ランプを領民たちに配ってから、一ヶ月ほどが経過した。
あれからというもの、領民たちは積極的に作業を手伝ってくれている。
彼らのお陰で、ランプ製作も順調に進んでいた。
ただ、問題が一つある。それは──
(周りが気になって、集中できない……)
というのも……作業を手伝ってくれている領民の中には獣化の病を患っている患者が多いのだが、そのせいで作業場がモフモフ天国と化しているのである。
中にはアランやサラのように完全な動物の姿になっている者もいて、気になって仕方がなく作業するにも集中できなくなってしまったのだ。
現に今も、小さくて可愛らしいコツメカワウソが作業を手伝ってくれている。
本来の姿はまだ年端も行かぬ子供らしく、余計にあざとさが目立っていた。しかも、本人は無意識だから余計に始末が悪い。
「疲れたでしょう? そろそろ、休憩しましょうか?」
私がそう尋ねると、その子は私のほうを振り返り首を傾げる。
(うう、可愛い……)
「大丈夫ですよ! 僕、まだ働けます!」
彼はそう返すと、作業の続きに取りかかろうとした。
私は「ほら、いいから」と言って、強制的に作業を中断させる。
「あ、ありがとうございます!」
彼は恐縮した様子で私の言うことに従い、ちょこんとその場に座り込む。
その動作がまた非常に可愛らしくて、私は内心で悶えてしまう。
しかしそんな私の心境を知る由もない彼は、ニコニコと微笑みながらこちらを見上げてきたのだった。
(可愛いけど、ちょっと疲れるかも……)
そんなことを考えていると、ふと少し離れたところに見覚えのある人物がいることに気づいた。
(あれ……? あの人って……)
眼鏡をかけたその男性は、使用人に案内をされているのかきょろきょろと周りを見回しながらも私のほうへと近づいてくる。
そして、彼は私の前で立ち止まると話しかけてきた。
「お久しぶりです。以前、一度お会いしたことがあるのですが覚えていますか?」
そう尋ねられ、私は思いあぐねる。
(確かに、見覚えがあるのだけれど……)
しかし、どこで会ったか思い出すことが出来ない。すると、彼は苦笑いを浮かべた。
「やはり、覚えていらっしゃらないようですね」
そう言うと、彼は眼鏡の位置を直しながら私を見据える。
「市場で会った行商人ですよ。ほら、魔導具屋の……」
そこまで言われて、ようやく思い出した。
「ああ、あの時の!」
「その節は、タリスマンをご購入いただきありがとうございました。あ、申し遅れました。僕の名前はクレイグです」
そう名乗ると、彼は丁寧にお辞儀をする。
どうやら、この行商人はクレイグという名前らしい。
「いえ、こちらこそ! お陰さまで、助かりました!」
私は慌ててお礼を言う。次の瞬間、ふとある疑問が頭をよぎった。
「あれ? でも……どうして、クレイグさんがここに……?」
そう尋ねると、クレイグは改まった様子で再び眼鏡を指でクイッと上げた。
「実は、あなたが魔蛍石を使った画期的なランプを領民に配っているという噂を聞きつけまして。ぜひ、僕の店で取り扱えたらと考えた結果、こうして足を運んだという次第です」
その言葉を聞いて、私は思わず目を見開いた。
「一部の領民にはランプが行き渡ったとはいえ、まだまだ普及には程遠いのが現状ではないでしょうか? そこで、提案なのですが……僕の店に在庫を置かせていただけませんか?」
「あなたの店に……?」
思わぬ申し出に、私は困惑する。しかし、彼の真剣な表情を見る限り冗談で言っている訳ではないということは分かった。
実際、ジェイドもランプを本格的に普及させたいのならば今すぐ販売をした方がいいと言っている。
しかし、相談もせず勝手に決めるわけにもいかないだろう。
「すみません。検討させていただきたいので、少しお時間をいただけますか?」
私は少し考えてから、そう返した。すると、クレイグは笑顔で頷く。
「構いませんよ。それでは、もし決まったら店に来てください。ご検討のほど、お願いします」
彼は一礼すると、そのまま踵を返して去っていった。
***
「──と、いうわけなんです」
私が事情を説明すると、ジェイドとアランは考え込む様子を見せる。
「確かに、なるべく早く普及させたいなら実際に店に並べるのが一番だ。だが、それはあくまでも最終決定権は君にある。それを忘れないでくれ」
ジェイドの言葉に、私は目を瞬かせる。
「え? 私に……ですか?」
「ああ、そうだ。元々、あのランプはコーディが発明したものだろう? それなら、最終的な決断は発明者である君が下すのが妥当だと思う」
「私も同じ意見です」
ジェイドに続き、アランもそう言ってくれた。
(私の判断に委ねるなんて……)
二人の言葉を聞いて、私は責任の重さを再認識する。
「わかりました。では、この件は私に任せてください」
私がそう言うと、ジェイドは静かに頷いた。
「ああ、任せたぞ」
翌日。私は、早速クレイグの店へと足を運んだ。
「こんにちは」
そう声をかけると、彼は笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ! もしかして、あのランプのことですか?」
クレイグがそう尋ねてきたので、私は頷く。
「ええ、そうです。あの後、じっくり検討してみたのですが……ぜひ、クレイグさんのお店で取り扱っていただけたらと思いまして」
すると、彼は嬉しそうな表情を浮かべた。
「本当ですか!? 嬉しいです! あのランプは本当に画期的ですよ! 僕も、あれを見て感銘を受けましてね……ぜひ、うちで扱わせてほしいと思ったんです」
彼は興奮気味に語り始める。
どうやら、思っていた以上に喜んでいるようだった。
その反応を見て安心したせいか、私も自然と頬を緩ませる。
「そう言っていただいて、こちらも嬉しいです」
「では、早速契約書を作成しましょうか。詳しい話は、また後日ということで……」
クレイグはそう言うと、鞄からペンと紙を取り出した。
そして、さらさらと必要な項目を書き込んでいく。
(流石は商人ね……)
私は目を見張りつつ、その様子を見守っていた。
「それにしても、まさかあの時のお嬢さんが公爵夫人だったとは……驚きましたよ」
契約書を書きながら、クレイグがそんなことを言ってきた。
(そういえば、あの時は特に名乗ったりしなかったのよね)
「まだ嫁いできて間もないですし、色々と慣れないことも多いですが……今後ともよろしくお願いしますね」
私がそう言うと、彼は微笑みながら頷いた。
「ええ。こちらこそ、よろしくお願いします!」
こうして、私はクレイグと契約を交わしたのだった。
あれからというもの、領民たちは積極的に作業を手伝ってくれている。
彼らのお陰で、ランプ製作も順調に進んでいた。
ただ、問題が一つある。それは──
(周りが気になって、集中できない……)
というのも……作業を手伝ってくれている領民の中には獣化の病を患っている患者が多いのだが、そのせいで作業場がモフモフ天国と化しているのである。
中にはアランやサラのように完全な動物の姿になっている者もいて、気になって仕方がなく作業するにも集中できなくなってしまったのだ。
現に今も、小さくて可愛らしいコツメカワウソが作業を手伝ってくれている。
本来の姿はまだ年端も行かぬ子供らしく、余計にあざとさが目立っていた。しかも、本人は無意識だから余計に始末が悪い。
「疲れたでしょう? そろそろ、休憩しましょうか?」
私がそう尋ねると、その子は私のほうを振り返り首を傾げる。
(うう、可愛い……)
「大丈夫ですよ! 僕、まだ働けます!」
彼はそう返すと、作業の続きに取りかかろうとした。
私は「ほら、いいから」と言って、強制的に作業を中断させる。
「あ、ありがとうございます!」
彼は恐縮した様子で私の言うことに従い、ちょこんとその場に座り込む。
その動作がまた非常に可愛らしくて、私は内心で悶えてしまう。
しかしそんな私の心境を知る由もない彼は、ニコニコと微笑みながらこちらを見上げてきたのだった。
(可愛いけど、ちょっと疲れるかも……)
そんなことを考えていると、ふと少し離れたところに見覚えのある人物がいることに気づいた。
(あれ……? あの人って……)
眼鏡をかけたその男性は、使用人に案内をされているのかきょろきょろと周りを見回しながらも私のほうへと近づいてくる。
そして、彼は私の前で立ち止まると話しかけてきた。
「お久しぶりです。以前、一度お会いしたことがあるのですが覚えていますか?」
そう尋ねられ、私は思いあぐねる。
(確かに、見覚えがあるのだけれど……)
しかし、どこで会ったか思い出すことが出来ない。すると、彼は苦笑いを浮かべた。
「やはり、覚えていらっしゃらないようですね」
そう言うと、彼は眼鏡の位置を直しながら私を見据える。
「市場で会った行商人ですよ。ほら、魔導具屋の……」
そこまで言われて、ようやく思い出した。
「ああ、あの時の!」
「その節は、タリスマンをご購入いただきありがとうございました。あ、申し遅れました。僕の名前はクレイグです」
そう名乗ると、彼は丁寧にお辞儀をする。
どうやら、この行商人はクレイグという名前らしい。
「いえ、こちらこそ! お陰さまで、助かりました!」
私は慌ててお礼を言う。次の瞬間、ふとある疑問が頭をよぎった。
「あれ? でも……どうして、クレイグさんがここに……?」
そう尋ねると、クレイグは改まった様子で再び眼鏡を指でクイッと上げた。
「実は、あなたが魔蛍石を使った画期的なランプを領民に配っているという噂を聞きつけまして。ぜひ、僕の店で取り扱えたらと考えた結果、こうして足を運んだという次第です」
その言葉を聞いて、私は思わず目を見開いた。
「一部の領民にはランプが行き渡ったとはいえ、まだまだ普及には程遠いのが現状ではないでしょうか? そこで、提案なのですが……僕の店に在庫を置かせていただけませんか?」
「あなたの店に……?」
思わぬ申し出に、私は困惑する。しかし、彼の真剣な表情を見る限り冗談で言っている訳ではないということは分かった。
実際、ジェイドもランプを本格的に普及させたいのならば今すぐ販売をした方がいいと言っている。
しかし、相談もせず勝手に決めるわけにもいかないだろう。
「すみません。検討させていただきたいので、少しお時間をいただけますか?」
私は少し考えてから、そう返した。すると、クレイグは笑顔で頷く。
「構いませんよ。それでは、もし決まったら店に来てください。ご検討のほど、お願いします」
彼は一礼すると、そのまま踵を返して去っていった。
***
「──と、いうわけなんです」
私が事情を説明すると、ジェイドとアランは考え込む様子を見せる。
「確かに、なるべく早く普及させたいなら実際に店に並べるのが一番だ。だが、それはあくまでも最終決定権は君にある。それを忘れないでくれ」
ジェイドの言葉に、私は目を瞬かせる。
「え? 私に……ですか?」
「ああ、そうだ。元々、あのランプはコーディが発明したものだろう? それなら、最終的な決断は発明者である君が下すのが妥当だと思う」
「私も同じ意見です」
ジェイドに続き、アランもそう言ってくれた。
(私の判断に委ねるなんて……)
二人の言葉を聞いて、私は責任の重さを再認識する。
「わかりました。では、この件は私に任せてください」
私がそう言うと、ジェイドは静かに頷いた。
「ああ、任せたぞ」
翌日。私は、早速クレイグの店へと足を運んだ。
「こんにちは」
そう声をかけると、彼は笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ! もしかして、あのランプのことですか?」
クレイグがそう尋ねてきたので、私は頷く。
「ええ、そうです。あの後、じっくり検討してみたのですが……ぜひ、クレイグさんのお店で取り扱っていただけたらと思いまして」
すると、彼は嬉しそうな表情を浮かべた。
「本当ですか!? 嬉しいです! あのランプは本当に画期的ですよ! 僕も、あれを見て感銘を受けましてね……ぜひ、うちで扱わせてほしいと思ったんです」
彼は興奮気味に語り始める。
どうやら、思っていた以上に喜んでいるようだった。
その反応を見て安心したせいか、私も自然と頬を緩ませる。
「そう言っていただいて、こちらも嬉しいです」
「では、早速契約書を作成しましょうか。詳しい話は、また後日ということで……」
クレイグはそう言うと、鞄からペンと紙を取り出した。
そして、さらさらと必要な項目を書き込んでいく。
(流石は商人ね……)
私は目を見張りつつ、その様子を見守っていた。
「それにしても、まさかあの時のお嬢さんが公爵夫人だったとは……驚きましたよ」
契約書を書きながら、クレイグがそんなことを言ってきた。
(そういえば、あの時は特に名乗ったりしなかったのよね)
「まだ嫁いできて間もないですし、色々と慣れないことも多いですが……今後ともよろしくお願いしますね」
私がそう言うと、彼は微笑みながら頷いた。
「ええ。こちらこそ、よろしくお願いします!」
こうして、私はクレイグと契約を交わしたのだった。