「や、やっと完成したわ……!」

 完成した沢山のランプを目の前に、私は思わず歓呼の声を上げた。

「よく頑張ったな、コーディ」

 ジェイドが労いの言葉をかけてくれる。
 ランプ製作にかかった期間は、約二週間。短期間でこれだけの量のランプを作ることができたのは、ひとえに彼の協力のお陰だ。

「いえ……ジェイド様のお陰ですよ! 本当にありがとうございました!」

 私は笑顔でお礼を言った。

(これで、きっと領民たちの生活が今より良くなるはず……)

 そう思うと、自然と気分が明るくなる。そんな私の様子を見て、ジェイドはふっと笑みを零した。

「では、早速このランプを領民たちに配りに行こう」

「はい! でも……どうやってこのランプの便利さをアピールすればいいんでしょうか?」

「そうだな……」

 ジェイドは顎に手を当てて何やら考え込んでいる。
 きっと、彼なら何か良いアイデアを出してくれるに違いない。
 そんな期待を込めて見つめていると――

「よし、決めたぞ」

 ジェイドはそう言うと、私に向かってニッと笑ってみせた。


***


(ど、どうしよう……緊張する……)

 今、私はジェイドと共に領民たちの前に立っている。
 なぜこうなったのかと言うと、ジェイドから「瘴気がそれほど濃くない休日の広場なら、それなりに人が集まるはずだ。そこで、このランプの便利さを領民たちにアピールしないか?」と提案されたからだ。
 そうして、領民たちの休日を待つこと数日。ついに、本日がその決行日となったのである。

(……でも、まさかこんなに人が集まるなんて)

 目の前に並ぶ領民たちを、私は驚きを隠せないまま見つめていた。
 そんな彼らと向き合うジェイドは、緊張する素振りすら見せず涼しげな笑みを浮かべている。

(さすが、領主様ね……)

「あれって、公爵様よね……? どうして、こんなところに?」

「ということは、隣にいるのは奥様かしら。確か、少し前に嫁いできたとかいう……」

 領民たちがヒソヒソと噂話をしている声が聞こえてくる。
 私は思わず顔から火が出そうになった。

(うわぁ……注目されてる……)

 内心泣きそうになりながらも、私は必死に笑顔を保つ。
 そして──

「皆さん、こんばんは。本日は、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます。お初にお目にかかる方もいらっしゃるかと思いますが、私はジェイド・ウルスの妻であるコーデリアと申します。以後、お見知り置きください」

 私は勇気を振り絞って領民たちに話しかけた。

「──実は、今日はこの場を借りて皆さんにお見せしたいものがございます」

 私がそう言うと、領民たちはこちらへと視線を注ぐ。

「ご存知の通り、現在ウルス領では鉱山から流れてくる瘴気のせいで奇病が流行しています。そのうえ、作物は育たず、照明器具にまで影響が出る始末です。しかし、そんな状況の中、私たちはある画期的な発明品を生み出しました。それが、このランプです」

 私はそう言って、手に持っていたランプを掲げた。その途端、周囲に光が広がる。
 時刻は十八時過ぎ。夕闇が迫り、辺りはすっかり薄暗くなっている。
 だが、このランプのお陰で周辺は一定の明るさが保たれていた。

「このランプは、燃料を必要としません。そして、火を灯すのに魔法を使う必要もありません」

 そう説明した途端、領民たちは驚きの声を上げる。

「まずは、このランプを皆さんにお配りします。皆さん、どうぞ手に取ってみてください」

 ランプを手に取るよう促すと、領民たちは並んで列を作り始める。
 彼らは皆、興味深そうに私が持っているランプを見つめていた。

(よかった……一先ず、興味は持ってもらえているみたいね)

 ほっと胸をなで下ろし、隣にいるジェイドのほうを見やる。
 すると、彼も同じようにこちらを振り返ったところだった。そして、互いに強く頷き合うと、私たちは早速ランプの使い方について説明を始めた。

 私は領民に見えやすいようにランプを高く掲げたり傾けたりして、「ここを押せば光り出すんですよ」とか「ここのボタンを押すと、明るさが調節出来ます」などと使用方法を説明する。
 彼らは皆、興味深々といった様子で私の説明に耳を傾けていた。
 そして、全員にランプが行き渡ったのを確認すると、私は再び口を開く。

「──実は、いずれはこのランプを流通させたいと考えています。しかし、製作方法が少々特殊なため、普及が難しいというのが現状です」

 私のその言葉に、領民たちの顔に影が落ちた。

「しかし、もっと人手を確保することができればランプを量産することができますし、普及させて価格を抑えることも可能になります。……そこで、皆さんにお願いがあります。もしよければ、ランプの製作を手伝っていただけませんか? 勿論、魔蛍石に魔力を込める作業は私自身が行いますので」

 領民たちは困惑した様子で互いに顔を見合わせる。

(まあ、普通はそうなるわよね……)

 私は少し思案した後、言葉を続けた。

「現在、ウルス領は苦しい状況にあります。しかし、そんな状況でも日々生きていかねばなりません。ですから、皆さんには少しでも生活が豊かになるようお手伝いをして頂ければ、と思っています」

 私の言葉を聞いて、彼らは少し考えるような仕草をしているようだった。

(やっぱり駄目よね……いきなり『ランプ作りを手伝って!』と頼んでも無理があるだろうし……)

 そう思い、諦めてかけていると。一人の領民が恐る恐るといった様子で手を挙げた。

(あっ……!)

「……その、俺たちのような庶民がお役に立てるかどうかわかりませんが……もし、公爵様や奥様のお力になれるのであれば、喜んでお手伝いさせていただきます!」

 そう言った彼の言葉を皮切りに、周りの人からも賛同の言葉が次々と上がる。

「……!」

 思わずジェイドのほうを見ると、彼は力強く頷いてくれた。
 そして、私は領民たちに向かって大きく頭を下げる。

「皆さん……ありがとうございます! どうか、私たちに力を貸してください!」

 私は、喜びと感激で胸がいっぱいになった。思わず目に浮かんでくる涙をぐっと堪えながら、改めて彼らを見つめる。
 領民たちの表情は、今まで私が見てきたものとは大きく異なっていた。
 瘴気に侵され苦しい生活を強いられているはずなのに、それを感じさせないくらい士気高揚しているように見えたのだ。
 きっと、それだけ今の暮らしが辛いということだろう。
 ──そんな彼らの思いに報いるため、私は全力でこの領地を守っていきたい。

「よろしくお願いします……!」

 最後にもう一度深く頭を下げ、私は心からの感謝の意を伝えたのだった。