暗がりの中を壁伝いに手探りで進む。すぐに視界はきかなくなり目が慣れるのを待つ必要があった。唯一暗闇において視界を失っていないのはラズベルだけだった。
王女が近衛長のガルファに声をかける。
「灯りを用意するべきでした。ガルファ、申し訳ないんだけど馬車に戻ってランプを持ってきてもらえる?」
ガルファの代わりに、その言葉に応えたのはラズベルだった。
「それには及びません、王女」
ラズベルは右のてのひらを上にかざすと、ぽっ、と青白い光の球体が手の上に浮かんだ。大気中の酸素を部分的に燃焼させることで発光させている。
「まあ、ラズベルさんも魔法を使われるのですね」
王女はそれを魔法だと解釈したようで、クメルたちは否定しないまま先を進んだ。
三回ほど通路を折れて進み、二回ほど下へ降りる階段を進んで突き当たった場所は広大な空間が広がっていた。
天井の高さはクメルの身長の五倍ほど、広さはクメルたちが隠れ家に使っていて百人余りが食事をしていた食堂よりも広く思えた。
薄暗い中、目の前には目指していた彫像が座った状態で置かれている。
その彫像はかなりの大きさだった。
「これは……いったい何なのでしょうね」
王女がその彫像に触れる。
あぐらをかいた状態で座している人型のそれは、人間の七、八倍の大きさはあるように見えた。
ガルファがその表面を拳で叩く。研ぎ澄まされた高音が響き渡った。
「磨き込まれた金属で表面が覆われていますね。それにしても曲面ではなく平面に角ばっているのはなぜなんでしょう」
ガルファの声を聞きながら、クメルはなんとなく既視感を覚えていた。
メタリカルドに対抗すべくかつて開発中であった大型兵器がこんな姿であったのだ。いわゆる大型のロボットであり、構成する装甲や機構が駆動トルクの大きさに耐えられないために開発が頓挫していた。
たしかこんな形状をしており、途中までは製造されたのだが、やがては溶かされてメタリカルドの原料となっていた。
ラズベルからクメルの元に通信が届いた。
『クメル、この金属には未知の素材が使われています。組成を調べたところ鉄、アルミニウムが少量、それにチタン、タングステンや白金なども使われていますが、主成分の55%に水晶、15%にシリコンが使われています』
それにクメルが返答する。
『それのどこが未知の素材なんだ?』
『一つ一つの素材は既知のものなのですが、金属と水晶、それにシリコンを合成したら金属足りえません。そもそも水晶が半分以上を占めている状態を金属と言ってよいのかどうか』
『そもそも合成は不可能なのか?』
『それもわかりません。もちろんT-AIを起動すれば計算が可能です。私のAIの計算では非常にもろくて壊れやすい素材としか――ちょっと待ってください。もしかしてこれは――』
そしてラズベルは少し考え込んだ。
『申し訳ありませんクメル。2%のエネルギーを使ってT-AIを起動させてしまいました。そうです、この素材の組み合わせであれば、これだけの重量の機体でも高トルクに耐えうる兵器が開発可能です。つまり、この素材は常に崩壊と再生を繰り返す素材なんです。壊れながら、同時に自己修復を繰り返す。かなり無茶な機構ではありますが、これです。私たちの求めていたものは』
ラズベルにはT-AIを起動させてまで結果を得ることの確信があったのだろう。今、目の前にあるのはメタリカルドに対抗し得る兵器である可能性の有無、それに対する判断なのだ。
確実にこの素材は自分たちの科学技術を越えたものだという確信を得たようだった。
だが、オーバーテクノロジーであるのはその外殻だけだ。まだその中身を確認したわけではない。
たとえ素材とはいえ、この世界にこれだけのものを作る技術などあるのだろうか。
その疑問をクメルは王女にぶつけてみた。
「王女様、彫像を構成しているこれは、ありふれた素材なんでしょうか」
「いいえ、クメルさん。私もこんなものは初めて見ました。いったいこの彫像は何なのでしょうか。誰が何の目的で作ったのでしょう――」
彫像はこの地下の入り口を塞いだ岩と同じほどの重量があるように見えた。この巨大な物体ははたして兵器なのだろうか。クメルはロボットの形状をした物体をくまなく観察しながら熟考する。
もし仮にこれが兵器であれば、自律型兵器か、あるいは搭載型兵器か。
メタリカルドはAIを搭載した自律型兵器である。
かつて開発していた大型兵器は搭載型兵器――つまり人が乗って操縦するタイプだった。
人間が搭載することもあれば、メタリカルドが搭載されることもあった。それでも大型兵器の開発は途中で頓挫してしまったため、人間が搭載することが最適か、それともメタリカルドが最適なのか結論が出ないままだった。
搭載型兵器であれば、胸のあのあたりに搭乗口があるなと、クメルは目星をつける。この彫像の胸元はそれらしき形状をしていた。
問題は王女の目があることだった。
できれば王女には知られたくない。まだこの世界のことがわかっていない今、自分たちの情報はなるべくなら隠しておきたかった。
王女と一旦別れてから、改めてラズベルと二人でこの遺跡を訪れようとクメルがそう思案している時だった。
王女が彫像を登り始めてしまった。
「王女様、危険でございます」
ガルファが制止する中、「ちょっと支えてくださる?」そう言って王女は彫像をよじのぼる。仕方なしにガルファは王女を支える。王女のスカートが翻り、思わずガルファとクメルは目を背けた。
その間にクメルが搭乗口だと目星をつけた付近にまで王女は登ってしまい、ボタンらしき部分に手が触れた。
突然、がこん、という音とともに彫像の胸のあたりがせり上がった。
王女が押し出されるように彫像から投げ出されそうになり、落下しかけたところに小さな出っ張りに手を引っ掛けた。
しかしその手も外れて王女は落下したが、ガルファとクメルが二人がかりで王女を受けとめた。
次の瞬間、彫像の開いた胸のあたりからまばゆい光があふれたため、四人の目は同時に上方へ向かう。
クメルはしまったと思った。
自分たちの世界においても、この世界においてもこれはオーバーテクノロジーにあたるのかもしれない。あるいはこの世界においてかつて滅んだ文明の残した、それこそ遺産である可能性もあった。
できることなら自分たちの物にしたい気持ちがあった。これがあれば敵国のメタリカルドに対抗できるかもしれないと思ったからだ。
まばゆい光はこの空間の壁を煌々と照らしていた。
壁にはクメルの見たことのない文字が彫り込まれていた。それを王女が読み上げる。
――長い旅の道のりを越えた英雄がこの地に舞い降りたのち、我は目覚めるであろう
――脅威を排除すべき時が来たならば、英雄を我の内へといざなえ
――神のひらめきを内包した我は、賢者に鉄槌を落とすべく立ち上がらん
「私が……起こしちゃったのかしら?」
王女はクメルとガルファに抱えられたまま、いたずらっぽい声を出した。
「どうやったら立ち上がるのかしらね」
二人の腕の中から床に降りると、懲りない王女はふたたび彫像をよじ登り始めた。それを見たラズベルがいっしょに登り始める。
ラズベルに任せるのが最適と判断したのか、ガルファはそれを目にしながら下で待ち受けていた。クメルも下でそれを見守った。
王女とラズベルが搭乗口と思われる場所に登った。
ラズベルが視界をクメルに共有してくる。
クメルの目にも明らかに兵器と思われる操縦席が視界に飛び込み、これが大型兵器であることを確信した。
操縦席は前後に二つ並んでいた。椅子には身体を固定するベルトのようなものが備え付けられている。
周囲三百六十度を取り囲むのはおそらくモニターの類だろう。
前後の席の正面には小さいモニターが置かれており、煌々と明かりが灯っている。そこにはAR-GASTと書かれていた。
AR-GAST――Ancient Revolution for Gigantic Artificial StrucTure
意訳すると、巨人型人工構造物を実現するための古代の革新技術とでもいえるだろうか。
――アーガスト――
これがこの兵器の名称なのだろう。
王女が椅子を撫で回し、興味深そうにきょろきょろと見回している。
ラズベルがクメルに声をかけてきた。
「クメル、すぐに登ってきてください。すぐに!」
切迫したラズベルの声に、クメルは急いで兵器と思われる彫像をよじのぼった。搭乗口から入ると、狭い空間に三人がすし詰めになった。
直後、ラズベルが王女を搭乗口から蹴り落とした。
「きゃあ!」と悲鳴を上げ、一度は搭乗口付近で手を引っ掛けたが、王女はすぐにそのまま落下した。
落下した王女は間一髪のところでガルファに受けとめられた。
下から「何をするんだ!」と叫ぶガルファの声が響いた。しかし、ラズベルは意に介さずに前方側の椅子に座った。
「クメル、早く後方の席に座ってください。T-AIを起動します。緊急モードで高速解析開始。この機体――〝アーガスト〟と接続します」
がこん、と音が鳴り搭乗口の扉が閉まりだす。
二秒かけて扉は閉まり、それと同時に取り囲んでいたモニターが外界の映像を映し出した。
クメルは慌てて後部の座席に座り、ベルトを装着する。
王女を抱えた近衛長ガルファの姿がモニター越しの眼下に見えた。
「このアーガストの操作方法を把握しました。このまま遺跡から脱出します」
「ちょ、ちょっと待て。ラズベル。王女様たちはどうするんだ?」
「生き埋めにします」
「いや待てって。それはまずい」
「なぜですか? それが私とT-AIと両方の最適解です。この選択における信頼度は99・995%です。大丈夫です。証拠は残しません」
ゆっくりと大型兵器が立ち上がろうとしている。
アーガスト、これが兵器の名称で間違いないのだろう。
巨大兵器アーガストは右膝を立て、体を起こす。
すぐに頭が天井にぶつかり、天井のタイルが床に落下する。王女と近衛長のガルファは幸いなことにタイルの直撃を免れていた。
クメルは一瞬で判断しなければならなかった。
メタリカルドは主人を守るために最適な判断を常に行う。人間側が間違っていると思っても、あとから振り返るとメタリカルドの判断が正しかったことのほうが多い。
しかし、それでもメタリカルドの行動を制御したい場合がある。AIが正しくないとした判断をさせたい場面も人間にはある得るからだ。
そのための安全装置がメタリカルドには備えられている。
クメルは叫んだ。
「ラズベル! フォースコマンド001! 王女とガルファの生命維持を重視せよ。殺すことは許さない!」
「かしこまりました。マスター。命令を実行します」
ラズベルはアーガストに指示を出し、アーガストの巨大な両手で王女とガルファを包み込んだ。そしてそのままアーガストは立ち上がる。突き抜けた天井の上は空洞になっていた。
立ち上がるだけでアーガストの頭部は地面から顔を出していた。軽く跳躍し、外に残されていた馬車の脇に降り立つ。
着地のショックを和らげていたようだが、地面には大きな振動が伝わり、風圧が馬車と馬車に残っていた兵士をなでた。兵士は唖然とした顔で巨人を見上げた。
ラズベルはアーガストを片膝立ちにさせる。右膝を立てたまま、ゆっくりとアーガストの両手が地面に下げられた。
広げられた巨人の手のひらから王女とガルファが這い出て、アーガストを見上げる。
「巨人が立ち上がりましたわね……」
王女が目を細めながら、呟いていた。
「ラズベルとかいうあの子、私のことを蹴落としましたけどね……」
王女は眇めるような目でアーガストを見上げている。搭乗口から蹴落とされたことを恨んでいるような顔だった。
王女の恨めしい呟きは小声だったが、メタリカルドであるラズベルの聴覚にはしっかりと届いていた。
王女が近衛長のガルファに声をかける。
「灯りを用意するべきでした。ガルファ、申し訳ないんだけど馬車に戻ってランプを持ってきてもらえる?」
ガルファの代わりに、その言葉に応えたのはラズベルだった。
「それには及びません、王女」
ラズベルは右のてのひらを上にかざすと、ぽっ、と青白い光の球体が手の上に浮かんだ。大気中の酸素を部分的に燃焼させることで発光させている。
「まあ、ラズベルさんも魔法を使われるのですね」
王女はそれを魔法だと解釈したようで、クメルたちは否定しないまま先を進んだ。
三回ほど通路を折れて進み、二回ほど下へ降りる階段を進んで突き当たった場所は広大な空間が広がっていた。
天井の高さはクメルの身長の五倍ほど、広さはクメルたちが隠れ家に使っていて百人余りが食事をしていた食堂よりも広く思えた。
薄暗い中、目の前には目指していた彫像が座った状態で置かれている。
その彫像はかなりの大きさだった。
「これは……いったい何なのでしょうね」
王女がその彫像に触れる。
あぐらをかいた状態で座している人型のそれは、人間の七、八倍の大きさはあるように見えた。
ガルファがその表面を拳で叩く。研ぎ澄まされた高音が響き渡った。
「磨き込まれた金属で表面が覆われていますね。それにしても曲面ではなく平面に角ばっているのはなぜなんでしょう」
ガルファの声を聞きながら、クメルはなんとなく既視感を覚えていた。
メタリカルドに対抗すべくかつて開発中であった大型兵器がこんな姿であったのだ。いわゆる大型のロボットであり、構成する装甲や機構が駆動トルクの大きさに耐えられないために開発が頓挫していた。
たしかこんな形状をしており、途中までは製造されたのだが、やがては溶かされてメタリカルドの原料となっていた。
ラズベルからクメルの元に通信が届いた。
『クメル、この金属には未知の素材が使われています。組成を調べたところ鉄、アルミニウムが少量、それにチタン、タングステンや白金なども使われていますが、主成分の55%に水晶、15%にシリコンが使われています』
それにクメルが返答する。
『それのどこが未知の素材なんだ?』
『一つ一つの素材は既知のものなのですが、金属と水晶、それにシリコンを合成したら金属足りえません。そもそも水晶が半分以上を占めている状態を金属と言ってよいのかどうか』
『そもそも合成は不可能なのか?』
『それもわかりません。もちろんT-AIを起動すれば計算が可能です。私のAIの計算では非常にもろくて壊れやすい素材としか――ちょっと待ってください。もしかしてこれは――』
そしてラズベルは少し考え込んだ。
『申し訳ありませんクメル。2%のエネルギーを使ってT-AIを起動させてしまいました。そうです、この素材の組み合わせであれば、これだけの重量の機体でも高トルクに耐えうる兵器が開発可能です。つまり、この素材は常に崩壊と再生を繰り返す素材なんです。壊れながら、同時に自己修復を繰り返す。かなり無茶な機構ではありますが、これです。私たちの求めていたものは』
ラズベルにはT-AIを起動させてまで結果を得ることの確信があったのだろう。今、目の前にあるのはメタリカルドに対抗し得る兵器である可能性の有無、それに対する判断なのだ。
確実にこの素材は自分たちの科学技術を越えたものだという確信を得たようだった。
だが、オーバーテクノロジーであるのはその外殻だけだ。まだその中身を確認したわけではない。
たとえ素材とはいえ、この世界にこれだけのものを作る技術などあるのだろうか。
その疑問をクメルは王女にぶつけてみた。
「王女様、彫像を構成しているこれは、ありふれた素材なんでしょうか」
「いいえ、クメルさん。私もこんなものは初めて見ました。いったいこの彫像は何なのでしょうか。誰が何の目的で作ったのでしょう――」
彫像はこの地下の入り口を塞いだ岩と同じほどの重量があるように見えた。この巨大な物体ははたして兵器なのだろうか。クメルはロボットの形状をした物体をくまなく観察しながら熟考する。
もし仮にこれが兵器であれば、自律型兵器か、あるいは搭載型兵器か。
メタリカルドはAIを搭載した自律型兵器である。
かつて開発していた大型兵器は搭載型兵器――つまり人が乗って操縦するタイプだった。
人間が搭載することもあれば、メタリカルドが搭載されることもあった。それでも大型兵器の開発は途中で頓挫してしまったため、人間が搭載することが最適か、それともメタリカルドが最適なのか結論が出ないままだった。
搭載型兵器であれば、胸のあのあたりに搭乗口があるなと、クメルは目星をつける。この彫像の胸元はそれらしき形状をしていた。
問題は王女の目があることだった。
できれば王女には知られたくない。まだこの世界のことがわかっていない今、自分たちの情報はなるべくなら隠しておきたかった。
王女と一旦別れてから、改めてラズベルと二人でこの遺跡を訪れようとクメルがそう思案している時だった。
王女が彫像を登り始めてしまった。
「王女様、危険でございます」
ガルファが制止する中、「ちょっと支えてくださる?」そう言って王女は彫像をよじのぼる。仕方なしにガルファは王女を支える。王女のスカートが翻り、思わずガルファとクメルは目を背けた。
その間にクメルが搭乗口だと目星をつけた付近にまで王女は登ってしまい、ボタンらしき部分に手が触れた。
突然、がこん、という音とともに彫像の胸のあたりがせり上がった。
王女が押し出されるように彫像から投げ出されそうになり、落下しかけたところに小さな出っ張りに手を引っ掛けた。
しかしその手も外れて王女は落下したが、ガルファとクメルが二人がかりで王女を受けとめた。
次の瞬間、彫像の開いた胸のあたりからまばゆい光があふれたため、四人の目は同時に上方へ向かう。
クメルはしまったと思った。
自分たちの世界においても、この世界においてもこれはオーバーテクノロジーにあたるのかもしれない。あるいはこの世界においてかつて滅んだ文明の残した、それこそ遺産である可能性もあった。
できることなら自分たちの物にしたい気持ちがあった。これがあれば敵国のメタリカルドに対抗できるかもしれないと思ったからだ。
まばゆい光はこの空間の壁を煌々と照らしていた。
壁にはクメルの見たことのない文字が彫り込まれていた。それを王女が読み上げる。
――長い旅の道のりを越えた英雄がこの地に舞い降りたのち、我は目覚めるであろう
――脅威を排除すべき時が来たならば、英雄を我の内へといざなえ
――神のひらめきを内包した我は、賢者に鉄槌を落とすべく立ち上がらん
「私が……起こしちゃったのかしら?」
王女はクメルとガルファに抱えられたまま、いたずらっぽい声を出した。
「どうやったら立ち上がるのかしらね」
二人の腕の中から床に降りると、懲りない王女はふたたび彫像をよじ登り始めた。それを見たラズベルがいっしょに登り始める。
ラズベルに任せるのが最適と判断したのか、ガルファはそれを目にしながら下で待ち受けていた。クメルも下でそれを見守った。
王女とラズベルが搭乗口と思われる場所に登った。
ラズベルが視界をクメルに共有してくる。
クメルの目にも明らかに兵器と思われる操縦席が視界に飛び込み、これが大型兵器であることを確信した。
操縦席は前後に二つ並んでいた。椅子には身体を固定するベルトのようなものが備え付けられている。
周囲三百六十度を取り囲むのはおそらくモニターの類だろう。
前後の席の正面には小さいモニターが置かれており、煌々と明かりが灯っている。そこにはAR-GASTと書かれていた。
AR-GAST――Ancient Revolution for Gigantic Artificial StrucTure
意訳すると、巨人型人工構造物を実現するための古代の革新技術とでもいえるだろうか。
――アーガスト――
これがこの兵器の名称なのだろう。
王女が椅子を撫で回し、興味深そうにきょろきょろと見回している。
ラズベルがクメルに声をかけてきた。
「クメル、すぐに登ってきてください。すぐに!」
切迫したラズベルの声に、クメルは急いで兵器と思われる彫像をよじのぼった。搭乗口から入ると、狭い空間に三人がすし詰めになった。
直後、ラズベルが王女を搭乗口から蹴り落とした。
「きゃあ!」と悲鳴を上げ、一度は搭乗口付近で手を引っ掛けたが、王女はすぐにそのまま落下した。
落下した王女は間一髪のところでガルファに受けとめられた。
下から「何をするんだ!」と叫ぶガルファの声が響いた。しかし、ラズベルは意に介さずに前方側の椅子に座った。
「クメル、早く後方の席に座ってください。T-AIを起動します。緊急モードで高速解析開始。この機体――〝アーガスト〟と接続します」
がこん、と音が鳴り搭乗口の扉が閉まりだす。
二秒かけて扉は閉まり、それと同時に取り囲んでいたモニターが外界の映像を映し出した。
クメルは慌てて後部の座席に座り、ベルトを装着する。
王女を抱えた近衛長ガルファの姿がモニター越しの眼下に見えた。
「このアーガストの操作方法を把握しました。このまま遺跡から脱出します」
「ちょ、ちょっと待て。ラズベル。王女様たちはどうするんだ?」
「生き埋めにします」
「いや待てって。それはまずい」
「なぜですか? それが私とT-AIと両方の最適解です。この選択における信頼度は99・995%です。大丈夫です。証拠は残しません」
ゆっくりと大型兵器が立ち上がろうとしている。
アーガスト、これが兵器の名称で間違いないのだろう。
巨大兵器アーガストは右膝を立て、体を起こす。
すぐに頭が天井にぶつかり、天井のタイルが床に落下する。王女と近衛長のガルファは幸いなことにタイルの直撃を免れていた。
クメルは一瞬で判断しなければならなかった。
メタリカルドは主人を守るために最適な判断を常に行う。人間側が間違っていると思っても、あとから振り返るとメタリカルドの判断が正しかったことのほうが多い。
しかし、それでもメタリカルドの行動を制御したい場合がある。AIが正しくないとした判断をさせたい場面も人間にはある得るからだ。
そのための安全装置がメタリカルドには備えられている。
クメルは叫んだ。
「ラズベル! フォースコマンド001! 王女とガルファの生命維持を重視せよ。殺すことは許さない!」
「かしこまりました。マスター。命令を実行します」
ラズベルはアーガストに指示を出し、アーガストの巨大な両手で王女とガルファを包み込んだ。そしてそのままアーガストは立ち上がる。突き抜けた天井の上は空洞になっていた。
立ち上がるだけでアーガストの頭部は地面から顔を出していた。軽く跳躍し、外に残されていた馬車の脇に降り立つ。
着地のショックを和らげていたようだが、地面には大きな振動が伝わり、風圧が馬車と馬車に残っていた兵士をなでた。兵士は唖然とした顔で巨人を見上げた。
ラズベルはアーガストを片膝立ちにさせる。右膝を立てたまま、ゆっくりとアーガストの両手が地面に下げられた。
広げられた巨人の手のひらから王女とガルファが這い出て、アーガストを見上げる。
「巨人が立ち上がりましたわね……」
王女が目を細めながら、呟いていた。
「ラズベルとかいうあの子、私のことを蹴落としましたけどね……」
王女は眇めるような目でアーガストを見上げている。搭乗口から蹴落とされたことを恨んでいるような顔だった。
王女の恨めしい呟きは小声だったが、メタリカルドであるラズベルの聴覚にはしっかりと届いていた。