「あの、ジェイド様。実は、さっきサラさんが私を庇って魔物たちを食い止めてくれたんです。彼女は、大丈夫なんでしょうか?」

 そう尋ねると、ジェイドは少し考える素振りをしてから答える。

「サラなら、きっとうまくやっているだろうから大丈夫だと思うが……様子を見に行ってみるか」

 ジェイドがそう言った瞬間、少し離れたところから悲鳴が聞こえてくる。
 私とジェイドは顔を見合わせると、声が聞こえてきた方向に走り出す。
 教会の裏に回り込めば、魔物に捕まって藻掻いているイザベルの姿が目に飛び込んできた。

「きゃああああ! や、やめて……離しなさいよ!! このっ!!」

「イザベル!?」

 私は慌てて駆け出そうとする。しかし、ジェイドに腕を掴まれ制止された。

「待つんだ、コーディ! あれを見ろ!」

「え……?」

 ジェイドにそう言われ、私は再び捕らわれているイザベルの方に目を向ける。

(あれ? どうして……?)

 魔物たちは、何故かイザベルだけを標的にしていた。そう、まるで私たちのことなど眼中に入っていないかのように。
 イザベルは何とか拘束から逃れようとしているものの、徐々に手足から力が抜けていく様子が伝わってくる。

「どういうこと……?」

 不思議に思っていると、やがて魔物たちは大きく口を開けた。
 鋭い牙が、まるで補食するかのようにゆっくりとイザベルに迫る。

「ひっ……!」

 イザベルは小さく悲鳴を上げると、必死に抵抗する。
 その光景を見て、私は戦慄した。このまま黙って見ていれば、イザベルの身に危険が及ぶことは明白だった。
 次の瞬間、魔物たちは無情にも次々とイザベルの体に噛みつく。その度に、イザベルの口から甲高い悲鳴が聞こえた。
 彼女が身に纏っている服は血で赤く染まっていて、目も当てられない状態だった。

「た、助けて……! ねえ、お願い! 助けてよ!!」

 イザベルは涙を流しながら、私たちに哀願する。
 ちらりとジェイドのほうを窺い見ると、彼は軽蔑するような冷ややかな目をイザベルに向けていた。

(ジェイド様……?)

 彼のこんな冷たい眼差しを見たのは初めてだ。普段は温和な表情をしているから、余計に恐ろしく感じてしまう。
 私が呆気に取られていると──ジェイドは急に険しい顔になり、イザベルに向かって言い放った。

「──お前は、コーデリアが助けを求めていた時に手を差し伸べたのか? 助けようとしたか?」

 彼は淡々とした口調で言葉を続ける。

「お前は、あいつらと一緒になってコーデリアを虐げたじゃないか。なのに……自分が窮地に陥った途端、助けを求めるのか? いくらなんでも、それは都合が良すぎるんじゃないか?」

「う……うぅ……そ……れは……」

 イザベルは苦しそうに呻きながらも、言葉に詰まる。
 そんな彼女に追い討ちをかけるように、ジェイドはさらに言葉を続けた。

「それに、さっきお前はコーデリアに何と言った? 散々、酷い言葉を浴びせていただろう?」

「あ……う……あぁ……」

 イザベルは口をぱくぱくとさせながら、声にならない声を漏らす。
 その間も彼女の体には魔物たちが噛み付いており、血が流れ続けていた。

「いいか。この際だから、はっきり言っておく。コーデリアは俺にとって大切な存在なんだ。だから、もう二度とコーデリアを傷付けるな」

 そう告げると、ジェイドは風魔法を発動させる。そして、魔物たちをイザベルから引き剥がすように吹き飛ばす。
 次の瞬間、彼女は力なくどさりと崩れ落ちるようにして地に伏した。

「──消えろ!」

 ジェイドは再び魔法を発動させると、今度は大きな火の玉を魔物たちに向けて放った。すると、魔物たちの体が炎に包まれる。
 魔物たちは、断末魔の叫びを上げながら燃え尽きていく。そして、先ほどと同じようにその死体は霧散し消え去ったのだった。

(やっぱり、ジェイド様はすごい……)

 そんな風に圧倒されていると、ジェイドが倒れ込んでいるイザベルの方を見ていることに気づいた。
 その目は、まるで氷のように冷たくて。静かな怒りに満ちているようだった。

「コーディを傷つける奴は、誰であっても許さない」

 ジェイドはそう言うと、ゆっくりとイザベルに近づいていく。
 そして──しゃがみ込んでイザベルと視線を合わせたかと思えば、彼女の髪を鷲掴みにした。

「きゃああ!!」

「いいか? コーデリアに二度と近づくな」

 ジェイドは冷たい声でそう言い放つと、イザベルを強引に自分の方に向かせた。

「ひぃっ……は、は……い……すみま……せん……でした……」

 イザベルは重症を負いながらも意識があるのか、怯えた様子で何度も頷き謝っていた。
 その光景を眺めていると、不意に何とも言えない高揚感を覚えた。胸がすくような思いだった。

(ジェイド様が、私のためにあんなに怒ってくれるなんて……)

 彼のあんな一面を見たのは初めてだったけれど、嫌な気分にはならなかった。寧ろ、その逆だ。嬉しいとさえ思ってしまう。
 しばらくして、イザベルは救護活動をしていた領民たちに介抱されながら教会の中へと運ばれていった。
 私はその光景を眺めながら、改めて自分が今置かれている状況を認識して息を呑んだ。

「さっきの女は、ラザフォード家の使用人なんだろう? ……ということは、君の姉もこの近くにいるのかもしれないな」

「あっ……」

 ジェイドの言葉に、私はハッとする。
 恐らく、イザベルはビクトリアの付き添いとしてウルス領を訪れたのだ。
 彼女が一人でいたのは、きっとあの未知の魔物の襲撃によってはぐれてしまったからなのだろう。

「やっぱり、ビクトリアはレオンを捜しに来たんでしょうか……?」

「ああ、その可能性は高いな」

 ジェイドはそう言うと、考え込むような仕草をする。
 一先ず、私たちはサラを捜すことにした。ジェイドと共に急いでサラと別れた場所へと引き返したものの、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
 もしかしたら、既にアランやオリバーたちと合流しているのかもしれない。そう思い、私たちは広場の方へと足を向けた。