レヴァイン王国の王太子であるユリアンは、父王の元に届いたという嘆願書について思いあぐねていた。
というのも、現在のウルス領の実情を哀れんだ一部の貴族が「領民たちを救ってほしい」との旨を記した嘆願書を国王に提出したのだ。
どうやら、その貴族は実際にウルス領に足を運んだらしい。そこで見た光景は、とても酷いものだったという。
領民たちの多くは獣化の病を患っており、皆一様に暗い表情を浮かべていたそうだ。そして、その状況を引き起こしたのが鉱山から流れてくる瘴気だということも知ったらしい。
しかも、その瘴気のせいで火が灯りづらく照明が消えてしまったりと随分と不便な生活を強いられていることが分かったのだ。
その話を聞いたユリアンは、「なぜウルス領を救おうとしないのか」と父に問いかけた。
父曰く、以前から何か対策をとらなければと頭を悩ませていたらしい。しかし、下手に首を突っ込んでもいい方向に行くという保証がないから何もできなかった、というのが真実のようだ。それぐらい、瘴気というのは厄介なものらしい。
その回答に憤るユリアンだったが、それ以上強く進言することはできなかった。
父には父の立場や考えがあり、その行動に口出しするのは間違っているのではないかと思ってしまい何も言えなかったのである。
(でも、このまま何も対策しなければ彼らは……)
父からその話を聞いた後、ユリアンは何か良い手立てはないかと必死に考えを巡らせた。
そして最終的に、一つの策を講じることを決意したのだ。
つい先日、ユリアンはその貴族の元を訪れ詳細を聞いた。
すると、その人物から意外な情報を得ることができた。
なんでも、ウルス家に嫁いだコーデリア嬢がつい最近、画期的な魔導具を発明したのだという。その魔導具は、魔蛍石という鉱石を使ったランプらしい。
コーデリアは、その石に魔力を適量込めることで強い光を放つランプを作り上げた。そのうえ、出来上がったランプを領民たちに無償で配ったそうだ。
すると、彼らの生活は一変したらしい。
コーデリアが発明したランプのお陰で夜でも活動ができるようになり、仕事の効率が上がったのだという。
そんな話を聞いたユリアンは驚きつつも、「きっと彼女になら瘴気に侵されたウルス領を救えるかもしれない」と、そう思った。
そこで、ユリアンは一肌脱ぐことにしたのだ。
コーデリアは、いずれはそのランプを領地で普及させたいと考えているそうだ。
しかし、それを叶えるためには人手が足りない。もし本格的に普及を考えるのならば、鉱石に魔力を込めるために魔導士の協力が必要となってくる。
そう考えたユリアンは父に進言し、王城に仕えている宮廷魔導士の派遣を打診したのだ。
「──ユリアン様? 難しい顔をして、一体何を考えていらっしゃるのですか?」
ふと、ユリアンの思考はそこで中断された。
気づけば、目の前に座る婚約者──ビクトリアが、不思議そうに首を傾げている。
今は、彼女とティータイムを楽しんでいたところだった。
「ああ、すまない。少し、考え事をしていたんだ」
「まあ、何か悩み事でも……? 私でよければ、いつでも相談に乗りますわ」
ビクトリアはそう言うと、ふわりと微笑んだ。
その笑顔に思わず見惚れてしまうユリアンだったが、すぐに我に返ると「ありがとう」と礼を言った。
「実は……少し困っていることがあるんだ」
そう言って、ユリアンは先日の出来事を彼女に打ち明けた。
すると、彼女は驚いた様子で目を見開く。そして、口元に手を当てながら尋ねてきた。
「え……? ウルス領に宮廷魔導士を派遣されるおつもりなのですか……?」
「ああ、そうだよ。君の妹君──コーデリアが発明したランプは、非常に画期的なものだ。それを領民たちに普及させるためにも、魔導士を派遣した方がいいと思ってね」
「ランプ、ですか……?」
「ん? 知らなかったのかい?」
ユリアンがそう尋ねると、ビクトリアは眉をひそめた。
怪訝に思いつつも経緯を説明すると、彼女は明らかに動揺したような素振りをみせた。一体、どうしたのだろうか。
「ビクトリア……? どうかしたのかい?」
ユリアンがそう問いかけると、彼女は誤魔化すように微笑んだ。
「い、いえ……別に、なんでもありませんわ。そうですか……妹が、そんな素晴らしい発明品を……」
そう言って、ビクトリアはやや目を伏せた。彼女の反応に違和感を抱きつつも、ユリアンが話を続けようとした時。
突然、彼女は顔を上げたかと思うと、真剣な眼差しで口を開いた。
「ユリアン様。その……恐れながら、私は宮廷魔導士をウルス領に派遣するのは反対です」
「え……?」
ユリアンは、思わず言葉を失った。
まさか、ビクトリアがそんなことを言うとは思わなかったからだ。
「どうして……? 宮廷魔導士を派遣すると、何か不都合でもあるのかい?」
そう詰め寄ると、ビクトリアは目を泳がせた。
そして、しばらく逡巡した後、言葉を続ける。
「あ、いえ……その……確かに、我が国の宮廷魔導士は優秀な面々が揃っています。ですが、その……ウルス領は瘴気の影響が大きいですし、危険な場所です。そんなところに彼らを派遣するのは……」
「それはそうだけど……でも、コーデリアが発明したランプを普及させるためにも必要なことだと思うんだ」
ユリアンの言葉に、ビクトリアは押し黙る。
「とにかく、僕はもう決めたよ。ウルス領に宮廷魔導士を派遣する。これは決定事項だ」
ユリアンがそう告げると、彼女はとうとう俯いて黙り込んでしまった。
(ビクトリアは、一体何を考えているんだ……?)
普通なら、自分の妹が活躍していると知ったら喜ぶはずだ。それなのに、ビクトリアはあまり喜んでいないように見えた。
実はユリアンには弟が一人いるのだが、数年前から行方不明になっており未だに見つからないのだ。それ以来、毎日弟の身を案じている。
それもあってか、彼女の反応はユリアンにとって余計に不可解でならなかった。
ビクトリアの真意が読み取れず困惑するユリアンだったが、一先ずそれ以上追及するのはやめておくことにした。
というのも、現在のウルス領の実情を哀れんだ一部の貴族が「領民たちを救ってほしい」との旨を記した嘆願書を国王に提出したのだ。
どうやら、その貴族は実際にウルス領に足を運んだらしい。そこで見た光景は、とても酷いものだったという。
領民たちの多くは獣化の病を患っており、皆一様に暗い表情を浮かべていたそうだ。そして、その状況を引き起こしたのが鉱山から流れてくる瘴気だということも知ったらしい。
しかも、その瘴気のせいで火が灯りづらく照明が消えてしまったりと随分と不便な生活を強いられていることが分かったのだ。
その話を聞いたユリアンは、「なぜウルス領を救おうとしないのか」と父に問いかけた。
父曰く、以前から何か対策をとらなければと頭を悩ませていたらしい。しかし、下手に首を突っ込んでもいい方向に行くという保証がないから何もできなかった、というのが真実のようだ。それぐらい、瘴気というのは厄介なものらしい。
その回答に憤るユリアンだったが、それ以上強く進言することはできなかった。
父には父の立場や考えがあり、その行動に口出しするのは間違っているのではないかと思ってしまい何も言えなかったのである。
(でも、このまま何も対策しなければ彼らは……)
父からその話を聞いた後、ユリアンは何か良い手立てはないかと必死に考えを巡らせた。
そして最終的に、一つの策を講じることを決意したのだ。
つい先日、ユリアンはその貴族の元を訪れ詳細を聞いた。
すると、その人物から意外な情報を得ることができた。
なんでも、ウルス家に嫁いだコーデリア嬢がつい最近、画期的な魔導具を発明したのだという。その魔導具は、魔蛍石という鉱石を使ったランプらしい。
コーデリアは、その石に魔力を適量込めることで強い光を放つランプを作り上げた。そのうえ、出来上がったランプを領民たちに無償で配ったそうだ。
すると、彼らの生活は一変したらしい。
コーデリアが発明したランプのお陰で夜でも活動ができるようになり、仕事の効率が上がったのだという。
そんな話を聞いたユリアンは驚きつつも、「きっと彼女になら瘴気に侵されたウルス領を救えるかもしれない」と、そう思った。
そこで、ユリアンは一肌脱ぐことにしたのだ。
コーデリアは、いずれはそのランプを領地で普及させたいと考えているそうだ。
しかし、それを叶えるためには人手が足りない。もし本格的に普及を考えるのならば、鉱石に魔力を込めるために魔導士の協力が必要となってくる。
そう考えたユリアンは父に進言し、王城に仕えている宮廷魔導士の派遣を打診したのだ。
「──ユリアン様? 難しい顔をして、一体何を考えていらっしゃるのですか?」
ふと、ユリアンの思考はそこで中断された。
気づけば、目の前に座る婚約者──ビクトリアが、不思議そうに首を傾げている。
今は、彼女とティータイムを楽しんでいたところだった。
「ああ、すまない。少し、考え事をしていたんだ」
「まあ、何か悩み事でも……? 私でよければ、いつでも相談に乗りますわ」
ビクトリアはそう言うと、ふわりと微笑んだ。
その笑顔に思わず見惚れてしまうユリアンだったが、すぐに我に返ると「ありがとう」と礼を言った。
「実は……少し困っていることがあるんだ」
そう言って、ユリアンは先日の出来事を彼女に打ち明けた。
すると、彼女は驚いた様子で目を見開く。そして、口元に手を当てながら尋ねてきた。
「え……? ウルス領に宮廷魔導士を派遣されるおつもりなのですか……?」
「ああ、そうだよ。君の妹君──コーデリアが発明したランプは、非常に画期的なものだ。それを領民たちに普及させるためにも、魔導士を派遣した方がいいと思ってね」
「ランプ、ですか……?」
「ん? 知らなかったのかい?」
ユリアンがそう尋ねると、ビクトリアは眉をひそめた。
怪訝に思いつつも経緯を説明すると、彼女は明らかに動揺したような素振りをみせた。一体、どうしたのだろうか。
「ビクトリア……? どうかしたのかい?」
ユリアンがそう問いかけると、彼女は誤魔化すように微笑んだ。
「い、いえ……別に、なんでもありませんわ。そうですか……妹が、そんな素晴らしい発明品を……」
そう言って、ビクトリアはやや目を伏せた。彼女の反応に違和感を抱きつつも、ユリアンが話を続けようとした時。
突然、彼女は顔を上げたかと思うと、真剣な眼差しで口を開いた。
「ユリアン様。その……恐れながら、私は宮廷魔導士をウルス領に派遣するのは反対です」
「え……?」
ユリアンは、思わず言葉を失った。
まさか、ビクトリアがそんなことを言うとは思わなかったからだ。
「どうして……? 宮廷魔導士を派遣すると、何か不都合でもあるのかい?」
そう詰め寄ると、ビクトリアは目を泳がせた。
そして、しばらく逡巡した後、言葉を続ける。
「あ、いえ……その……確かに、我が国の宮廷魔導士は優秀な面々が揃っています。ですが、その……ウルス領は瘴気の影響が大きいですし、危険な場所です。そんなところに彼らを派遣するのは……」
「それはそうだけど……でも、コーデリアが発明したランプを普及させるためにも必要なことだと思うんだ」
ユリアンの言葉に、ビクトリアは押し黙る。
「とにかく、僕はもう決めたよ。ウルス領に宮廷魔導士を派遣する。これは決定事項だ」
ユリアンがそう告げると、彼女はとうとう俯いて黙り込んでしまった。
(ビクトリアは、一体何を考えているんだ……?)
普通なら、自分の妹が活躍していると知ったら喜ぶはずだ。それなのに、ビクトリアはあまり喜んでいないように見えた。
実はユリアンには弟が一人いるのだが、数年前から行方不明になっており未だに見つからないのだ。それ以来、毎日弟の身を案じている。
それもあってか、彼女の反応はユリアンにとって余計に不可解でならなかった。
ビクトリアの真意が読み取れず困惑するユリアンだったが、一先ずそれ以上追及するのはやめておくことにした。