このあとが本当に大変だった。クメルは何度フォースコマンドを発動したか知れない。

 ラズベルはこのままアーガストを手にして逃走することを提案してきた。

 しかしそれはノルラート王国に対して弓を引くようなもので、自分たちの現状を把握できていないまま一国を相手に諍いを起こしたくはなかった。

 あくまで穏便に、王女ファルナと話をつけたかったのだが、ラズベルとファルナは明らかに険悪なムードだった。

 近衛長であるガルファもこちらに不信の目を向けており、唯一事情を把握していない馬車に残っていた兵士だけが、大型兵器に対して驚愕の目を向けていた。

「つまり、これは兵器ということですのね。人が中に入って操るという」

 かいつまんだ説明で、王女はアーガストの概要を理解してくれた。そしてこれを操縦できるのはラズベルだけだという説明も納得したようだ。

 アーガストの搭乗口から蹴落とされたことはかなり根に持っているようだが、そのあと操縦席に乗り込んだ王女がどこをどう触ってもアーガストは動かなかった。ラズベルだけがこの機体を動かせることを認めざるを得ないようだった。

「それでこれはどういう原理で動いているの?」

 王女の問いに対して、
「そんなこともわからない?」ラズベルの冷ややかな声が響いた。

 続けて、
「これだけの大きさがある機体に燃料を搭載したら、いくらあっても足りない。大量のエネルギーを汲み上げている。たとえば原子崩壊を起こしてそこからエネルギーを吸い上げるように。そうでもしないとこれほど大きな機体を動かすことなんて不可能――」

 知っていて当然であるかのように突き放すようなラズベルの返答。王女は眉をへの字に曲げてしまう。

 このあともラズベルは不躾な口調を繰り返す。

 王女とラズベルの関係は気まずいものに変わるだけでなく、無礼な口の利き方をするラズベルに対して、近衛長であるガルファからの印象もどんどん悪くなっていくようだった。

 口の利き方一つ一つに対してフォースコマンドを実行するのにも限度がある。

 特にフォースコマンドは一時的なものでしかなく、すぐにラズベルの口調はもとに戻ってしまう。

 次第にクメルは諦めることにし、当面のアーガストの所在について王女に訊ねることにした。

「それでこの機体はどうしましょうか? これだけでかい図体ですと隠し場所も困ると思うのですが」

 それには王女はこう回答した。
「城の中庭に隠しましょう。あそこでしたら貴族の方々は近寄りませんし、布でも被せてしまえばなんとかなるかと。問題はどうやって運ぶかですね。ラズベルさん、これを城まで歩かせてもらってもいいかしら?」

 いつしか王女のラズベルに対する口調も尖るものに変わっていた。

「別にかまわない。国民や貴族に目撃されてもいいのなら」

 機械的な口調のラズベルを王女は癪に障っているようで、目を合わせようとしない。

「ではこうしましょう。王都の近郊までラズベルさんに運んでもらって、夜を待ってから、巨大な荷車を作って城に運び入れます」

 そこにガルファが口を挟んだ。
「王女様、不躾ながら、王都の門も通りませんし、王城の中庭までに障害が多すぎます。城を一部壊さなければ運び込むことは不可能です」

 ラズベルがなおも冷たい声で口を開く。
「城の場所を教えてくれたら、夜のうちに運んでおくけど」

 ラズベルに同調するように、同じく冷たい声で王女は返す。

「どうやって?」
「空を飛べばいい――」

 本当に空を飛ぶとは思わなかった王女は、ふん、と鼻を鳴らす。

「できるのならやってもらいましょう、じゃあそういうことで」

「やっておきますよ、王女――」

 冷え切ったラズベルの声で会話は終わった。

 険悪な話し合いが終わったあと、クメルとラズベルはアーガストに乗り込み、王女と兵士は馬車で王都近郊まで移動した。

 そして森の中に一時的にアーガストを隠し、一行は揃って馬車に乗り込んで王城へと向かった。