そして、数日後。
私は、予定通りサラと街に出向くことになった。なんでも、お勧めの仕立て屋があるらしく、そこでドレスを注文するらしい。
それはさておき、なぜかジェイドまで一緒に付いて来ることになったため私は困惑していた。
「今から向かう仕立て屋は、ジェイド様のお母様が生前懇意にしていたお店なんです。ですから、品質は保証しますよ。ですよね? ジェイド様」
サラが同意を求めるように振り向けば、後ろを歩いていたジェイドが静かに頷いた。
「ああ、それは間違いないだろうな。母は本当にあの仕立て屋を気に入っていたし、俺も何度か世話になったことがある。腕は確かだよ」
ジェイドはそう言って、懐かしそうに微笑む。
「そうだったんですね」
そんな会話をしながら、私たちは目的地へと向かった。
「ここです!」
そう言ってサラが立ち止まったのは、街の中心部にある大きな店舗だった。どうやら、ここが件の仕立て屋らしい。
中に入ると、初老の男性が私たちを出迎えてくれた。恐らく、彼が店主なのだろう。
彼は丁寧にお辞儀をすると、にこやかに微笑んでみせた。
「これはこれは……ジェイド様ではございませんか。それに、サラ様も。ようこそ、いらっしゃいました」
店主がそう言うと、サラは目を輝かせながら答えた。
「はい! お久し振りです!」
どうやら、二人は顔見知りのようだ。きっと、ジェイドの母親の付き添いで何度か来たことがあるのだろう。
店内をぐるりと見渡すと、華やかなドレスがずらりと並んでいるのが目に入った。
色とりどりの美しいデザインのドレスがまるで花畑のように重なり合っていて、眺めているだけで楽しい気分になる。
(凄い……こんなお店があったなんて知らなかったわ)
そんなことを考えていると、店主が声をかけてきた。
「あなた様は、もしかしてコーデリア様ですかな?」
「は、はい。そうですが……」
戸惑いながらもそう答えると、彼は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「おお! やはり、そうでしたか! 今や街中で噂の的になっている、あのコーデリア様ですね!」
「え……?」
「コーデリア様が発明したランプのお噂はかねがね伺っております。いやぁ、実に素晴らしい! まさに天才と呼ぶに相応しいお方ですな!」
「そ、そんな……大げさですよ」
手放しで褒められてしまい、私はどう反応していいか分からなかった。
すると、その様子を見ていたジェイドが口を開いた。
「いや、実際、コーディが発明したランプは本当に素晴らしいよ。俺も、初めて目にした時は驚いたものだ」
「ジェイド様まで……」
なんだか照れ臭くなってしまい、頬が熱を持ち始める。
「それで、今日はどのような御用件でいらっしゃったのでしょうか?」
店主にそう尋ねられ、本来の目的を思い出す。
すっかり忘れていたが、今日はドレスを作ってもらいに来たのだ。私は、改めて用件を伝えることにする。
「ええと……実は、舞踏会用のドレスを仕立てていただきたくて」
おずおずと切り出すと、店主は納得したように頷いた。
「なるほど……」
彼は何やら考え込んでいる様子だったが、しばらくすると再び口を開いた。
「それでしたら、まず生地から見繕う必要がありますが……コーデリア様は、どのような色がお好みでしょうか? デザインも、ご希望があればお教えください」
「あの、すみません……私、そういうのは疎くて……」
いきなりそんなことを聞かれても困ってしまう。
そもそも、私は夜会に出席した経験すらないのだ。ドレスの好みを聞かれても、答えようがない。
そんな風に戸惑っていると、隣にいるジェイドが助け船を出すように言った。
「ドレスの色は赤が良い。それも、燃え盛る炎のような真紅色のドレスだ。コーディの黒髪には、よく映えるだろう。デザインは、そうだな……そちらに全て任せる。予算は気にしなくていいから、最高のものを仕立ててくれ」
「え!? 赤ですか!? そんな派手な色、私に似合うでしょうか……?」
私は思わず声を上げる。
「ああ。きっと良く似合うよ。それに──何より、俺が見てみたいんだ。君が真紅のドレスを着ている姿を」
心なしか、ジェイドはどこか熱を帯びた眼差しでこちらを見つめていた。
その表情に胸がきゅっと締め付けられたような気がした私は、それ以上何も言えなかった。
すると、その様子を見ていた店主が何かを察したようにニヤリと笑った。
「おや、まあ……随分と熱の籠もったご注文ですね」
店主の言葉に我に返ったのか、ジェイドはハッと目を見開き気まずそうに咳払いをした。
それを見ていたサラが小さく笑みを漏らすのが聞こえた気がしたが、ジェイドは気付いていないようだったので指摘はしないでおく。
結局、私はジェイドの意見を採用して真紅のドレスを作ることに決めたのだった。
「かしこまりました。では、まずは採寸から行いましょうか」
店主がそう言ったため、それからしばらくは採寸をしたり、打ち合わせをしたりして過ごした。
サラは、店主と一緒にドレスのデザインについて楽しそうに話し合っていた。そんな二人を見ていると、なんだか微笑ましくなってくる。
採寸や打ち合わせが終わった頃には、既に日も傾き始めていた。
店主に向かって「今日はありがとうございました」と頭を下げると、私たちは仕立て屋を後にする。
店から出て馬車の元へ向かっていると、不意にどこからともなく犬の鳴き声が聞こえた。
(どこかに犬がいるのかしら……?)
不思議に思っていると、前方から一匹の犬がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
その姿を見て、私は思わず息を呑む。
「あっ……」
垂れた耳と、ふさふさとした尻尾。そのつぶらな瞳には、知性を感じさせるような光を宿している。
さらに、珍しい金色と青色のオッドアイ。その特徴を持つ犬は、今まで彼以外に見たことがない。
──間違いない。ビクトリアの愛犬であるレオンだ。
(でも……どうしてレオンがここに……?)
驚きながらもその姿を眺めていると、レオンは私たちの前で立ち止まった。
そして、嬉しそうに尻尾を振りながらこちらを見上げてくる。
よく見てみれば、リードが千切れているようだ。なぜ千切れたのかは分からないが、恐らくその拍子に逃げ出してしまったのだろう。
「なんだ? この犬は……」
ジェイドが不思議そうに首を傾げている。
そんな彼に、私は戸惑いながらも説明をする。
「あ、あの……この子はレオンというんです。実家で、姉が飼っていた犬でして……」
「実家ということは、ラザフォード邸で飼っていた犬だろう? その犬が、なぜこんなところにいるんだ?」
ジェイドは、怪訝そうな顔でレオンを見つめる。
「ねえ、レオン。あなた、どうしてこんなところにいるの……?」
レオンと視線を合わせるように屈み込みながら問いかけると、彼は「クゥン」と小さく鳴いてみせた。
何かを伝えようとしている様子だったが、残念ながらその意味は分からない。
すると、そのやり取りを見ていたサラが口を開いた。
「もしかしたら……コーデリア様に会いにここまで来たのかもしれませんね」
「私に会いに……?」
サラの言葉に、私は首を傾げる。
「しかし、ラザフォード邸からここまではかなり距離があるだろう? 一体、どうやって来たんだ?」
ジェイドが不思議そうに呟く。
言われてみれば、確かにその通りだ。ラザフォード邸からここまでは、馬車に乗っても一日はかかるはずだ。
そこまで考えたところで、ある答えに行き着いた。
(もしかすると、近くにビクトリアがいるのかもしれない……)
私は無意識のうちに自分の腕を抱きすくめていた。
ビクトリアに会いたくない。拒否反応からか、胸の奥から得体の知れない不快感が込み上げてくる。
「……とりあえず、このままこの子を放置していくわけにもいきませんし、邸に連れて帰っても構いませんか?」
私が尋ねると、ジェイドは少し躊躇する様子を見せつつも頷いた。
「ああ、構わないよ。だが……いずれにせよ、ラザフォード家には連絡を入れておいた方が良いだろうな」
「そうですね……」
私は小さくため息をつくと、レオンの頭を優しく撫でる。
すると、彼は気持ち良さそうに目を細めた。
「大丈夫だ。連絡は俺が入れておくから」
「……ありがとうございます。お願いします」
そんな会話をしつつ、私たちはレオンを連れて馬車の元へと向かったのだった。
私は、予定通りサラと街に出向くことになった。なんでも、お勧めの仕立て屋があるらしく、そこでドレスを注文するらしい。
それはさておき、なぜかジェイドまで一緒に付いて来ることになったため私は困惑していた。
「今から向かう仕立て屋は、ジェイド様のお母様が生前懇意にしていたお店なんです。ですから、品質は保証しますよ。ですよね? ジェイド様」
サラが同意を求めるように振り向けば、後ろを歩いていたジェイドが静かに頷いた。
「ああ、それは間違いないだろうな。母は本当にあの仕立て屋を気に入っていたし、俺も何度か世話になったことがある。腕は確かだよ」
ジェイドはそう言って、懐かしそうに微笑む。
「そうだったんですね」
そんな会話をしながら、私たちは目的地へと向かった。
「ここです!」
そう言ってサラが立ち止まったのは、街の中心部にある大きな店舗だった。どうやら、ここが件の仕立て屋らしい。
中に入ると、初老の男性が私たちを出迎えてくれた。恐らく、彼が店主なのだろう。
彼は丁寧にお辞儀をすると、にこやかに微笑んでみせた。
「これはこれは……ジェイド様ではございませんか。それに、サラ様も。ようこそ、いらっしゃいました」
店主がそう言うと、サラは目を輝かせながら答えた。
「はい! お久し振りです!」
どうやら、二人は顔見知りのようだ。きっと、ジェイドの母親の付き添いで何度か来たことがあるのだろう。
店内をぐるりと見渡すと、華やかなドレスがずらりと並んでいるのが目に入った。
色とりどりの美しいデザインのドレスがまるで花畑のように重なり合っていて、眺めているだけで楽しい気分になる。
(凄い……こんなお店があったなんて知らなかったわ)
そんなことを考えていると、店主が声をかけてきた。
「あなた様は、もしかしてコーデリア様ですかな?」
「は、はい。そうですが……」
戸惑いながらもそう答えると、彼は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「おお! やはり、そうでしたか! 今や街中で噂の的になっている、あのコーデリア様ですね!」
「え……?」
「コーデリア様が発明したランプのお噂はかねがね伺っております。いやぁ、実に素晴らしい! まさに天才と呼ぶに相応しいお方ですな!」
「そ、そんな……大げさですよ」
手放しで褒められてしまい、私はどう反応していいか分からなかった。
すると、その様子を見ていたジェイドが口を開いた。
「いや、実際、コーディが発明したランプは本当に素晴らしいよ。俺も、初めて目にした時は驚いたものだ」
「ジェイド様まで……」
なんだか照れ臭くなってしまい、頬が熱を持ち始める。
「それで、今日はどのような御用件でいらっしゃったのでしょうか?」
店主にそう尋ねられ、本来の目的を思い出す。
すっかり忘れていたが、今日はドレスを作ってもらいに来たのだ。私は、改めて用件を伝えることにする。
「ええと……実は、舞踏会用のドレスを仕立てていただきたくて」
おずおずと切り出すと、店主は納得したように頷いた。
「なるほど……」
彼は何やら考え込んでいる様子だったが、しばらくすると再び口を開いた。
「それでしたら、まず生地から見繕う必要がありますが……コーデリア様は、どのような色がお好みでしょうか? デザインも、ご希望があればお教えください」
「あの、すみません……私、そういうのは疎くて……」
いきなりそんなことを聞かれても困ってしまう。
そもそも、私は夜会に出席した経験すらないのだ。ドレスの好みを聞かれても、答えようがない。
そんな風に戸惑っていると、隣にいるジェイドが助け船を出すように言った。
「ドレスの色は赤が良い。それも、燃え盛る炎のような真紅色のドレスだ。コーディの黒髪には、よく映えるだろう。デザインは、そうだな……そちらに全て任せる。予算は気にしなくていいから、最高のものを仕立ててくれ」
「え!? 赤ですか!? そんな派手な色、私に似合うでしょうか……?」
私は思わず声を上げる。
「ああ。きっと良く似合うよ。それに──何より、俺が見てみたいんだ。君が真紅のドレスを着ている姿を」
心なしか、ジェイドはどこか熱を帯びた眼差しでこちらを見つめていた。
その表情に胸がきゅっと締め付けられたような気がした私は、それ以上何も言えなかった。
すると、その様子を見ていた店主が何かを察したようにニヤリと笑った。
「おや、まあ……随分と熱の籠もったご注文ですね」
店主の言葉に我に返ったのか、ジェイドはハッと目を見開き気まずそうに咳払いをした。
それを見ていたサラが小さく笑みを漏らすのが聞こえた気がしたが、ジェイドは気付いていないようだったので指摘はしないでおく。
結局、私はジェイドの意見を採用して真紅のドレスを作ることに決めたのだった。
「かしこまりました。では、まずは採寸から行いましょうか」
店主がそう言ったため、それからしばらくは採寸をしたり、打ち合わせをしたりして過ごした。
サラは、店主と一緒にドレスのデザインについて楽しそうに話し合っていた。そんな二人を見ていると、なんだか微笑ましくなってくる。
採寸や打ち合わせが終わった頃には、既に日も傾き始めていた。
店主に向かって「今日はありがとうございました」と頭を下げると、私たちは仕立て屋を後にする。
店から出て馬車の元へ向かっていると、不意にどこからともなく犬の鳴き声が聞こえた。
(どこかに犬がいるのかしら……?)
不思議に思っていると、前方から一匹の犬がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
その姿を見て、私は思わず息を呑む。
「あっ……」
垂れた耳と、ふさふさとした尻尾。そのつぶらな瞳には、知性を感じさせるような光を宿している。
さらに、珍しい金色と青色のオッドアイ。その特徴を持つ犬は、今まで彼以外に見たことがない。
──間違いない。ビクトリアの愛犬であるレオンだ。
(でも……どうしてレオンがここに……?)
驚きながらもその姿を眺めていると、レオンは私たちの前で立ち止まった。
そして、嬉しそうに尻尾を振りながらこちらを見上げてくる。
よく見てみれば、リードが千切れているようだ。なぜ千切れたのかは分からないが、恐らくその拍子に逃げ出してしまったのだろう。
「なんだ? この犬は……」
ジェイドが不思議そうに首を傾げている。
そんな彼に、私は戸惑いながらも説明をする。
「あ、あの……この子はレオンというんです。実家で、姉が飼っていた犬でして……」
「実家ということは、ラザフォード邸で飼っていた犬だろう? その犬が、なぜこんなところにいるんだ?」
ジェイドは、怪訝そうな顔でレオンを見つめる。
「ねえ、レオン。あなた、どうしてこんなところにいるの……?」
レオンと視線を合わせるように屈み込みながら問いかけると、彼は「クゥン」と小さく鳴いてみせた。
何かを伝えようとしている様子だったが、残念ながらその意味は分からない。
すると、そのやり取りを見ていたサラが口を開いた。
「もしかしたら……コーデリア様に会いにここまで来たのかもしれませんね」
「私に会いに……?」
サラの言葉に、私は首を傾げる。
「しかし、ラザフォード邸からここまではかなり距離があるだろう? 一体、どうやって来たんだ?」
ジェイドが不思議そうに呟く。
言われてみれば、確かにその通りだ。ラザフォード邸からここまでは、馬車に乗っても一日はかかるはずだ。
そこまで考えたところで、ある答えに行き着いた。
(もしかすると、近くにビクトリアがいるのかもしれない……)
私は無意識のうちに自分の腕を抱きすくめていた。
ビクトリアに会いたくない。拒否反応からか、胸の奥から得体の知れない不快感が込み上げてくる。
「……とりあえず、このままこの子を放置していくわけにもいきませんし、邸に連れて帰っても構いませんか?」
私が尋ねると、ジェイドは少し躊躇する様子を見せつつも頷いた。
「ああ、構わないよ。だが……いずれにせよ、ラザフォード家には連絡を入れておいた方が良いだろうな」
「そうですね……」
私は小さくため息をつくと、レオンの頭を優しく撫でる。
すると、彼は気持ち良さそうに目を細めた。
「大丈夫だ。連絡は俺が入れておくから」
「……ありがとうございます。お願いします」
そんな会話をしつつ、私たちはレオンを連れて馬車の元へと向かったのだった。