コーデリアがクレイグの店と委託販売の契約をしてから、数週間が経過した。
 毎日忙しなく働いているコーデリアを見て、ジェイドは嬉しく思う反面、少しだけ心配していた。
 というのも、最近のコーデリアは以前にも増して熱心にランプ作りに勤しむようになったからだ。

(無理をしていないといいのだが……)

 やり甲斐のある仕事を見つけたのは良いことだが、そのせいで体調を崩してしまっては元も子もない。

「うーん……」

 寝返りを打ったコーデリアが、小さく唸る。

「何か悪い夢でも見ているのか……?」

 ジェイドはそう呟きながら、ずれ落ちてしまったブランケットをそっとかけ直した。
 すると、彼女は再び穏やかな寝息を立て始める。

(……まあ、今は見守るしかないか)

 ジェイドは小さくため息をつくと、コーデリアの濡羽色の髪を優しく撫でた。
 そして、そのまま手を下に滑らせると今度は彼女の頬に軽く触れる。

「んん……」

 くすぐったかったのか、彼女は小さく声を漏らしたが、起きる気配はない。

(相変わらず、無防備だな)

 そんな姿を見ていると、自然と笑みが零れた。
 同時に、愛おしさが込み上げてくる。だが、ジェイドはその感情をぐっと抑える。

(まったく……本当に困ったものだな)

 それは、自分自身に対しての言葉だった。
 自分たちは、あくまでも契約結婚をした関係。それ以上でも、それ以下でもない。
 それなのに、ジェイドはどうしようもないほどにコーデリアに惹かれてしまっている。

(この気持ちを伝えるつもりはないが……)

 それでも、こうしてコーデリアの傍にいられるだけで幸せを感じているのは確かだった。
 これからもずっと、彼女と共にありたいと思う。ジェイドは、そう強く願わずにはいられなかった。

 ──コーデリアのことを、もっと知りたい。

 そう思うようになったのは、いつからだろうか。
 というのも、以前彼女は自分の過去について語ってくれたのだが、どうも腑に落ちないことが多すぎてジェイドは未だにその真相を知らずにいたのである。
 勿論、無理に聞き出すつもりはない。しかし、知りたいという気持ちは日に日に膨れ上がる一方だった。

(もしかしたら、コーディは俺が思っている以上に壮絶な過去を持っているのかもしれないな……)

 そう思うと、居ても立っても居られなくなるのだが、やはり本人に直接尋ねることは躊躇われるわけで。
 ジェイドとしても、どう対処すればいいのか分からない状態だった。そこで、ジェイドは一つの決断をする。

(……申し訳ないけれど、真実を確かめさせてもらおう)

 そう考えたジェイドは、おもむろにコーデリアの頭に手を当てた。そして、彼女の頭の中に直接魔力を注ぎ込む。
 これは、ウルス家の人間にしか使えない記憶干渉魔法だ。相手の脳内に干渉し、記憶を盗み見ることができるのである。

「……すまない、コーディ」

 そう呟き、ジェイドは慎重に魔法を展開させる。しばらくすると、ぼんやりとした情景が脳裏に浮かんできた。
 そこにはコーデリアの幼少期の姿がある。どうやら、使用人らしき者と一緒に歩いているようだ。
 やがて、物置きのような場所に到着すると使用人が扉を開けた。
 次の瞬間──その使用人は、あろうことかコーデリアの背中を押しドンッと突き飛ばしたのだ。

(なっ……!?)

 そして、扉は勢いよく閉まる。
 扉の向こうから聞こえるのは、ガチャンという施錠したであろう重々しい音のみ。

(どういうことだ……?)

 ジェイドは動揺しつつも、コーデリアの記憶に干渉し続ける。

「怖い……怖いよ……」

 彼女は震えながら、その場にうずくまっていた。ジェイドは信じられない思いでその光景に見入る。

「どうして、こんなことをするの……?」

「お嬢様が悪いんですよ。旦那様を困らせてばかりいるから……」

 扉の向こうから、嘲笑うような使用人の声が聞こえてくる。

「ねえ、イザベル! お願い、ここから出して! 私、いい子になるから……!」

 イザベル、というのは使用人の名前だろうか。必死に叫ぶコーデリアだったが、その声に返答はない。
 ジェイドは「きっとこれは何かの間違いだ」と、そう思いたかった。しかし、彼女の悲痛な表情と、使用人が見せた醜悪な笑顔からその希望は打ち砕かれてしまう。
 これが紛れもない事実だというのは明らかだった。コーデリアが受けた絶望の片鱗を垣間見た瞬間である。

 ──そんな記憶を見たジェイドの心は、ひどく掻き乱されていた。

 邸に来た当初、コーデリアは明らかに平均より痩せていた。「随分と細い娘だな」と思ったものの、当時はそこまで気に留めてはいなかった。
 だが、今思えば幼少期から家族や使用人に虐げられ、満足な食事も与えられていなかったのだろう。
 以前、彼女が自身の過去について語った時。あの時は暴力や暴言があったことには触れず、ただ「家族から疎まれていたせいで冷遇されていた。いないものとして扱われていた」と、そう話していた。

 そう、彼女は嘘をついていたのだ。恐らく、心配をかけまいとしたのだろう。
 ──しかし、その嘘はジェイドの心を深く抉った。
 コーデリアは、家族からの愛情を知らずに育ってきたのだ。彼女の過去や心情から察するに、それは決して幸福なものではなかったのだろう。
 そして彼女は、そんな過去をひた隠しにして生きてきたのだ。それを知ってしまったジェイドは、どうしようもない罪悪感に苛まれたのだった。

(……俺は、今まで何を見ていたんだ)

 そんな思いが頭の中を埋め尽くす中、ジェイドは静かに拳を握りしめた。
 そして、コーデリアが受けた仕打ちに対して激しい怒りを覚えると同時に、ある決意を固めたのだった。

(もうこれ以上、彼女を傷付けさせはしない。……絶対に)