をつく。
 そして、蚊の鳴くような声で「……ありがとうございます」と呟いた。

「……そんなに分かりやすかったですか? 私」

 エマは俯きがちにそう言う。

「うーん……最初は気づかなかったんですが、よく考えたらそうかなと思ったんです」

「なるほど……」

 エマは落ち込み気味に項垂れてしまった。
 自分では上手く隠していたつもりだったのだろう。何だか、申し訳なくなってきた。

「でも、素敵じゃないですか。長年、同じ人を思い続けているなんて」

 私が思ったことを素直にそのまま伝えてみると、エマは顔を上げて小さく微笑んだ。

「……そうですかね?」

「はい。応援しますよ」

「コーデリア様……。あの……ありがとうございます。嬉しいです……本当に」

 エマはそう言って、再び微笑む。

「そういうコーデリア様こそ、ジェイド様と──」

 言いかけると、なぜかエマは口をつぐんだ。
 そして、何やら自己解決したような様子でぶつぶつと独り言を言い始める。

「あ……こういうことは周りがおせっかいを焼かずに、ちゃんとお互いに自覚してから当人同士で話し合った方がいいですよね。……うん、きっとそうだわ」

「……? 私とジェイド様がどうかしたんですか?」

「いえ、なんでもありません!」

 エマはそう言って、首を横に振った。

「とにかく、これはありがたくいただきますね。お守りとして大切にします」

 そう言って、エマは指輪を大事そうに握りしめた。
 私はその様子を見てほっと胸を撫で下ろす。どうやら、喜んでもらえたようだ。

「じゃあ、行きましょうか」

 私がそう言うと、エマは頷く。そして、私たちは再び歩き始めたのだった。