「アーガストとて無敵ではありません。弱点はあります」

 大型兵器アーガストは草原を疾駆する。
 南東の砦へ走りながら、前席のラズベルが後席に座るクメルに説明する。

「最大の欠点はAIを搭載していないことです。人間の頭脳をAI代わりに利用するといっても、考えて結論を出すのはあくまでも人間であるということです。アーガストを最大限活用するには前席にメタリカルド、後席に人間が搭乗することなのですが、いずれ私はいなくなります。今は私がいますので、アーガストは最大の能力を発揮していますが――」

「わかった。なら俺一人で操作してみるから。万が一の場合の補助を頼む」
「かしこまりました、クメル」

 クメルはラズベルに質問を投げかける。

「それでアーガスト単体で、たとえば、メタリカルドなら何体くらいを同時に相手ができそうだ?」
「そうですね、仮に01型が相手だとして20体程度なら無傷で倒せるかと思います」

「もし、相手が02型なら?」
「18から19体程度でしょう」

 クメルは頷きながら、さらに質問を重ねる。

「なるほど、じゃあ、03型なら?」
「つまり私のような存在ということですね。私がアーガストと戦った場合――」

 少し間を空けてからラズベルは答えた。

「仮に私のエネルギーがフル充電されていたと仮定します。完全なシミュレーションを行ったわけではないのですが、十数分間は単身で善戦できると思います」

「ちょっと待て、03型ってそんなにすごいのか!?」
「02型とは桁違いに性能が向上しています。基本性能がまったく違うのです。03型は人型メタリカルドの究極形です」

 アーガスト内部に格納されていた情報によると、03型が人型メタリカルドの最終形態、そして04型からがアーガストのような人型の大型兵器になり、04型は初期のプロトタイプ、そして05型が正式運用タイプとなり、06型と続き、07型のアーガストに至るようだ。

 人型メタリカルドとアーガストの違いは単純にパワーの差だ。
 メタリカルドの01型が大型兵器の05型に対応している。07型のアーガストは現在03型にアップデートしたラズベルを大きくしてパワーアップしたようなものだと説明してくれた。

 ただ、やはり小さいほうが初速が速いため、図体が大きければいいというものでもないらしい。

 ラズベルとアーガストが戦った場合、ちょこまかと動くラズベルに対して、アーガストは大容量のパワーを振り回す戦いになり、搭乗者の操縦性能にも左右されるが、ある程度は善戦できるそうだ。

 それでも相手に決定打を与えるパワーを持たない03型は、アーガストの前に敗北することが決定づけられているのだとラズベルは説明した。



 三時間弱で南東の国境に位置する砦にたどりついた。
 眼前に見える光景は、砦を取り囲むレンガ造りの壁が無残に破壊された姿と、かろうじて形を保っている見張り台、そして砦の至るところから上がる黒煙だった。

 千人は駐留できるであろう規模の砦であったが、そこには見る影もない。
 問題は駐留する兵士の姿も、魔物の姿もなかったことだ。
 アーガストを前に進ませて砦に近寄る。

「何の気配も感じられないな」
「生体反応もありません。しかし金属反応が少しあります」

 すでに砦を落とした魔物たちが別の場所へと移動した可能性があった。
 砦の門前まで移動すると門は壊れた状態で開け放たれていた。アーガストは屈みながら門を潜った。

「前方で何か横切らなかったか?」
「ええ、動くものがありましたが、それが何なのかはわかりませんでした」
「少し近づいてみるか」

 アーガストは砦の中に足を踏み入れた。破壊された居住用の宿舎らしき建物が何棟かあるだけで、中は広々としていた。

 二人は左右を見回す。
 突然、周囲から複数の兵士らしき姿が建物の陰から現れ、三百六十度取り囲むようにアーガストに迫ってきた。どの兵士も剣や槍を手にしてこちらに襲ってくるかのようだった。

「生き残っていたのか!?」
「いえ、クメル。生体反応は――やはりありません」

 わあああ、という掛け声とともに数百人にも及ぶ兵士がいっせいにアーガストに襲い掛かってきた。反応できなかったクメルの代わりにラズベルがアーガストを操縦し、大型兵器に取りついた四人をいっせいに薙ぎ払った。

 四人の兵士は五メートル以上吹っ飛び、ぐしゃりと嫌な音を立てて地面に激突した。それを見ているはずの他の兵もいっさいの士気を落とさずにアーガストに向かってくる。

 次々に取りつく兵士をラズベルの操縦で振り払い、殴りつけて、時には蹴り上げていく。

 アーガストの周りに次々と死体の山が増えていった。
 それを呆然と見ていたクメルだったが、はっと我に返り、ラズベルを制止しようとする。

「ラズベル、やり過ぎだ」

 だが、ラズベルはアーガストの手を緩めない。
 クメルはさらにラズベルに声をかける。

「ラズベル、人を殺すのはまずい」

 ラズベルの答えは、クメルの心を動揺させるものだった。

「クメル、彼らはすでに人ではありません」

 クメルが周囲を見ると、腕がもぎ取れ、足があらぬ方向に折れ曲がっても、なお向かってくる兵士の姿があった。そして兵士の鎧の間から見え隠れする金属性の装甲。鎧の内側から金属の鈍い光が見えていた。

 メタリカルド化された、まるでゾンビのような兵士たちだった。
 彼らはすでに生物足り得ない。機械に支配された有機物の固まりでしかないために生体反応はなかった。

 兵士らは戦闘能力を完全に失うまで何度でも立ち上がってくる。
 クメルは呆然と彼らが潰されていくさまを見ていた。

 ラズベルの攻撃は容赦がなかった。すでに戦闘能力がなさそうに見えた兵士でも、わずかに動きを見せるだけで大型兵器の足で踏みつけ、すりつぶしていく。

 メタリカルド化されているといっても一部だけの話だ。兵士たちは臓物を撒き散らし、血痕を残し、絶命していく。

 一方的ではあるが攻防は二十分ほど続いた。
 それほど執拗にメタリカルド化したゾンビたちは絶えず襲ってきた。
 辺りは血まみれの鎧で埋め尽くされていた。

 動くものがいなくなったかと思ったが、砦の奥のほうではたくさんの死体にまみれて一体の兵士が立ち上がろうとしていた。
 おそらく最後の一人の生き残りだった。

「クメル、あの兵士を捕獲します。あれを解析して私のエネルギー補給に役に立つような情報を得ようと思います。許可をいただけますか?」

 重要とは思えない些細な行動に際し、クメルの許可を求めることは珍しかった。
 AIの判断に自信がないのだろうかとクメルは思ったが、すぐにそれを頭から追い払う。

 通常そんなことはあり得ないからだ。
 そこには理由があるはずだった。

「もしかしてT-AIを起動したのか? その予測演算結果と、ラズベルの予測結果が異なったのか?」
「T-AIはアーガストの外に出るべきではないと判断しました。T-AIは私のエネルギーのことは問題としていません。私がいなくてもクメルはアーガストとともに行動できますから。私のAIも同じ判断です。しかしクメルは私のエネルギー枯渇を気にしているようでした。それで合理的でない判断ですが、あれを解析することがクメルの望みかと判断いたしました」

「わかった、許可する」
「ありがとうございます。もしT-AIの判断が正しかった場合は、私を捨てて逃げてください。お願いします、クメル」

「わかった……」

 わかったと答えたが、クメルにその気はなかった。何かあれば必ずラズベルを助けるだろう。それでも死にかけのゾンビ一体に、残存エネルギーが少ないとはいえ、ラズベルが苦戦するはずもないと考えていた。

 T-AIの予測演算も100%ではない。
 慎重になりすぎているだけだと、クメルは考えた。

 アーガストの搭乗口が開かれる。ラズベルはそこから約三メートル下の地上に飛び降りた。

 ゾンビの兵士は両足を損傷しているようで、立ち上がるのを諦めて両腕を使ってこちらに這い寄ってきている。

 そこにラズベルが戦闘形態はとらずに生身の状態でゆっくりと近づいた。戦闘形態をとらないとはいえ、あくまでも警戒は怠らない。

 兵士に近づいたラズベルはまず、兵士の両腕を足で強く踏みつけた。
 ラズベルの足が二回打ち付けられると、両腕を潰された兵士は移動することもままならなくなった。そのままそこでじたばたとうごめくだけだった。

 ラズベルは足で転がして兵士を仰向けにした。そして鎧を剥がしにかかる。

 クメルも様子を見るために近づこうと、さらにアーガストの姿勢を低くし、搭乗口から直接地面に降り立てるようにした。搭乗口を出て、地面と平行にしたアーガストの右ふとももへと飛び移る。

 ラズベルは露わになった兵士の胸の皮膚を引き裂いた。
 メタル層が露出する。

 兵士は抵抗するように激しく頭を前後に動かし、歯をむき出しにしてラズベルを威嚇した。

 ラズベルは動力炉の位置に目星をつけて探る。
 兵士の心臓部あたりにそれはあった。

 赤く煌々と光るシリンダー状の円柱を取り出すと、きゅうんと小さく音を立てて兵士は動かなくなった。

 シリンダーの光具合から、十数%ほどのエネルギーが補充できるだろう。あたりに転がっている兵士からすべてのシリンダーをかき集めれば、かなりのエネルギー量になるはずだ。

 欲しかったものが、手に入った。マスターの喜ぶ顔が見られる、そう思ってラズベルは振り返る。クメルがこちらへと歩いてきているのが視界に入った。

【――警告! 警告! ――】

 突如、モニターに表示されたのは警告メッセージ。続けて、アラーム音。

 ラズベルは上空を見上げた。

 慌ててクメルに向かって叫ぶ。

「クメル! アーガストに戻りなさい!」

 クメルも上空を見上げた。
 空が黒く染まっていた。
 無数の異形が空を埋めていた。

「ガーゴイルです!」

 ラズベルは叫ぶ。
 やせ細った漆黒の体に猫のような顔、背中には蝙蝠のような翼をその体の何倍もの大きさまで広げている。
 やはりファンタジーに出てくるような魔物。ラズベルは便宜上都合がいいため、ガーゴイルという呼称を使った。

 クメルはとっさに数を数えることはできない。とても数えられる量ではないのだ。感覚としては少なくとも数百は軽く越えているように思えた。

 慌ててアーガストへと走る。
 同時にガーゴイルがいっせいにクメルとラズベルを襲いにかかった。

 大型兵器の胸部分にあたる搭乗口の扉を閉めようとすると、そこにガーゴイルが取りついた。扉が閉まる直前にその黒い両手を差し込み、こじ開けようとする。クメルはそれを足蹴にした。

 次々とガーゴイルが取りついてくる。

 三、四体のガーゴイルを蹴り飛ばし、なんとか搭乗口の扉を締め切ると、クメルはアーガストを直立させた。

 クメルがアーガストのモニター越しにラズベルを見ると、彼女はすでに戦闘形態|《モード01-A》を展開していた。全身をフルに装甲板で覆っている。全力で対処する際の装甲だ。

 直後、ラズベルの体はガーゴイルで覆われ、黒い塊がそこにできた。時々弾き飛ばされるガーゴイルだが、そこにあらたなガーゴイルが次々に取りついていく。とにかく数が多すぎる。

 少しでも早くラズベルの補佐に回ろうと、クメルはアーガストを走らせた。
 まとわりつくガーゴイルを大型兵器の腕で薙ぎ払う。

 戦闘形態をとらなければラズベルのエネルギーは三日ほどもつ予定だった。だが、戦闘形態によるエネルギー消費はどれほどのものなのか。

 一分でも早く戦闘を終結すべく、ラズベルの元へ走るのだが、ほんのわずか二百メールほどの距離がとてつもなく長く感じた。

 戦闘形態のラズベルはかなり強い。
 次々にガーゴイルを薙ぎ払う。ただ、相手側の数も多かった。
 物量で攻めてきている。

 クメルの側でも、無数の蝙蝠がびっしりと張り付いたように、アーガストのモニター越しの視界を遮っていた。

 アーガストの腕を振り回すが、薙ぎ払っても薙ぎ払ってもガーゴイルがまとわりついてくる。

 次々に増殖しているのではと錯覚するほどだった。とても数百体などという数ではなかった。千かあるいは数千か。

 ――T-AIの判断に従うべきだった。

 クメルは後悔していた。
 結果としてラズベルのエネルギーロスにつながった。

 ――早く。早く、ラズベルのもとへ行かなければ。

 クメルは焦った。
 大型兵器の操縦席をぐるりと囲むモニターはガーゴイルがびっしりと張り付いていた。まるで夜のように操縦席内が暗くなっていた。

 その黒い塊の隙間からラズベルを視界に捉える。
 ラズベルのそばに至るまでは、ほんの数秒のはずだった。

 急に、ラズベルからガーゴイルが離れていく。
 アーガストの視界も開ける。
 あれほど多かった黒い蝙蝠――ガーゴイルたちはいっせいに上空へと舞い上がってどこかへ飛び去っていった。

 危機が去ったと思い、クメルが胸をなでおろした時だった。
 アーガストの操縦席に警告音が鳴り響く。

【――残存エネルギーが85%を割り込みました。――】

 モニターに表示された数値を見て理解した。
 ガーゴイルはアーガストのエネルギーを吸っていたのだ。

 慌ててクメルはラズベルに目を向ける。
 眼前には彫像のように立ちつくしたラズベルと、その手に握り締めていたのは赤く煌々と光っていたはずの円柱管だった。

 円柱管は光を失い、ガラス質の表面が内部の黒い質感を透かしているだけだった。

「ラズ――」

 ラズベルは動かない。黒い円柱管を握ったまま。

 クメルは声を失った。

 アーガストの残存エネルギーが急速に回復して100%になった。
 ガーゴイルたちはメタリカルド化されていた。そのために奴らはエネルギーを吸い取る能力を持っていたのだろうか。

 アーガストのエネルギーを15%ほど吸い取り、去って行った。

 そして、ラズベルのエネルギーを吸い尽くし――

 ラズベルの装甲には外傷がほとんどなかった。
 戦闘形態(モード01-A)の状態で鎧に覆われたラズベルはすぐにでも動き出しそうに見えた。

 だが決して動くことはなかった。

 美しい鋼鉄の少女が、時が止まったかのように佇んでいる。

 アーガストの巨大な手がラズベルを人形のように摑んで持ち上げた。

 エネルギーが枯渇したラズベルはぴくりとも動かなかった。

 動かないメタリカルドを左手に握ったまま、大型兵器は小一時間ほどその場に立ちつくしていた。